ウエツフミ(原文31~41)

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31,1
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 上津文 三十一の綴り
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 三十
四代彦の命 天の下を知ろしめしたまイて
中臣浜招之男の命 斎部八重滝の命 思金堅
柴彦の命を召さしたまイて告りたまわく 天
の祭り国の祭りに仕ゑまつりて 直々に豊道
之原の瑞穂の国を安国と祈りて 大御年を乞
わにと告りたまイき
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31,2
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 ここに三柱の上たち 八百萬の神たちに斯
く唱エまして 嚮人を選らまイたまウに 志
那都上松の命の御祖 志那都玉垣の命 御齢
三百十三にならせたまウからに 天の祭りの
神代となして 臣の上たちの若男たちを 九
十六人を召さして 祭りの祝き人となして
祭りの大庭を構エて 天津高御座の真中に楮
布に大和幣を立てて 天津神魂を招きまつり
て 志那都玉垣の命ハ禮鈴を振らして 祷き
言の禮代に仕エまつり 大年の御祝ぎを祷み
の太祈りを称ゑて 大御幣に供エなす物ハ
三つ並めの花差しの飾り弓 三つ並めの花
差しの飾り太刀 蚕布の太巻き 麻布の太巻
き 綿布の太巻き 豊の津物 山野菜 玉菜
 沖津藻菜 沖津大海魚 小海魚 御酒ハ男
御瓮の瓶に醸酒足らし 女御瓮の瓶に清酒足
らし 統べの御幣清まりに 楮布に切れる八
垂りの布を 篠竹に穂差し 青和幣 白和幣
を幾らに差し立て また菅布に切れば千垂り
の裂き布を篠竹に穂差し 青和幣 白和幣を
幾らに差し立て また 栲布に切れる百垂り
の平布を篠竹に穂差し 青和幣 白和幣を幾
らに差し立て これの三つ物ハ御幣の清まり
に別きて用ふる また 五百津眞榊の中津幹
に 大鏡を取り付けて賄をし 中津枝の左右
に中鏡を取り付けて賄をし 上津二枝に中鏡
を取り付けて賄をし 下津二枝に中鏡を取り
付けて賄をし 木末木末に小鏡を取り掛けて
賄をし 瑞桂木に中津幹の上津枝ゆ下枝に
大勾玉を火丹色の緒の一つ一つに 賞しの八
重房を及き垂らし降し 木末に五百箇の小勾
玉を火丹色の緒の八重房に 五間半らに及き
垂らし降し 斎津桂木に上津枝に火丹色の蚕
布 白色の蚕布を打ち掛け 次枝に火丹色の
蚕布 黄な色の蚕布を打ち掛け 中津枝に赤
色の蚕布 青色の蚕布を打ち掛け 下津枝に
紫色の麻布 は色の麻布を打ち掛け 下枝に
紫色の綿布 水色の綿布を打ち掛け 眞赭の
小桶に清滝の水を満たらし 女の桶と祭り
また渦騒の潮を満たらして男の桶と祭り こ
れの種々の物を設げ供エて 若臣たちハ笛吹
き 鼓打ち 琴弾きて 歌イ 神楽なす 故
 二十四人の若臣たち 半らハ鍬を持ち 半
らハ鎌を持て 歌イけらく

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31,3
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 これの鍬 吾が鍬ならず
 天に在す 大宜津神の
 田打ちなす 御鍬なりけり
 御鍬なりけり
 また鎌持つ臣たち歌イけらく
 これの鎌 吾が鎌ならず
 天に在す 大宜津神の
 草払う 利鎌なりけり
 利鎌なりけり
 また 鍬と鎌とを置き 御手に籾を握らし
て歌イけらく
 これの籾 吾が籾ならず
 天に在す 大宜津神の
 誦み蒔かす 豊津御種よ
 豊に 栄在せ
 と歌イ歓ぎて 春祝ぎとなし また 二十
四人の若臣たち 御手に松の葉握らせて歌イ
けらく
 これの苗 吾が苗ならず
 天に在す 大宜津神の
 賜物の 御苗なりけり
 御苗なりけり
 また
 これの稲 吾が稲ならず
 天に在す 大宜津神の 愛じます
 御苗なりけり
 御苗なりけり
 また
 これの草 吾が罪有りて 生る草
 迅く取らなくば
 守る神に 畏こかりけり
 畏こかりけり
 また
 泥掻きて 澱める泥ハ
 天に在す 大宜津神の
 施しの 御物なりけり
 御物なりけり
 また
 これの水 吾が水ならず
 天に在す 大宜津神の 配ります
 美しの水よ これの大水
 と歌イ歓ぎて 夏祝ぎとなし
 また 二十四人の若臣たち 御手に麻布以
て裁れる赤和幣を持ち 歌イけらく
 孕み穂ハ 天と地とに 抱かれて
 大宜津神の 生みませる
 美し眞穂よ
 これの大眞穂
 また
 これの穂ハ 常世に在らず
 天に在す 大宜津神の 賜びませる
 八束穂垂りの 穂垂らしの御穂
 また
 これの穂ハ 八束に傾き 傾下ハ
 大宜津神の 撫でなして
 実り太実に 太実御足らし
 と歌イ歓ぎて 秋祝ぎとなし
 また 二十四人の若臣たち 御手に楮布以
て裁れる赤和幣を持ち 歌イけらく
 種津実を とをとをたらり 取り実ハ
 大宜津神の 天降す 種津実 千足り
 奇に とをたり
 また
 これの米 吾が米ならじ
 天に在す 大宜津神の
 常甞めに 余れる米を
 御賜べ あをさに
 また
 穂俵ハ 吾が物ならじ
 天に在す 大宜津神の 米俵
 とをとをたらり たらりとをとを

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31,4
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 これの四つの季節の人たち 春の臣たちハ
 春足れの祷ぎ人の天津祝詞の太告り言を告
り 夏の臣たちハ 夏足れの祷ぎ人の天津祝
詞の太告り言を告り 秋の臣たちハ 秋足れ
の祷ぎ人の天津祝詞の太告り言を告り 冬の
臣たちハ 冬足れの祷ぎ人の天津祝詞の太告
り言を告る 辛じ完エて 皆 在座に並めす
 これの季祈りの間に 八人の少女 御手に
青和幣 白和幣を左手に持たして 斎鈴を右
手に持たし 笛音 鼓に合ゐらして 神座の
舞イなす 完エ時に 皇ら尊の命 楮布の御
和幣を振らして 八平手に拝まゐます時に
高津上たち 明津上たち 大御饗えの大御膳
を眼の高に足擦らしに奉る その膳に置きま
つる物ハ 真向にまつ膳に 大秀瓦に赤飯を
高蒸し 三のまわり 並平瓦 並秀瓦 みだ
りまつ膳に蒸し汁大秀瓦 五の廻り 然々に
 右りまつ膳に塩汁大秀瓦 七廻り 然々に
 前まつ膳に油煮大秀瓦 九つ引き 然々に
 また まつ膳に油白煮大秀瓦 十一引き
然々 こを祝詞完エ 神楽完エ毎に 皇ら命
 高津上たち 明津上たち 御自らに類イた
まウ時に 鳴らしの臣たち 八十の鼓 銅鑼
を頓鳴らしなす時に 八十の若臣 丹木以て
彫れる禍面を顔に着て 頭にハしくの木の皮
を剥き そを頭型に綴ぢ付けて着さしめて
藁に編めるうず蓙を手脚に纏わし また藁蓑
を身にし召さし その状 怪き姿になして
何処よりか 荒び出て その大神に捧げまつ
る御幣物を取らにと荒び 猛ぶを また八十
の現人走し来て 遣らじと 互イ挑み争ウ状
を 並み神座に荒び踊りなすに 後ハ禍も皆
負けて そこに打ち倒れて 死去にる状に
彼の着たる顔面髪と手脚に纏ゑる蓙と蓑とを
 其庭に横山の如に積み重ねて 火を燧りて
焼き捨て完エぬ 故 神業に仕エまつる臣た
ち 皆 団居在座なす ここに御酒と御食と
を参る後に退く
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31,5
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 ここに御妃 炊姫の命 俄か病イ臥したま
ウ 故 そハ熱かゐ激しくまして 息絶エな
むとなす時に 御口歪み 御陰腫れ脹れ 御
息臭く よりよりに御身の熱れて 御足通わ
ずで立つ術ならず 転び伏してハ わなわな
と身震イ動めき 御汗ねばねばに玉なす 御
手を握り固めて歯軋みて 眼虚状に睨り 此
にゆ 御向妻 御妾 侍女 打ち寄りて迎エ
まつれども 為むすべ知らに あわヤ と云
て 得勝てず
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31,6
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 ここに中臣寒川の命 少名忍玉之男の命に
告りたまわく これの病イハ如何にしてか癒
ゑなむ と云 先づ御妃の命の項の気走 手
の気走 胸の気走 足の気走 手試みて申さ
に と云て その気走事を探り定めて申す
こハ火気の病イなり 神訓りの薬有り と云
 御背に負わせる袋内ゆ修さす薬ハ 蛍の焼
き粉 ちさの木の根皮粉とを 眞酒を以て手
捏ねなし 御妃の命の結べる御口を 貴玉の
後緒の苧麻以て歯軋みを抑し制るして これ
の三種の毒み練りを注ぎ入れ 弥沸りなす燃
ゑ湯を濾し入れき 間暫しありて 御妃の命
 御声を男の御声の如に張らして 御身悶イ
狂わしましき 故 側なる人たち驚き戦慄き
ます ここに中臣寒川の命 少名忍玉の命に
 汝上の盛れるハ 薬なるヤ 毒みなるヤ
と云 答ゑけらく 毒みなり と云 故 何
故て斯かる物を捧げて 御身を悩ましめるぞ
 と云 此ハ火気ゆ出る病ウから 甚 危
し 其が侭に置かば 御生命 今宵 崩らせ
たまハに 故 毒み以て火気の溢るるを除け
て置きなば 御生命 常世ならにか 暫し待
たせば 今に験有らに と云

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31,7
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 ここに少名忍玉の命 侍女に告らして 襁
褓を多になさしめて 御裾を囲わし また涎
り取りを多になさして 御頸の前津を囲わし
置きたまイき 時に御妃の命ハ 暫しハ鎮ま
らしたまイしが また 身悶エまし 甚 苦
しみたまイて 御手を出して 侍女取りつか
せたまウからに 速くに抱き起こしまつる時
に あ と叫びまさ ど吐きたまウ時に 御
裾ハ水屎多なし出るに またど吐きなすこと
頻並みて 涎り取りに幾らなす 暫して吐き
放り止みぬ 故 御裾に構エる繦褓 御頸に
構エば 涎り取りを取りて清まりて 静かに
睡寝さしまつるに 御快げに御寝入りました
まイて 翌日の真昼に御目覚まさせたまイて
 御食ます 故 御薬進びてまし そゆ八か
日に常成したまイき
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31,8
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 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 三十
四代彦の命 御齢 いと長けまして ふくみ
月の月円の三か日に 遂に神隠りまして 日
の若宮に御還りたまイき 大御骸ハ 大分の
御宝山の上に斎イ葬りまつる ここに 日高
日子波限建鵜葺草葺不合 三十五代姫の命
産御名ハ花姫の命 天津高御座に三種の神宝
抱きたまイて 天の下を知ろしめしたまイて
 世嚮男も召さしたまわず 十八歳を知りた
まイて 天津日嗣を兄の命に授けたまイて
大宮隠りたまイき

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31,9
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 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 三十
六代彦の命 産御名ハ若照彦の命 御妃ハ三
十三代の天津御子の命の御子 七瀬の命の御
子 明冴姫の命を召さしたまイき また 御
同胞の棹姫の命の御子 藤之袴姫の命を召さ
したまイて 向妻に召さし また 御同胞の
高瀬の命の御子 鵜飼之郎女の命を召さした
まイて御妾となさし これの姫の姉 葛城姫
の命を召さしたまイて御妾となし また 御
同胞の瀬之上彦の命の御子 近之浦姫の命を
召さしたまイて御妾となしたまイき ここに
御妾 近之浦姫の命の御腹に生れませる御子
の御名ハ 羽織長姫の命と申す これの御子
の命の御子の御名ハ大的野の命と申す

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31,10
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 また 向妻 藤之袴姫の命 御孕みたまイ
て 大土小土に取りなして 神冴エに霊熟き
斎熟きますからに 臼杵の大之浜辺に産宮を
御立てて 御輿入りに生れませる御子の御名
ハ松照彦の命 大御名ハ 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 三十七代彦の命 と申す 次に
御妾 鵜飼姫の命の御腹に生れませる御子の
御名ハ筒刳姫の命 次に 向妻 藤之袴姫の
命の御腹に生れませる御子の御名ハ松笠之男
の命 次に御妃の命の産ませる御子の御名ハ
 小海乃郎子の命 次に御妾 葛城姫の命の
御腹に生れませる御子の御名ハ矢越別の命

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31,11
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 ここに三十六代の天津御子の命 児屋松木
武の命 中臣国処受の命 表春小高川の命
下春金崎の命 太玉利鎌広庭の命 斎部鳴時
の命 斎部扇の命たち共に天津議り国津議り
をもとほエますからに思金天津悟の命 大屋
那須美の命 大土八千組の命 言代須々美の
命 これの四柱の上を集エて告りたまわく
これの豊道之原をはじめて八百の国島ハ 神
伊邪那岐の命 神伊邪那美の命の産したたま
イて 御子の命ハ夜昼と無く 高天之原に在
座たまイて 朝の国 夕べの国廻に仕エまつ
らしたまエる天津大神たちの 依さし言に適
わしたまエる これの二柱の大神の御子天照
大御神ハ八百萬の国島を国廻すからに 夜見
照大御神も 星の御祖の大御神 また 星の
神たち 共に共に それそれに持ち分けたま
イて国廻まします 天津訓りの神訓りを去に
し世に定めたまイ 八千道の訓りを言伝てな
す再見に書きて こハ代々の言伝てを補くる
の料なせ と云て 八百萬の上たちを集エた
まイて 各も各もの言伝てを告りて 尽々に
再見なす また 添エて これの二十六つの
 継々を書きて こを天津秀庫に収めて神宝
となしき
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31,12
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 ここに思金悟の命 言代萬須々美の命 大
屋那須実の命 大土八千組の命たちハ 高津
上の御言畏みて 二上りの山の南 ふみ山に
大室を作りて 速吸門の速潮を汲ませ 唸門
の中潮を汲ませ 橘の小門の和潮を汲ませて
 山辺祓イて室成しき 故 狭依科の建 活
津弥須多伎の命に言依せて 木曽の山の欅を
伐らしめて 火焚きて 上覆ゐに着ける煤を
取りたるを請イて 姫の葛つを叩き これの
油を濾し取りて 煤を弥ねきにねき垂らかさ
し また 遠津海の建の沫那芸天標の命の領
がす美濃山なる 紙の木と楮の木との皮を全
抜かして 滑石に八重叩きに 大竹を八裂き
て 水垂りの簀なし 濾し取り弾かせ 真清
水に撒き散らかし 姫の葛の油を注ぎ 漉き
 上げ干しに 楮布に取らせるを巻き また
 丹波の国の建 磐坂時守の命の領ける 小
野の山に落つる鶴鳥の秀頭の 鳥の宇保呂毛
羽を密に抜かして梳き 根を取り毛羽となし
 尾頭を揃エて 緒結イして 榛の堅木を六
寸になして 四割きに割きて 毛羽結イを柄
差し止めて 再見手となすを巻き ここに四
柱の上 思金天津悟の命 大屋那須実の命
大土八千組の命 言代萬須々美の命ハ 大室
に新火を燧り 室戸に尻組縄を張り渡し 御
門外の所に清み門代を立て並め 吉床の眞向
にハ香榊を植エ並め 左に於賀玉木を植エ並
め 右に桂木を植エ並め 朝餉 昼餉 夕餉
にハ 笛吹き 鼓打ち 柝鈴を打ちて 歌イ
舞イの神座を去にし世如す
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31,13
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 またこれの三木の瑞枝を取りて 赤松の太
木を焚木となして 火焚き 弥に三木枝を移
さし燃やす 燃エ杭を引き出るに 三木の枝
の葉毎葉毎に天の訓り文なす 故 天津神の
太占 多に去にし世状を前如す真似び また
大宮内もウる翁自 百二 三 百なる臣 現
人 豊道之原の千萬の人共集イて 訓り伝て
の再見に言告る

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31,14
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 ここに科長大星の神 燿火大星の神 水眞
大星の神 埴瓮大星の神 朝日の豊栄昇りに
 天の紫雲を天雲なして 大室の 眞床辺に
御立たしたまイて 天津神の神言態を告りた
まイます 故 天照大御神の 東の殿にゆ
西 国廻て 北に夜次めし 東に日次めす
故 日 夜の間分イなす 夜見照大神の国廻
にも また斯くなして 夜次めに 日に異
夜に異に集まりてついだにこわる 故 星の
神ハ 科長霊燿霊ハ日次めす 科長霊ハ先な
す 燿霊ハ後なす また 埴霊 水霊ハ夜次
めす 故 埴霊ハ一時にゆひき 水霊ハ一時
にきびく 故 此を以て修せ と告りたまイ
き
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31,15
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 故 四柱の上ハ楮布を弥漬きになし 堆か
紙に畳み押して再見像となし 金壺に欅の煤
を水立てなし 鶴鳥毛羽に作る小堅木穂の再
見手以てもじりなす 天津神たちの御詔りの
 高天之原の理り 豊道之原の理り訓り伝て
を言伝て代なす 故 天之御中主の大神ゆ面
足の大神ぬ 合わせ祀りて 天津富理の高天
之原の本津の根国に在して 四方に在座まし
て 常世に神祥在すとぼすの業なり訓るの星
神 二千七百三十九の柱の星神たち 役なす
訓り伝てに祝ゐまつり
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31,16
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 次に 天の明り世の神と申すハ 伊邪那岐
の命ゆ忍穂耳の命ぬ 合わせ祀りて 御調き
ます人 御業なす人の上 二萬三百六十六柱
の上 役なす訓り伝て祝ゐまつりき 国の明
り世の神と申すハ 邇々芸の命ゆ これの三
十六代の命ゆ 千萬の継々を申す 故 先に
祝ゐまつる須佐之男の命ゆ 大穴牟遅の命ぬ
も 国の明りの神なり また 宇迦之御魂
命ゆ 天の種津の神ぬも国の明りの神なり
こを以て再見形に言代なす 形手に下りて
次の條の頭に移りて それの後ゆ またそれ
の頭に移り 次々然々に幾つも斯くなす

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31,17
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 こハ去にし世の大神たちの口以て おのづ
からの言の葉を編ませて 五十言の清み言
濁り言の七十二の文字以て 言代なす再見読
みて 異々に訓り伝てなす 外を併わせ見修
さば 天地の始めゆ これの大御世ぬ 現つ
に明しとなさに こを以て天の祭り 国の祭
りの訓り伝ての言代に再見手なす 故 これ
の再見以て 国の国々 島の島々に建なも言
問イき
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31,18
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 ここに天津御子の命 御齢百余りますに
御耳聾ゐたまイき 故 阿蘇の千穂に大宮を
御建てたまイて 宮隠りまして 日高日子波
限建鵜葺草葺不合 三十七代彦の命 産御名
ハ若照彦の命に 天の下を知ろしめさしたま
イき 御妃ハ三十三代の命の御孫 久々姫の
命の御子 糸搓姫の命と申す これの姫の妹
の御子 八千代姫の命を向妻に召さし また
 これの姫の妹御子二人 御名ハ勝草姫の命
 吉原姫の命を御妾に召さしたまイき

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31,19
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 ここに十二歳とまをせども御妃 また向妻
 御妾たちにも御子生れませず 故 天津神
に祷きまつるに 十五歳の秋に 御妾 勝草
姫の命御孕みまして 大土小土に取りなし
神冴エに霊熟き 斎熟きますからに 大分の
黒の小浜に産室を御建てて 御輿入りに産ま
せる天津日嗣の御子の御名ハ 天津神に祷き
まつる御子にしあれば 天津祝詞子の命とま
をす 大御名ハ日高日子波限建鵜葺草葺不合
 三十八代彦の命 次に 側の御妾 吉原姫
の命の御腹に生れませる御子の御名ハ 高姫
の命 大倉姫の命 三柱の御子生れましき

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31,20
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 ここに天津御子の命 国廻ましまさにと告
りたまイて 高津上たち 明津上たちに言依
せたまイき 故 児屋祭武の命 御答ゑまを
しけらく 甚 宜し 然れど現人の驚破なら
ずなもありたし と 申す 故 天津御子の
命 諾べ告りたまイて 御装ゐなしたまイき
 ここに中臣眞添城の命 表春日添斧の命
太玉沢守の命 明玉塩留の命 磐柝武三降の
命 金山七緒の命 速玉八束手の命 波限車
立の命 萱野波瀬の命 御桙屋作の命 天熊
原底の命 これの十柱の上たち 家族二十人
を率ぎて 上の伴なす

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31,21
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 ここに天津御子の命ハ 御輿屋にも召さし
たまわずで 臣の十柱の上たちと共に 鞍馬
に召さしたまイて 出往きたまウ時に 大雷
花雲の命 百人の親族の上伴の長を率きて
御後辺に立たしましき ここに大分の御宝の
宮に入りたまゐて 中津に歩ませましし時に
 国内の現人幾らとなく 天の垂り輿を作り
て参イ迎ゑて その御輿屋に斎きまつりて
やにさ歌を歌イて潔く舁き参らせ また 半
ら現人ハ 千垂り幡 千幡を手に手に持ち
歓ぎ御伴まをす
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31,22
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 ここに穴門の豊浦の宮入ります 故 建
雲根鵜飼の命ハ 切り煮作りの味人を多なし
て 大御饗エに仕ゑまつる 朱の漆塗れる大
膳に 朱の漆塗れる秀瓦と 白滑りの平瓮と
道具エ物【みづあれにややくれなきを】作ら
しめて 御前に供ウる五つの膳に 斎篠なせ
る瑞葉を交ゐ敷き その上に秀瓦 並瓦 白
滑め平瓮の形変エなせる器物に ほ海魚 膾
海魚 蒸し海魚 煮き海魚 走り海魚 身缺
き海魚 湯海魚 また山菜ハ 山玉菜 作り
玉菜 八色玉菜 甘菜 辛菜 ふし菜 よし
菜 とり菜 莵葵菜 菘 清白菜 沖津藻
菜 辺津藻菜 山のあれ物 川のあれ物 里
のあれ物 海のあれ物 醸濁酒 醸清酒 蒸
し醸 醤油 味汁 甘汁 汁寄せ 甘搗ち餅
 八重搗き 小搗り麦の基子麺 蕎麦の基子
麺 水基子麺 たかエ 甘凝 木の実 草実
 椎の実 故 甘気 渋気 うるを気 しば
気 苦気 辛気 えぐ気の味を種々に取りな
し 味人 切り煮作りに仕エて ほし作り
吉なして【御食毎に かにかになしまつる】
故 天津御子の命 これの切り煮作りの禮成
しの干鮑を賞めたまイて 告りたまわく こ
ハ去にし世の訓りなして いと面白 と云て
 これの玉浦の五月夜足に煮作りの主といウ
名を賜イき ここに これの煮作りを奉る時
に 臣の上たち 皆 手を拍ちてよぼウ こ
れ現人の女参出て 歓ぎ舞ゐなすと時に 男
参出て鼓打ち 笛吹く 故 天津御子の命
臣の上たち 皆 申す これの如の切り煮作
りを以て 世の中の女男結びのもてなしとな
せ と 告りたまイき
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31,23
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 ここゆ国々を御往きまして 伊勢津の安濃
のほぎ山の宮代に御輿入ります折りからに
越建 清之現読久々訓の命の使主人 小国の
鞠蹴麿 速み馬を飛ばして ほき山に参来て
申す 遠流志の国の禍人 去年に参来て 現
人家の種津物を掠めに となす 故 現人皆
装ウに詫びなす 故 種津実を多に遣て還す
に また 此の頃に大きなる船五十隻余り
小船幾らに 陸近に泊たして 去年の如に
これの船毎に千斛を奉れ と云て 禍人二十
人余り使主人なし 攘ら屋に来て 頑事高ぶ
る 故 建 その使主人を皆殺し捨てつ
こによりて船乗り人 皆 陸に上がりて荒ぶ
る 故 現人 皆 堪エずて戦ウに 禍人
屍 山成せど懲りずて 後船ゆ五月蝿なす
然れど 国人の内に傷つくも多にあらず 少
とありて罷れ人無し と申す
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31,24
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 故 天津御子の命 大雷花雲の命を召さし
たまイて 越の国の状を詳らに告りたまイて
 告りたまわく 汝 往きて逐わにヤ と云
 吾 往きて討たに と申す 汝 軍人ハ幾
人率きと云 吾に大伴の二十人有り これを
率き往かに と申す 遠流志ハ千萬の多人あ
り 汝ハ 唯に十人して得 勝ちなさに思エ
ず と云 然ウならず 吾ハ十人なれど 越
の国内人多あり また 吾が大君の言依せに
ハ 神祥ます 故 十人して往くなり と申
す 故 天津御子の命 諾べ と告りたまイ
き ここに雷花雲の命 天津神に祈みて 神
訓りの隨に出往き立たしましき ここに遠流
志の国の王主 こむりきハ 大船五十隻余り
 軍人を千萬に構エて 陸に上り戦なすに
後また 大船追ゐかけなすからに 大船幾ら
かある 故 これの軍人 度々に交エて挑み
て 毒み煙をなせて戦ウからに 国内の現人
 皆に背操りて屈込みき ここに雷花雲の命
ハ 伴の軍人十人を率き馳せ来て 国建 清
之久久訓の命に相向きて 言依せまして 現
人に告げ知らせますハ それの所々に屈みて
 彼の遠流志の屯れ騒ぐを見ば 得物を以て
掛かりて 一人も余さず撃ち殺し捨てよ と
告りふらしたまイて 天津神に祷きたまイき
 ここに天津神たち告りたまイつらく 汝た
ち 大伴の上たち 今 討ち出よ 天津幸事
を下さに と告りたまイき ここに二柱の将
軍ハ 大伴の長 現人の男を 一柱に三百人
を率きて討ちつるに 遠流志の軍人幾らと無
き千萬の禍らい人 取り巻きて討たにと五月
蝿なす

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31,25
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 ここに大地震なす と暫に 大地ゆ稲光の
如 煌つくもの 燒き鎌と焼き太刀の如に形
なせるもの 多に土より煌めき出て 彼の禍
らゐ共を尽々に斬り殺しなす これに斬り裂
けらるる者 皆 血を吐きて死去ぬ これの
時に屈める現人 皆 討ち出て戦イて 得物
に撃ち殺し斬り殺しなす 千萬の禍人 生き
残るハ僅かなす 故 皆 其の残る者を 生
きながらに栲縄を以て 尽々に蹴え攘らげて
 括して攘ら屋に率き連りき こを数エるに
 一千余りなす 然れど王主ハ見エず こハ
山なす亡せ人に入りつらに と 皆申す こ
こに二柱の子を助け還エさに と申すに 戦
の御幡に声ありて告りたまわく 此奴共を還
エしなハ また幾年に国に禍津業なす 故
一人も余さず殺して 其の船に彼の禍らイの
亡せ骸を積みて 南風の吹かむ時に流し放た
ば これの船 風の隨に己が国に還エなむ
そを見ば必ず畏みて またも仇ハなさじ と
 告りたまイき 故 二柱の上 これの御幡
の言依ざしの隨になさせたまイき 故 後に
皆 言けらく 大神の御軍の加エまして 焼
き鎌 焼き太刀の稲光なすからに 斯く多き
千萬の軍人を 斬り殺し捨てさせたまエる中
に 御国人一人も傷つかて 斯かる功をなす
ハ 此ハ御国の軍人 軍衣を鎧ウからなるヤ
 と云に 二柱の命 告りたまイき こハ眞
に大神たちの御慈しみの功なり と 告りた
まイき 故 其処を頸城 と云 これの稲光
の如なすを鎌柄太刀 となも云き

-------------
31,26
-------------
 ここに将軍 雷花雲の命 国建 清之久久
凝の命 軍攘イたまイて 伊勢津の国に罷り
て 返り言申さに と申すに 先に天津御子
の命 迅く狭依科国に御輿出ますに 国の覇
精高の上 石津彦の命 石津姫の命 浅間山
に木竹柴の宮を作り 大傘の幌を以て迎ゑま
つりて 八人の少女に祝ぎ座の舞イを舞わせ
て見ば 頬鼓を打ち 女ハ竹琴の三筋音を膝
伏せに弾きて 歓ぎ噪りまつる
-------------
31,27
-------------
 また常陸の国に出ます時に 国内の現人
幡立て 鳴らし物を打ちて 歓ぎて 御輿を
潔く舁き揺らかして 斎きまつるに 国の覇
精高の上 大野狐彦の命 大野狐姫の命 刑
部に幸代の宮を建て前に秀門屋を連ね その
軒に清み花を挿し連ね その前に門代を構エ
て 迎ゑ斎きて御饗エまつる 故 雷花雲の
命 清之久久凝の命ハ 国建 八玉差別の命
の攘ら屋に入りて 然なすに 刑部の宮に参
出て 遠流志の軍物事を然々に申して 返り
言申したまイき
 上津文 三十一綴り 完エ

-------------
32,1
-------------
 上津文 三十二の綴り
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 三十
八代彦の命 産御名ハ天津祝詞子の命 国廻
まして 陸奥の国に出ますに 多賀の山辺に
大宮を建てて迎エまつる ここに陸奥の国の
標葉の国の宇良の海漁人 宇良の寒八郎 玉
部の鶴麿 ゆがしの稲太郎 これの三人の海
漁人 これの大宮に参来て訴げ申す 奴共三
人 海に出て釣りなす時に 時じくに旋風甚
く吹きて 櫓 櫂 舵も叶わずで 極み無き
大海原に吹き流さゑて 三か日程に一つの島
見ゑたりき 故 それの島に急ぎ船漕ぎ廻み
泊たして その島内を見廻りなすに 島広く
木立繁みて 所々の山腹 岩肩に穴を貫きて
 人住めり 故 その人共に言問イなせども
 得 別弁めず 彼も怪しとヤ思えけに い
と高に笑イなす いと大きなる島なれど 現
人ハ五十人余りて 男ハ二十人余り 女ハ三
十人足らず 衣ハ 大海魚の皮を剥ぎて 木
の葉を敷き並めて着居り また 食物ハ海魚
を取り食ウ その海魚を取るハ 皆 赤裸な
りて 海に入り勤労ぐに それそれも海魚の
如に海駆けりて 海魚を皆手握みて取りて
大き小さきを厭わず 皆引き割き 骨を抜き
て 水草の葉を 其の海魚の身に巻きて 海
の潮水 三か日程漬け置きて そを食物とな
す 水ハ岩山の合わイゆ 湧き出る所 数多
有り 故 これの島拓きて それの人共を救
けて かず島となしたまゑ と申す
-------------
32,2
-------------
 ここに天津御子の命 聞こしめしたまイて
 御涙を零させたまイて 告りたまわく さ
てもに哀れなることにしあれ それの島の現
人 日毎に 甚 悲しかるらめ と云て 大
土国幸の命に 汝往きて これの島人を扶け
て これの現し人如なさせて 安らけく住ま
わしめてよ と 告りたまイき 故 ここに
大土国幸の命 海漁人 宇良の寒八郎 玉部
の鶴麿 ゆがしの稲太郎 汝たちハ とある
島に流れて 然々申す それの島ハ何処に
か と問わせたまウに その所の在り所ハ得
知らず 然れど 奴ら これの陸奥の国の
標葉のなわの浦の里ゆ 船に乗り旋風ハ北東
風にしあれば 思ほゆに 南西の合わゐの方
に流れけに 然れば 遠津海か无邪津海かの
南ならに と 申す ここに中臣櫓装の命
太玉沢守の命 思金大富の命 告りたまわく
 その海漁人に 汝ハ向かつきまつらにヤ
と云 向かつきまつらに と 申す ここに
天津御子の命の御輿を 遠津海に御還ゑした
まイき
-------------
32,3
-------------
 故 四十人の臣の上たちも 共に伊豆の那
賀の国の浜に往まして ここゆ島求きなさに
 と ます所をかむす崎と云 ここにてハ
得 弁別めずとて 上たち各も各もに御船に
召さして 海路十里余りの小島に到りまして
 上議りましたまウ 故 これの島を神集り
島と云しを 今 神集めと云
-------------
32,4
-------------
 さて これの島ゆ南の方を眺めたまウ大海
の原に 御器の如になるものあれ 故 天津
御子の命 高津上たち 共に見そなわせたま
イて これそ彼の島にあらめ と云て 直
ちに 大土国幸の命に 八十人の工人 八十
人 山狩人 八十人の鍛冶人を添エて告りた
まわく これの島に 彼の徘徊ふる所に家作
りなし 住まわしめよ と 告りたまイき
また これの上の弟の上 大土狭咋の命 夫
人 大土咲姫の命 八十人の大御田族を添エ
て 豊種津物の実 種 多に積み足らわして
 田作りの道具エを設げて 十匹の雌雄馬
十匹の雌雄牛を添エて 種津作りの訓り伝て
なせ と 告りたまイき また 奥津蓼科彦
の命 夫人 蓼科姫の命に 八十人の大御田
族を添エて 米 麦 玉粟を千斛に積み足ら
し 飯炊き 菜炊きの鍋と釜とを多なして
朝餉 昼餉 夕餉の汁炊き 粥炊き また
未醤作り 醤油作り 濁酒作り 清酒作り
食し咋イの禮事尽々に訓り伝てなせ と 告
りたまイき また 棚機八重石の命 夫人
八重姫の命に 大御田族を幾らに添エ また
 繭蚕種 桑木種 麻種 綿種多々に こを
植ゑ 着る物をなす訓り伝てなせ と 告り
たまイき 故 拓かイの上たち 頓に御船に
召され 大船五隻に 種々の道具を積み足ら
わして 陸奥の国の海漁人三人を迎つき人と
なして 船出ましたまイき ここに其の五隻
の船 眞帆を上げなすに 北ゆ北風 緩ら強
に吹きて 御器見る島 着きたりき 故 小
臣たち 皆 一状に陸に上がりき こを島人
見て畏みて 皆 その穴内入りて その柴戸
を固めて出ず こを以て 上たち その穴の
辺に立たしたまイて 今 汝たち助けにと
此処に来つ 早く出よ と云に 応答エずで
 屈込みて物無し 故 斎言通わずと思ほゑ
まして これの浜に すなはち そこに竈を
掘りて 米を飯イ炊き菜炊き 汁炊きなさし
めて 皆 一並 喰ウ時に 一つの室穴の柴
戸を握み遣れ除けたまて 皆の人の食し喰ウ
状を指差し 教ゑたウに その喰ウ物を喰イ
たき状なすからに その手を取り引き出て喰
わしむるに いと味良げに喰イ ゆゆして
己が穴に指差して 残る者にも食さまほしき
状なすからに 上たち 皆 項おウげなす
 故 これの穴人 其の穴に走して伴なイ入
る人 男女ともに八人 此に参て 手を重て
待つに それそれ 食物を多なさせき ここ
に 始め出る穴人たち走りて 何かに高声音
を上げて物言 やままり言に触らしたりけ
それの山 それの谷間ゆ 穴人多な 出来て
 拓かイ上の御前に畏こみ 手を重ね 眞の
上ゑに上げて禮なす 故 尽々 食物取らせ
たまイき 故 喜びて歓ぎて 皆踊る ここ
に上たち 各も各もに心解けになして 言霊
を教エさせたまウに 大方に合ゐたれど 後
結び異なるからに そが言を弁別めず ここ
に 其の御教ゑたまエ 言霊を 日ならで言
なし聞きなす ここに大土国幸の命 夫人
幸姫の命 大土狭咋の命 夫人 佐久姫の命
 沖津蓼科彦の命 夫人 蓼科姫の命 棚機
八重石の命 夫人 八重姫の命 これの八柱
の上たち 皆 現人を勤労かしたまイて 島
の穴人に訓りなさしき 故 穴人 男女共
百八十四人有りき 家分けに住ましめにと云
に三十二なり 故 眞萱屋を三十二つ建てて
 それそれに入らしめて また それの衣取
りの道具 食取りの道具 家業の道具を尽々
に作らせ与エて 業訓りを伝エましき 故
こを三つの根訓りと云 二百日ありて現人た
ちを国還したまイて 牛と馬とば山の南に放
ち 子取りの訓り伝ます 故 これの山をま
こぶし山といウ ここに三年になりに 大土
狭咋の命 夫人 佐久姫の命ハ後に残りたま
イて 六柱の上たちハ御国還りたまイて返り
言申しき これの二柱の上ハ これの島に留
まります 故 こをこれの島の覇精高の上と
申す
-------------
32,5
-------------
 ここに天津御子の命ハ臣の上たち共に こ
れの神集島ゆ御船に召さしたまイて 建日の
小門に帰り泊たしたまイて その臼杵の大宮
に御輿入りたまイき

-------------
32,6
-------------
 弥後に これの天津御子 日高日子波限建
鵜葺草葺不合 三十八代彦の命 御齢負わし
たまイて 大年の熟豊らし病イまして今年の
いまに 故 天津神宝を高御座に捧げて 日
嗣の御子に言依さしたまイて 日の若宮に御
還りましたまイき 御骸ハ大分の御宝山に然
々に葬りまつる ここに日高日子波限建鵜葺
草葺不合 三十九代彦の命 産御名ハ神足斎
足彦の命 天の下を知ろしめしたまイき 先
に御輿入りませる妃 夏姫の命ハ 三十六代
の天津御子の命の御子 聲高彦の命の御子に
在す 向妻 香取姫の命 御妾 尾乃上姫の
命 側の御妾 町姫の命 これの三柱の姫御
子ハ 三十七代の天津御子の御子 高市彦の
命の御子姉妹なり 故 長姉の命ハ向妻に立
たし 中嬢ハ御妾に立たし 妹ハ側の御妾に
立たしたまイき
-------------
32,7
-------------
 ここに御妃 香取姫の命 御孕みたまイて
 大土小土に取りなし 神冴エに霊熟き斎熟
きますからに 臼杵の大の浜に産室を御建て
て 御輿入りに産ませる御子 いと美しかり
ければ 神立姫の命と申す 大御名ハ日高日
子波限建鵜葺草葺不合 四十代姫の命と申す
 次に館姫の命 次に御妾 尾之上姫の命の
御腹に生れませる御子の御名ハ 磐屋姫の命
 次に天城姫の命 次に常世姫の命 次に佐
久姫の命 次に向妻 香取姫の命の御腹に生
れませる御子の御名ハ富姫の命と申す

-------------
32,8
-------------
 ここに天津御子の命 高津上 明津上 清
津上 厳上 並上たち 去にし世の訓り業の
御座幸に仕エまつりて 日に異に現しき青人
草の楽しみ喜びなさしめにとウて 各も各も
の上 天津御子の命をはじめて 八百萬の臣
の上たち 大進田小進田を御親らに 業事に
活かしまて 天の祭り 国の祭りに仕ゑまつ
りて 荷前を留めたまイき ここに国の国々
 島の島々の覇精高の上 翁して泣きて 皆
 高千穂の大宮に参来てまをす 国内々々の
老エるも若きも皆に苦しみて 朝餉 夕餉も
食さずで泣く とまをす そハ如何にそも
と云に 答エけらく 公の詔り 国に相応わ
ず こハ 荷前を止めましたまウからに 斯
く現人 皆 苦しむ と 申す ここに天津
御子の命 並めに臣の上たち 共に 天津神
の御言を畏みたまイて告りたまわく 現しき
青人草 荷前なしてハ 吾が天津罪を被りて
に 故 そを国人に告りてよ と云に 覇精
高の上 翁主 共に聞かじ こによりて 天
津御子の命 臣の上たち共に 天津神に太占
に占ゑたまイき 天津神 告りたまイつらく
 荷前多なすからに相応わず 故 初穂を少
とに奉れ と 告りたまイき 故 覇精高の
上 翁主たちに 然々に告りたまイき ここ
に覇精高の上 翁主 共に喜び歓ぎて それ
国に還りき
-------------
32,9
-------------
 ここに広鉾焼野の命 明玉鐸玉の命 白歯
若日足の命 村雲大麻屋の命 日鷲楢手建の
命 積羽櫛毛の命 剣田主の命 穂日揺戸の
命 武市長押彦の命 これの九柱の上を内禰
のあそび人となして こさぢちとせ国 放ち
て 種津作りの鍬柄人を守らし また 稚津
見風凪の命 頬那芸潮翁の命 萱野荒高の命
 狭土進田族の命 苫彦雲澄の命 水上堰富
の命 闇戸鹿追の命 これの七柱の上を足尼
のあそび人となして こさぢちとせ国に放ち
て 種津作りの鍬柄人を守らし また 内禰
 外禰ハ檜扇 貴玉ハ 火丹色の八垂り房を
着けて 畳み扇ハ常所に 勿 離しそ

-------------
32,10
-------------
 また 五臣の上たち 衽衣着けハ 太刀を
勿 放ちそ 小太刀ハ常並めなせ また 臣
の上たちの女 外歩きハ 襲を被れ また
現人の女ハ 去にし世の訓りに 綿膨を被れ
 道往きハ 各も各も 左避けになせ 馬牛
引きも斯くなせ 壮犬ハ家毎にかなし 牛も
馬も山牧に物人かなしよ また 臣の上たち
の家の辺にも 国の覇精高の家の辺にも 各
も各もに門代を立てよ また 現人の門代ハ
 年の始めのむつび月の時に 千草以て 清
み門代を立てよ また 臣の上たちも 現人
も 皆に皆に 各もの遠津祖 近津祖を月の
毎に祭りて 天津大神の天の祭りと共なせ
故 むつび 一か日 けさり 二か日 いや
よ 三か日 うべか 四か日 さなエ 五か
日 みなつ 六か日 ふくみ 七か日 はや
れ 八か日 なよな 九か日 かなめ 十か
日 しふる 十一か日 しはつ 十二か日
これの日毎に斎き祭れ また【大御田族 工
人 鍛冶人 商人 海漁人 山狩人 物人】
これの七つの現人 皆に皆に生業に仕エまつ
らしめて 便め良さに 安国と足らし国と勤
励きて 千足る天の訓り先になせ と 告り
たまイき
-------------
32,11
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 四
十代姫の命 産御名ハ神立姫の命 天の下を
知ろしめしたまウに 高津上たち 児屋要処
の命 斎部湯守白楯の命 太玉磐之男の命
思金滝田の命 表春功の命 下春端井田彦の
命 共に議りたまイて 天津御子の命に世嚮
男奉つらに と云て 直に 三十八代の天津
御子の命の御子 科吊彦の命 科吊姫の命の
御子 神館之男の命を以て世嚮男に奉る

-------------
32,12
-------------
 天津御子の命 御孕みたまイて 大土小土
に取りなし 神冴エに 霊熟き斎熟きましま
すからに 大分の黒の小浜に産宮を御建てて
 御輿入りに産まつる御子の御名ハ 神立広
幡五十足彦の命 こハ天津日嗣の御子にしあ
れば 大御名ハ 日高日子波限建鵜葺草葺不
合 四十一代彦の命と申す

-------------
32,13
-------------
 ここに四十代の天津御子姫の命 七十八年
 天の下を知ろしめさしたまイて 三種の神
宝を天津高御座に捧げて 高天之原の日之若
宮に還りたまイき 大御骸ハ大分の御宝山に
葬りまつりき ここに 日高日子波限建鵜葺
草葺不合 四十一代彦の命 産御名ハ神立五
十足彦の命 三種の神宝を頂きて 神訓り霊
訓り然々に 高津大殿に斎きまつりて 天の
下知ろしめしたまイき

-------------
32,14
-------------
 先に三十九代の天津御子の命の御子 富依
姫の命を妃となしたまイ また三十八代の天
津御子の命の御子 沖威建の命 夫人 佐和
姫の命の御子 滝道姫の命を向妻に召さし
また沖威建の命の御子 稚武の命 吉姫の命
の御子 岸辺之郎女の命を御妾に召さしたま
イき 故 御妾 岸辺之郎女の命の御腹に生
れませる御子の御名ハ 吉野姫の命 次に房
姫の命 次に向妻 滝道姫の命 御孕みたま
イて 大土小土に取りなし 神冴エに霊熟き
斎熟きますからに 臼杵の大之浜に産宮を御
建てまして 御輿入りたまイて 御子産まさ
にとなしたまウ時に 火丹鶴鳥 大空に翔け
り飛びき 故 生れませる御子の御名を鶴舞
姫の命と申す 大御名ハ 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 四十二代姫の命と申す
-------------
32,15
-------------
 ここに奇日の児湯の国 なしびの現人 丸
木二郎 三年前ゆ病ウなして 面脹れて 足
脹れなす 故 薬人 様々にくすれども癒え
で 病ゐ弥に積もりて 今しも死去になさに
と云 親族 家族集イ悲しみて参来て申す
ここに天津御子の命 高津上たち 明津上た
ち共に言依せたまイて 大国部八雲国刀自の
命 少名出湯知男の命 然々に告らしたまイ
て 活かさまほしく と 告りたまイき こ
こに二柱の上 児湯に出往きたまイて その
丸木二郎を見そなイたまウに 頭脹れて 眼
 鼻分かず また双手脹れて物掴みならず
御体脹れて起き出ならず 足脹れて足掻きな
らず 唯に蠢きなす ここに二柱の上 国内
の薬人を召さして告りたまわく こハ如何な
る薬 与ゑてにヤ と云 答エけらく 尿放
り糞放りなす薬を飲まさしめき と 申す
故 また四つの脈拍を見そなわし また腹探
り臓探りまして告りたまわく 此ばかり身皮
脹れ腐りて 悪しき香なすハ腹臓の病イなら
ず こハ火気と水気との病イなすから 斯く
身肉腐れるなり こハ糞放りの薬相応わず
故 腸にこれの腐りを受けハ 必ず死去ぬ
故 皮 肉の病ウハ外ゆ治せ また腐り止め
ハ内ゆ治せ その外ゆ治む状ハ 綿花を核成
りに 松の実の油に三か日浸して その綿花
核成りに 火燧り燒きに黒粉となして その
油に打ち混ぜに混ぜて そを日の毎の朝餉時
 宵辺時に弥塗らしに摺り着けよ 斯くせば
 五十か日余りに 血と膿水と弾け出て癒え
なむ 故 癒える時に 腐ぢ皮固り張りてに
 百か日余りに その腐ぢ皮落ちむ これの
時に その痕 焼け色になりて 身肉 汚く
ならに時に 瑞芹を湯炊きて 濃くなる時に
 そを日の毎に三 四 五度に湯浴みてハ
もとの肌エとならに こを始めなす一日前ゆ
 かざきの実を湯立て煮て 其の汁以て松脂
を丸めて 日に異に多なさせて 斯くなせ
と 告りたまイき 故 教ゑたまゑる隨にな
しつるに 百か日余りに本の如になりて勤労
きなす
-------------
32,16
-------------
 ここに天津御子の命 臣の上たち 共に議
りたまイて 国の国々の攘ら屋に並めて 市
なして 国人の便めなさばヤ と云て 国毎
の建を召さし告りたまわく 現人の便め良さ
に 国の小国に攘ら屋を建てて 其に商人を
籠めて 国の便め良さなせ その市道ハ必ず
良き地に 勿 なしそ くイ地になせ と
告りたまイき ここに国々の建 守り所の秀
庫を開きて それ 役人に放ちて 日あらで
 ぬかヤなして 商人 工人 鍛冶人たちを
住ましめて 国の便めをなしき 故 大御田
族多に喜びて 歓ぎ歌ウ楽し御世と云
-------------
32,17
-------------
 ここに天津御子の命国廻て 市の便め 現
人楽しに 弥栄昇ることを 眼の辺に御聞き
ましたまわに と 思ほゑまししかど 振り
返ゑらして告りたまわく 吾が国廻なさにハ
由無し そハ現しき青人草 吾を迎ゑて 事
多に苦しみてに と云て 故 国の国々 島
の島々に臣の上たち往きて 安国の穏びなす
ヤ 急ぎ御越しね と 告りたまイき ここ
に 科長四方厳瀬の命を野陸 常陸 陸奥
越根の国に国廻なさしめたまイき 金山種凝
の命を淡海 狭依科 伊勢津 遠津海 无邪
津海の国々に 御身代の使主人なさせと国廻
ましたまイき 弥都波和魂の命を秋津根 日
下根 愛媛の国々に 御身代の使主人なさせ
て 国廻ましたまイき 埴安久那津見の命を
穴門 出雲 吉備津 丹波の国々に 御身代
の使主人なさせて 国廻ましたまイき 羅摩
屋竹の命を建依 飯依 大宜津の国々に 御
身代の使主人なさせて 国廻ましたまイき
波限高島之男の命を奇日 豊日 白日 速日
 建日の国々を御身代の使主人なさせて 国
廻ましたまイき
-------------
32,18
-------------
 これの上たち 国廻ましたまイて 詳らに
見こしめし 聞こしめして その国々 穏び
て 斯く人の足らし家なして 各も各もに楽
しみなし 朝に歌イ 夕べに歓き 生業勤労
ぎ 子産多なし 家の戸を年の毎に増やし
祈り訓りを諭ウる状 また 男ハ手力強く
物術 太刀術を勤労ぎて 外津世人来ば 彼
 十人 二十人に当たらに と云 また翁ハ
隠り事に仕エて 若人を愛じなす また覇精
高の上を斎き 国建の国守りの懸けまくも美
き道々なす状の 種々 各も各もの使主人の
上の論らエの返り言申すに 天津御子の命を
はじめて 高津上たち 明津上たち 聞こし
めしたまイて 東端ゆ西の端ぬ迄に 一並め
に安国の穏び国なす と 聞こしめさしたま
イて 御喜ばしたまイて 弥々に天の祭り
国の祭りの大祭りに仕ゑたまイき

-------------
32,19
-------------
 ここに四十一代彦の命ハ御齢老エさせたま
イて 天津三種の神宝を高御座に捧げたまイ
て 大御身ハ菊池の御子の山に 大宮を太敷
き建てたまイて 宮隠りましたまイき ここ
に日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十二代姫
の命ハ 産御名ハ鶴舞姫の命 天の下知ろし
めさす時の 高津上たちの御名ハ 太玉火鑚
杵の命 斎部高津御祖の命 思金大鳥の命
足禰村別の命 中臣闇谷の命 表春牧之男の
命 これの上たち 共に議りたまイて 四十
代の天津御子の命の御子 日子玉之男の命を
世嚮男に入れ立て奉りしに 未だ三年にもな
らざりし時に 神隠りましたまイき こによ
りて これの御子の弟の上 眞子足玉分の命
を世嚮男に召さしたまイき ここに天津御子
の命 御孕みたまイて 大土 小土に取りな
し 神冴エに霊熟き斎熟きますからに 大分
の黒の小浜に産宮を御建てて 御輿入りに産
まつる御子の御名ハ 豊足大御中の命 産御
名 斯く称ゑまつりて 大御名ハ日高日子波
限建鵜葺草葺不合 四十三代彦の命 一柱生
れたまイき これの御子 御齢二十一と申す
に 天津御子の命ハ直入の大宮に宮隠りたま
イて 永く楽しみたまイき
-------------
32,20
-------------
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十
三代彦の命 産御名ハ豊足大御中の命 御妃
ハ四十一代の天津御子の命の御子 伏見八尾
姫の命の御子 若俣伊須岐之女の命 召した
まイて 産ませる御子の御名ハ種蒔姫の命
次に御孕みたまイて然々ますからに 大分の
黒の小浜に産宮を御建てたまイて 産たまゑ
る御子の御名ハ 大炊息吹の命 大御名ハ
日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十四代彦の
命
-------------
32,21
-------------
 また三年経て御孕みたまイて 然々ますか
らに 臼杵の大之浜に産宮を御建てて御輿入
ります時に その産宮の空に烏と烏と喰ゐ合
イて死に落ちき 故 産所守る上 雲根笠取
の命 活津幸屋彦の命 神立大倉之男の命
三柱の上 申しけらく これの烏 宜べから
ず こハ天津日嗣に立て奉らくも思ほエず
と云 生れましの御子の御名を 虚空津争烏
の命と御名付けまつりて 大御名をば奉らざ
りき ここに宮迎ゑの上 萱野彦舅の命 八
衢柝土の命 衝桙船絵勝の命 告りけらく
これの御子に大御名を奉らでハ 去にし世の
訓りに違イて良わず ここに産守上 日高日
子波限建鵜葺草葺不合 四十五代彦の命と
大御名を献りき

-------------
32,22
-------------
 また御妃の命 御孕みたまイて 大土 小
土に取りなし 神冴エに霊熟き斎熟きますか
らに 大分の黒の小浜に産室を御建てて 御
輿入りに産まさにとます時に 烏多に舞イ来
て 産宮の御棟に降りて 皆 顎とウ こに
よりて 烏言足清男の命 大御名ハ 日高日
子波限建鵜葺草葺不合 四十六代彦の命とま
をす 合わせて三柱彦御子 一柱姫御子生れ
ましき
-------------
32,23
-------------
 ここに天之羽槌活衝の命 御齢二百余りに
ましまして 家隠りたまイて 隠り業に仕ゑ
まつりて 天翔り 国駆りたまイて 現しき
青人草の幸わゐ守らしたまイて 国内を慈し
みたまイき 或る日 天津御子の命に見ゑま
して告りたまわく 吾 先津日に天翔りて目
見はにふるに これの海中に大きなる島有り
 こハ中津国の端辺島なり 人草多にあれど
 岩穴に住み また平穴に住み また木下に
住みて 着る物ハ山草を乾して そを叩き柔
して 己が型に編みて着たり また食物ハ木
の実を喰イ 獣を喰イて居り 男女の姿同じ
並めにありて弁別めず 年嵩なるハ男ハ口毛
あるを以て弁別まウ 朝昼に食物の手取り以
て 争イ止ます 親子の弁別め無くて いと
哀れなり 故 天津御子の命 こを哀れみ恵
みたまゑ と云 ここに四十三代の天津御
子の命 思金燿綱の命 太玉世幸彦の命 児
屋活鳥別の命を召さして 然々告りたまイて
 彼の島を慈しみてに と云 故 三柱の上
 そハ何処に在りけに島 と云 ここに天之
羽槌活衝の命告りたまわく その島ハ奇日の
多禰島ゆ南の方 百里離りなす島なり と云
 ここに天津御子の命 三柱の上 共に議り
たまイて 沫那芸国明の命 頬那芸百合香主
の命 これの二柱の上 然々を告りて 汝
其の島を拓きて 青人草慈しみて 獣に類エ
ず 現人となす道別けなせ と 告りたまイ
き ここに二柱の上 工人 鍛冶人 大御田
族を百五十人を率き 海漁八十人に 大船を
十隻に 豊種津物を積み足らわし また 沫
那芸国明の命の夫人 明姫の命 また その
御子 国知彦の命 御齢二十八 これの御子
の夫人 佐奈姫の命 この御子の姉妹 揺緒
姫の命 合わせて四人 彦一人 姫三人 ま
た頬那芸百合香主の命 夫人 主姫の命の
また其の御子 戸足之男の命 御齢四十二
夫人 玉之屋姫の命 朋族 夜雨彦の命 小
夜凪姫の命 夕種姫の命 合わせて六人 彦
二人 姫四人 これの彦御子 国知彦の命
戸足之男の命 夜雨彦の命 三柱の上ハ木工
の屋作り 道具作りの首となし これの姫御
子 明姫の命 佐奈姫の命 揺緒姫の命 主
姫の命 玉之屋姫の命 小夜凪姫の命 夕種
姫の命 これの七柱の姫御子たちを 衣物
食物の首となして 女子多に八十の衣縫イ
布織り人を集わしめ また炊き 煮作り人ふ
みして 大船に道具をことし 麻布綿布の巻
き挙けを多なし また麻と綿とを積み足らし
て 御船添イます これの上たち 現人 共
に二百余り 大船十隻を奇日の隅の佐多の門
より 御吉船に召さして 此年の春 けさり
月の月円日の三か日に船出まして 其の夜に
屋久島に泊たしたまイ 翌々の五か日の朝開
き時ゆ 北風頻吹きて穏びなす こによりて
船出ますに 追イ風及きて その明の夕な時
に 小島に泊たして 島蔭に泊たす 故 こ
れの島を加計島 と云 そより暫して本島に
泊たしたまイき
-------------
32,24
-------------
 ここに上たち 現人 共に皆 陸に上りて
 それの穴人を言向けに と云に 島人 其
の状を窺き見て 皆山に登りて 石礫を撃ち
てもだゆ 故 沫那芸国明の命 頬那芸百合
香主の命 こハ穴人 吾が此処に来るを畏み
て 斯くなす いと憐れなるものかも こハ
翁と媼と往きて 懇ろに語らイて 穴人十人
余り伴なゐてよ と云に ここに大原の翁
夏実四郎五郎 年八十八 媼 これの妹 五
郎の妻 年八十三 これの二人の翁 身に蚕
布の衣を着て 手にハ竹杖に縋りて 蹌きな
がらに山の上に登りて 穴人に言問ウ 穴人
 これの翁を見 いと心安の状なして言ふる
 穴人の女子共ハ これの翁の着つる衣引き
て いと羨みなす状見ゆ 故 二人の翁 言
問エど弁別めず 故 皆の者に この衣を遣
らにいウ態以て言ふるに 嬉しき気色見えき
 故 その少男 少女を二十人余り伴なイ帰
りて 二柱の上の御前に参来 ここに 其の
男女共の言る事を聞こしめして 穴人に相言
を告らしたまイて 食物を取らせたまゑば
いと嬉しみ喰ウ 喰イ終エて拝む ここにま
た 衣物を取らさしむるに 其の着れる状を
知らず 故 御国人立ちて その状を教ゆる
に そを学びて 衣を着 帯を結びて装りな
す 故 皆 嬉とほエき ここに二柱の上
告りたまイつらく 皆の穴人に衣を遣り 食
物を喰わせに と云 此処し穴人帰りて 後
人に言問ウ こによりて皆参来て蹲く 故
然々になして告りたまわく 汝の住まむ家を
建て 雨風凌く所作し遣らに と云て すな
はち 鉈打ち 鉈鎌 外の得物を与エて 山
の立木を伐る状を教ゑて 伐らさしめて 草
屋を作りて そに住まわしめて また 家工
を訓り伝て 炊き状を訓り伝て また山野拓
かゐ 水津作り 畑津作り 飼蚕道 麻績み
 糸取り 綿紡ぎ 糸取り 機織り 衣縫イ
 木工 鍛冶 水津実取り 畑津実取り 尽
々に訓り伝てたまイき 故 此所を南風原と
云 ここゆはじめて それのそれの国々 島
々 斯く訓り伝てたまイて 国拓ましたまイ
て 三年 勤労ぎたまゑば麗しき国になりて
 珍食物争イ止み 現人となりき 故 これ
の国を二那芸の国と言しを 今 琉球と言ハ
後に漢国ゆ付けたる名と言 これの二柱の上
 並めに御子の上たち 久しく留まりて 十
余り三年に返り言申す 沫那芸国明の命の御
子 沫那芸国知の命 夫人 佐奈姫の命ハ
これの国に留まり 国の幸わゐを守りませる
上とならせたまイて 二那芸国の建とならせ
たまイて 御子の嗣々 留まりましき 故
国人 これの沫那芸国明の命 頬那芸百合香
主の命 沫那芸国知の命 佐奈姫の命 これ
の四柱の上を南風原の鶴野に宮を造り建てて
 葦原神と斎イ祀るハこれなり 今もその国
に春の祭りに この宮に歓ぎ祭りあり と云
 上津文 三十二 完エ

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33,1
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 上津文 三十三の綴り
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 四
十四代彦の命 産御名ハ大炊息吹の命 生れ
ましながらに 御身穏びず 弱躯に常病みま
す 然れど日嗣の御子にましますからに 天
の下知ろしめしたまエども 益々に気鬱病イ
に弱らせたまウからに 七年とまをすに 大
分の御宝山にい退き宮を造りて 兄の命に天
津神宝を授けたまイて 宮隠りましたまイき
-------------
33,2
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 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十
五代彦の命 産御名ハ虚空津争烏武の命 未
だ五十歳にもならせたまわぬに 天の下を知
ろしめさしたまエども 去にし世の訓りに從
ゐたまわずで 御心辺の隨になしたまイて
御自らの進田進びずで 国々の穂倉を以て事
ぶりまし 妃召し 向妻召し 御妾召しも在
さずで 御自らに 国駆けりて 心なす現人
の女を率きて 百八十人を集めて 朝な夕な
に 濁酒清酒を喰わせたまイ 楽しみとなし
たまウ 故 高津上 中臣闇谷の命 表春牧
之男の命 斎部小夜足彦の命 足尼倉笠の命
 これの上たち 天津御子の命を種々に諌め
はにふれども 聞こし入れまつらでうたてあ
り 故 時の人歌イけらく
 去にし世の 訓り修めずで
 心隨に 去にし世の言違りに
 よさ女 うしな女 少女ら
 二百足らず 浮かれ抱き
 大宮 うぢはく
-------------
33,3
-------------
 ここに天津御子の命 百八十の少女を美し
く飾り装わして 阿蘇の衣尻の大野に遊びね
 と云 出往きますに 立の御谷の大道を過
ぎます時に などかなしたまイけに 乗らせ
る御馬の御鞍割ちて 馬より逆さまに落ちて
 側なる千引岩と共に 御谷に落ち入りまつ
りて 神隠りましたまイき 故 去にし世の
訓りに擬イて 御骸ハ衣尻の山に葬りまつる
-------------
33,4
-------------
 ここに 其の弟の御子 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 四十六代彦の命 産御名ハ 烏
言足清男の命 三種の神宝を抱かせたまイて
 天の下を知ろしめさしたまイき 先に御娶
ゐます妃 豊櫛玉姫の命ハ 四十三代の天津
御子の命の御子 種蒔の命の御子なり また
向妻は妃の命の妹 衣取姫の命 御妾ハ沖姫
の命 こハ楯姫の命の御子なり また側禰女
若科姫の命ハ 香山春人の命の御子なり こ
こに向妻 衣取姫の命の御腹に生れませる御
子の御名ハ松若彦の命と申す 次に御妃 豊
櫛玉姫の命の御産ませる御子の御名ハ 天之
明立豊鋤彦の命
-------------
33,5
-------------
 また御妃 御孕みたまイて 大土小土に取
りなし 神冴エに霊熟き斎熟きますからに
大分の黒の小浜に産室を御立てて 御輿入り
に産ませる御子の御名ハ 大庭足姫建の命
大御名ハ 日高日子波限建鵜葺草葺不合 四
十七代姫の命と申す
-------------
33,6
-------------
 ここに 天之明立豊鋤彦の命 先つ年に国
廻ましし時に 木曽の御山を道を踏み迷わし
たまイて 山深みに入りたまウ時に 怒れる
白熊跳び来て 命を喰わにと火吹きて掛かり
けるに 命ハ常心まして 左右手を上げて
走し来る白熊を右の御手に掻ゐ掴み 左の御
手を拳になし 白熊の鼻柱を砕打ちに打ちた
まエば その鼻柱乱けて死に失せき 故 そ
の皮を剥ぎて 御太刀の尻鞘となしたまイき
 故 其所をさやと云 また羆を手以 打ち
殺したまウによりて それの谷を たうち谷
と云
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33,7
-------------
 また 天之明立豊鋤彦の命 兄 松若彦の
命 弟 狭別葦垣の命 三柱の上たち 愛媛
の国に遊ばして 村主が家に宿りたまウ時に
 御饗ゑまつるに 白作しの膳に 飯秀瓦を
左の前津物となし 膾平瓮を左の先津物とな
し 平秀瓦を右の前津物となし しり秀瓦を
右の先津物となす こを差し上げまつるに
天之明立豊鋤彦の命 そを見そなわしたまイ
て 怒り面頬に火照らし これの膳 斯くな
す 何故も吾を罪人に類エて 穢わしき状な
す と云て その供ウる膳を蹴え散げたまイ
き 故 その膳の落ち散りたる所を飯盛と云
 三柱の上 御怒りながらに出立たしまさに
 なしたまウ時に 村主畏みて 御袖に縋り
罪を贖ウに 称エ言申し告りき

-------------
33,8
-------------
 故 三柱の命 御心解かしたまイて告りた
まわく 此所ハ海遠くで海魚食しも得ざる国
なり 故 吾れ 建依の土佐の小松浜に往き
て 海魚を取りて与えに 故 肩担ちの現人
を百人 荷提げを付けたる籠を 前と後とに
担しきの一尋棒に担わせ来ね と 告りたま
イき ここに三柱の上 直ちに建依の土佐門
に出往きたまイ 小松浜なる小船に櫓立てて
 遠海に漕ぎ廻みて たゆたせますに ここ
に日中 海ゆ 八十尋の鯨泳き来て 海原の
波響ます 故 三柱の命 赤裸にならせたま
イて 褌巻きに小太刀を角先に差し立て 鯨
が舞エる海底に飛び入り 海魚の太腹に小太
刀を通し貫きに 小抉りに抉らしませば 鯨
躍りて 大海原駆けらにと狂熱る 三柱の上
 手柄を海魚背に取りなして また口箆を太
刀以 眞裂きき こに怒りて跳ね覆すに追イ
繰りに また頭に攀ちて 彼が眼玉を刳り抜
きに抜かしたまゑば 弱りて憩ウに 栲縄を
打ち掛けて その小船に乗らして現人を呼び
て 鯨を磯辺に引きづり寄せて すたすたに
斬りて 現人に放ち遣りたまイき 故 其処
を鯨浦と云 またこれの海魚を捌きましし所
 いと長かりき 故 そを長浜と云

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33,9
-------------
 ここに天之明立豊鋤彦の命 松若彦の命
狭別葦垣の命ハ 久万須の山の村主が家に御
帰りまして 久万須の山の 頂に登りまさに
となしたまウ時に 未たに十足らずの童男
四股なす牡鹿跨がり勤しに参来て 三柱の上
に告り言ちて 汝上ハ 天の日嗣の御子たち
なり 手力勝れます御身を以て 何故も悪じ
る奸る者を逐イて 現人の為に勤労ぎまさヤ
 と云 三柱の上申しけらく それの所を知
らしませ と 申す 童答ゑて そハ狭依科
の佐久山の山合ゐの潜りにあり 彼ハ 去に
し世の神と称エて 年の毎の春と夏と二度に
人犠を取りて喰ウ こハ大きなる禍鬼なり
こを逐ゐて 国の現人を助けたまエ と 申
す こを教エ賜わる神ハ いづれの神に在す
ヤ 御名を顕わし在しませ と 申すに 吾
ハ天の大土 国の大土の神ぞ と云 御山駆
りましたまイき ここに三柱の上ハ直ちに狭
依科の国に速く走しりたまイて 覇精高の家
に入らせたまイき 伊奈彦の命 伊奈姫の命
に その故を問わしたまエば 御答エ申しけ
らく 佐久山に神あり 名ハ佐久神と申す
こハ昔ゆ 年に二度 春のいや月の祭り 秋
のなよな月の祭り それの夜に入りて 二十
歳後前の少女を八籖に取りなして 山の中ら
の奉り岩の滑らに伏さしまつるに 翌日見れ
ば 形も見エなくで失せぬ これの犠物を斯
くなさされば 豊種津物の秋毎に 雨多に降
りて稔らず 故 今日の日ハ これの祭りに
しあれば 二百取りの斎籖を散らし引きて
それの斎籖の正に当たれる者を贄に奉る 故
 今 ここに泣き伏す少女ハ 年二十一 此
を供エまつるなり 天津日高の御子たち 憐
れみたまゑ と 申す 三柱の上 告りたま
わく そハ怪しき神なり 天津神 国津神た
ち 尽々に現しき青人草を愛みたまウに 然
なすハ禍津神なり 故 その禍鬼を逐らイて
憂きを助けて と云 ここに郷の子ら参て
これの八籖に取りなせる少女を連れて 佐久
山の中らの奉り岩に据え置き 饗エ物となし
て神奉りなして 黄昏時 各も各も帰りき
後辺に少女 八籖に取りなせるからに 唯に
泣きばかりなりき ここに三柱の上 先に工
人に謀り作らしたまエる少女像を その贄に
奉れる少女を引き解きて 告りたまわく 汝
が生命を助けて 禍なす神を逐らわに 汝
暫しが程 これの大樹の許に身を隠し居れ
必ずしも 脇に 勿 往きそ と云て 彼の
少女像を その奉り岩に伏せ置き 岩間に忍
て立て待ちたまイき ここに 眞夜時の夜後
時に 御山をい裂く如に轟こして 奴が身の
裄 一丈余りの神現れて 眼ハ鏡なす 口
耳に裂けて 薄黒気に呵々らと笑イ 続きて
 括れる縄を食イちぎりて 少女を彼の許に
据えて 寝見 転び見 立ち見て 頓ら楽し
みの態なす 故 三柱の上 ここに現れまし
て告りたまわく 汝ハ何神なれば国郷の少女
を取り喰ウぞ と 怒りて虚足を踏み猛びき
 故 その禍鬼驚きて 得も答エで 命を取
らにと 蠢き掛かるを 天之明立豊鋤の命ハ
 禍鬼の飛び掛かるを 諸手速に肋の小骨を
爪繰るに 怒りて厳み跳びに苛くを膝と腰と
を掴みて 眼の上差しに投げつけますを 弟
 松若彦の命 狭別葦垣の命 御佩かせる十
握剣を抜かして づたづたに斬りたまウ時に
 俯りて斃ウ こハ幾年か経にけむ大猿にな
もありき
-------------
33,10
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 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十
七代姫の命ハ 児屋臼杵富の命 太玉水原の
命 思金威吉笑の命 科長平男彦の命 羅摩
屋立之男の命 波邇夜須久那津見別の命 弥
都波和魂の命 金山言人主の命 これの上た
ち 御議りの隨に 四十四代の天津御子の命
の御子 狭別葦垣足の命 世嚮男に召さした
まイき 故 御孕みたまイて 然々に 御身
穏びますからに 大分の黒の小浜に産室を御
立てて 御輿入りに産ませる御子の御名ハ
豊津神足別の命 大御名ハ 日高日子波限建
鵜葺草葺不合 四十八代彦の命 一柱ましま
しき ここに 天津御子の命 天の下を久し
く知ろしめしたまイて 三種の神宝を天津高
御座に捧げたまイて 御身ハ直入の宮に隠り
たまイき
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33,11
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 四
十八代彦の命 産御名ハ豊津神足別の命 む
つびの初めの日に 天津神宝を抱かせたまイ
て 天の下を知ろしめしたまイき 御妃 豊
鋤姫の命 こハ四十五代の天津御子の命の御
子なり 向妻 紙縒姫の命 こハ御妃の同胞
 撓草若江の命の御子なり 御妾 松秀之女
の命 こハ 四十三代の天津御子の命の御子
 鋤浮の命の御孫なり ここに御妃 豊鋤姫
の命の産ませる御子の御名ハ梅之枝姫の命
次に御妾 松秀之女の命の御腹に生れませる
御子の御名ハ 稚足姫の命 次に稚足彦の命
 次に向妻 紙縒姫の命 御孕みたまイて
神冴えに 然々ますからに 大分の黒の小浜
に産室を御立て 御輿入りに生れませる御子
の御名ハ 豊足彦の命 大御名ハ 日高日子
波限建鵜葺草葺不合 四十九代彦の命 次に
御妃 豊鋤姫の命 御孕みたまエて 取りな
し然々にますからに 臼杵の大之浜に産宮を
御建てて 御輿入りに産ませる御子の御名ハ
豊足姫の命 大御名ハ 日高日子波限建鵜葺
草葺不合 五十代姫の命

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33,12
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 ここに四十九代の天津御子の命 天の下を
知ろしめしたまイて 妃 豊櫛玉姫の命 こ
ハ四十六代の妃命の御腹の御子なり 向妻
沖姫の命 こハ同じ代の御妾の御腹の御子な
り 御妾 若科姫の命 こハ同じ御代の側禰
女の御腹の御子なり また側禰女十二人まし
き これの側禰女の御腹の御子 十余り四柱
まします 故 彦御子五人 姫御子八人 こ
ハ御子の数にわ入らずで 覇精高の上と云
ここに御妃の命の産たまエる御子の御名ハ靱
建之男の命 次に御孕みたまイて 取りなし
然々にますからに 大分の黒の小浜に産室を
建てて 産ませる天津日嗣の御子の御名ハ
神足別国押之女の命 大御名ハ 日高日子波
限建鵜葺草葺不合 五十代姫の命 次に御妾
 若科姫の命の御腹に生れませる御子の御名
ハ八雲姫の命 次に若鷹姫の命 次に向妻の
命の御腹に生れませる御子の御名ハ橋富姫の
命と申す
-------------
33,13
-------------
 ここに天津御子の命 白日の国に御遊びま
さにと 斎部葛原の命 太玉波避別の命 中
臣春玉磯部の命 表春畑鋤の命 下春高藤の
命 思金妹沢の命 側禰堅塩の命 科長鳥之
小桙の命 金山栄彦の命 埴安狭田の命 燿
倉楯徹の命 八衢苫坂の命 沖避常世食の命
 秋津押玉の命 赤土横戸辺の命 水分井之
上の命 山津見甘樫の命 高淤迦美軽野の命
 別雷活玉の命 布都天之早瀬の命 楮梳富
樫之男の命 木之俣数彦の命 積羽山口の命
 手置栲木の命 薄滝見の命 活玉鳥凪の命
 積羽牧原の命 山咋坂戸の命 沖津八百雲
の命 これの上たち また 大伴の長たち百
人を伴なイたまイて 直入の三宅野に出立た
して また 速見に立たし そゆ 宇佐 中
津 毛見の国立たしまして 白日ハ御井 阿
座 夜須野に立たしたまイて見そなわしたま
ウ
-------------
33,14
-------------
 把伎山の上に大きなる榎有り 故 そハ国
辺に蔭なして いと悪しかりき 故 これの
木を伐り 種津田の助けとなさに と云 臣
の上たち 共に その木を伐り倒したる所を
たぶしと云 そゆ豊日の大木を伐りて種津田
の為とならに と云 出往きたまイて見そな
わすに 其の木の根 山の如にあり 故 其
の木根廻りを 足踏みなさしむるに 一萬五
千踏みあり こをちこりなすに二里四邑あり
き また 木の高みを計りなすに二十七里あ
り と申す これ木 千々の枝 延ゐ広ごり
 木末々々ゆ 露玉霧り落ちて雨如す

-------------
33,15
-------------
 ここに奇しき翁 頭毛ハ眞白に長く統べし
髻なし 口毛ハ長く 八束に垂らして 眼潤
み泣きつつも 天津御子の命を拝み敬イて申
す 奴ハ これの木の畔の神なり 天津御子
の命 これの木を 今 伐りたまハば 奴ハ
 此処に絶エ失せなむ 故 御赦しね と云
 ここに思金妹沢の命 斎部葛原の命 中臣
春玉磯辺の命 答ゑけらく 汝神ハ 木の畔
の神なるか いとも憐れにこそ思ほゆれ 然
れどこれの大木の延イ広ごれるからに 国内
の現人の作り物稔らで 幾千萬の青人草悩み
て 国内病み痩す こを以て今 此の木を伐
り倒さにと装イなす 然ハあれど 然々を申
さにと云申す
-------------
33,16
-------------
 ここに天津御子の命 翁を召さしたまイて
告りたまイつらく 汝ハこれの大木の木の畔
の神と申すか いと憐れに思ほゑ侍る 故
今ゆ後ハ 汝に名を与ゑて 大宮を建てて斎
き祭らしめに こを以て国現人を恵みて 国
の幸を守れ と云て 楠の命と云御名を賜イ
き ここに楠の命 甚く喜び申しけらく 奴
ハ現しき青人草並めなるさゑに嬉しきに ま
して名をさゑ賜びて 大宮を建て斎きまさに
と云ハ 斎々しき大御言になもある これの
喜びにとても 然らば これの木を伐りたま
ウ加エ人申さに また此の木伐りの訓りハ
南吹き南風の吹かに日に 人八十人以て 四
方ゆ伐りたまエ 明る日ハ 人八十人 左右
方ゆ伐りたまエ 二か日にその木倒れに そ
ハ 奴が心なさに また人草の幸わゐの便め
に これの木以て穴門に橋を渡して 人草の
通イ路となさに 故 これの道筋の人草 そ
れの家を立ち退きて居れ 必ずしもに其所に
 勿 居りそ 居らば生命死去ぬ と云 こ
こに使主人の長共に 道筋の現人に然々に伝
てき
-------------
33,17
-------------
 ここにふくみ月の月立ての五か日に 楠の
命参来て 天津御子の命に申しけらく 明日
の日 明後の日 二か日に木を伐らしめたま
エ そハ 明後の日にハ 南風必ず吹きぬ
と云て帰りき ここにふくみの月立てる六か
日に 臣の上たち共に八十人人 各も各もに
木伐り鉈以 木を伐る 故 この木伐り鉈を
斧と云 また その明日の日の東雲ゆ南風甚
く吹く こハ翁の言しに違わず と云て 手
に手に斧以て右面ゆ伐り入りし時に 天津御
子の命も西ゆ斧以て伐り入ります 吹く風激
しくて その伐れる側からゆ 大なる音を鳴
らし うどろうどろ かわりかわりと鳴りて
 大土震ゐなす如にて 山なす大木 大唸り
して 未だ木本を半ばも削らぬに 吹く風の
頻なみ 共に引き千切れる如に抜けて 山々
を越して 宇佐川の遙か西の野原に落ちて
大木ハ横伏しに倒れて木末ハ穴門の浦に落ち
き 故 その木の落ちし所を木の国と云 木
末の落ちし穴門の浦をこすえ浦と云 また木
の根 山となる こを楠山と云

-------------
33,18
-------------
 ここに天津御子の命 臣の上たち共に こ
れの木の横伏せを踏み渡り試てに と告らす
時に 楠の命参来て申す これ木を踏み渡り
まさば 御馬に召さして往きたまエ と 申
す 故 天津御子の命 臣の上たち 共に御
馬に召されて出往きたまウに 処の現人 皆
 御伴に罷りて出往きき これの向斎きの上
に楠の命仕エまつる 故 現人 皆 喜びて
 千萬に天津御子の命を迎ゑまつりて 鼓打
ち 笛吹き 歌を歌イて 神楽を奉りまつる
 また穴門ゆ然々 ここに天津御子の命 楠
山の頂きに萱宮を太敷き建てて 楠の命を斎
ゐまつりて 児屋春玉の命 屋玉畑津杉の命
 久々智沢名の命 これの宮の斎きの上と称
エて 其所に住ましめたまイき
-------------
33,19
-------------
 ここに天津御子の命 臣の上たち 諸共に
宮帰りなしたまウ時に 速見の火鳴り岳に御
立たしたまイて 其の温泉を見そなわして告
りたまわく これの温泉の沸り湯を岩土以越
し取りて 湯浴みなさば 青人草ハ病イ免れ
てむと云 直ちに岩土に越し取りて その夙
めに 速見の海辺に引き下げ越しき 故 そ
こを朝見と云 また磯辺の砂子原に越し入満
つる所を浜脇と云
-------------
33,20
-------------
 ここに天津御子の命 臣の上たち 共に東
に国廻まさに と云て 大宮船に召さして日
下根の国に下り着かせたまイて 国内を歩き
たまイて 幡多山に到りますに 天津御子の
命 甚く御足を傷めて悩ましたまイき ここ
に大国琴音の命 少名大斎瓮の命 共に議り
たまイて 豊日の火鳴岳の温泉湯を 岩土樋
に持ち参越したまイて 天津御子に湯浴みま
つらしたまイき 故 日ならで い健に験わ
れたまイき 故 其処を有馬と云

-------------
33,21
-------------
 ここに天津御子の命 臣の上たち 共に
淡海根に出往きたまイ これの湖を見そなわ
したまイて 覇精高の上 栗栖彦の命 栗栖
姫の命に問わしたまイけらく これの湖津ハ
いと海原なす 故 川魚多なさに なとて魚
取りハ無きぞ と云 御答エけらく 川魚多
にあり と云 然れど 其の漁する業を知ら
じ と云 故 大土千守の命 積羽八千鉤玉
の命に仰せて 其の魚取り業を訓り伝てなせ
よ と 告りたまイき 故 二柱の上 八十
人の現人に仰せて その山々に立てる大木を
伐らしめて 三尋にこきらせて 其の木に錘
着けて 下辺を尖らせ 錘ゆ内抜きに抜かし
 櫓 櫂立てを作らし また物部の大野に麻
緒を作らして そを眞糸に績がさせて 大目
 小目の網を結かして形敷き 船を湖津原に
浮かめて 魚取り業然々に訓り伝てます 川
魚多々に上がりて現人喜び合エり
-------------
33,22
-------------
 ここにまた覇精高の上申しけらく これの
湖津 年々に増さりて 現人大に苦しむ そ
ハ去年の種津田ハ今年の水底となる こを助
けたまイね と 申す 天津御子の命 斎部
葛原の命 表春襷の命 側禰堅塩の命 思ゐ
議りて告りたまわく こハ水の上端を捌かば
良け と云 これの役なすハいづれの上し侍
ウ と云 ここに岩柝斎田取彦の命 根柝玉
之男の命 こハ 吾が役奉らに と云 天津
御子の命 三柱の上たち 宜べ と 告りた
まイき ここに 岩柝斎田取彦の命 根柝玉
之男の命ハ頭毛の髻を解き垂らし 手当て
脛当てを固め 紐足板履き締めて 栗栖山の
頂に登らし 底低きみの岩敷の頂に御立たし
たまイ 御稜威を振りて 大声を放ちて 天
津祝詞を稜起らし 高足板を踏猛ぶに それ
の国内 地震なす またその蠢く声 天地に
通りて物凄かりき 故 二柱の上ハ おとり
こぬきて 彼の岩嶽を蹴え散らかしき 故
これの岩山千切れて 御空飛ばしに散り落し
て山となる この宇治山と云 その起これる
が飛び散りて こも小山数々なれり その中
なる太山を宇賀山と云 これの時に 湖水
其の合わゐよ うごろうごろに漲り落ちて
紀の山津御谷に廻りて大き野を走りて 日下
根の西海に落ちたりき こを以て淡海の現人
の作れる田之土 水底ゆ現れて易く耕しき
これの時に 天津御子の命の在座ましたまエ
る所を野洲処の国となも言ける

-------------
33,23
-------------
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 四十
九代彦の命 三つの神宝を日嗣の御子に授け
まつらに と云て 天津高御座に捧げまつり
て 禮事 然になさせたまイて 建日の霧島
山に大宮柱太敷き建てて 宮隠りたまイき
ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 五十代
姫の命 産御名ハ神足別国押之女の命 天の
下を知ろしめしたまイき これの御子ハ 祖
御子の命の御齢負イたまイ 生れませるから
に いと若くましましけるに 天の下知らす
 此年に二十にならせたまウからに 四十七
代天津御子の命の御孫 笠取足尼の命ハ 御
齢五十余りにならせたまウからに 世嚮男に
召し入れましき ここに天津御子姫の命 御
孕みたまイて 産ませる御子の御名ハ 天勝
国勝姫の命と申す
-------------
33,24
-------------
 ここに天津御子姫の命 世嚮男 笠取足尼
の命に告りたまわく 吾ハ女にしあれば 臣
の上たちの夫人たちハ 吾に仕エまつらにヤ
 と 告りたまイき 故 世嚮男の命 宜べ
畏こ 臣の上たちに言任せまつらに と云て
 表春畑津鋤の命 児屋春玉磯辺の命 下春
笠見の命 中臣高藤の命 太玉忌戸開の命
斎部葛原の命 斎部波受の命 思金妹沢の命
 側禰時世の命 科長平中の命 科長津鳥桙
の命 秀穂津後蒔の命 秀穂津百秋の命 弥
都波天津見の命 弥都波丹潟の命 波邇夜須
中窪の命 埴安狭田の命 燿火透館の命 金
山栄彦の命 金山長緒の命 大屋経継の命
積羽洲成彦の命 積羽八重主の命 言代仮名
配の命 鳴海海原の命 日別日之組の命 天
懸錏の命 国懸麻断之男の命に 然々を告り
て 夫人たちの御座置を定め また宮越しの
先を定めたまイき また宮内の召さしの媼
少女たちの御座置ハ 小間女 局女 侍女
ふみたち さきたち これの姫上たちハ 皆
 天の祭り 国の祭りに仕エまつりて 朝の
御食 夕べの御食に仕エて 時の御衣 月の
御衣 日の毎の神楽に 三つの木立湯時のは
ふぶきに 仕エまつれ と 告りたまイき
-------------
33,25
-------------
 斯く定めまして 然して後に 天津御子の
命 世嚮男の命と共に議りたまイて 月の毎
に臣の上たちを 大男の殿に在座まさし 夫
人の姫上たちを 大女の殿に在座まさして
天の祭りに仕エまつらしめて これの神楽に
ハ神楽歌イ歌を 楮布に煤水以てもじらして
 男の謡イ歌を女の方に遣り 女の謡イ歌を
男の方に遣りて 女の歌を男歌イ 男の歌を
少女歌イて 舞を舞イ 笛吹き 柝く鈴 鼓
を打ち 八琴を弾き奏づらして こを以て月
の毎に 天津神の御祭りの神楽と称エまつる
ことを定めたまイき
-------------
33,26
-------------
 ここに天津御子の命 御齢六十余りになら
せたまゑば 世嚮男の命ハ御齢百余りになら
せたまウからに 宮隠りまさにとて 豊日の
宮処に大室を太敷き建てて 三つの神宝を日
嗣の御子に捧げたまイて 大室に隠りたまイ
き ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合
五十一代彦の命 産御名ハ 国押別神足彦の
命 先の天津御子の御子 天勝国勝姫の命を
妃となしたまイき また 四十八代の天津御
子の命の御孫 梅賀枝姫の命を向妻に召さし
たまイき 故 御妃の命 御孕みたまイて
大土 小土に取りなし 神冴ゑに 霊熟き
斎熟きますからに 大分の黒の小浜に産室を
御建てて 御輿入りましてほのふりたまウ時
に 数多のいそさす参来て 赤火の吉玉を奉
る こにより 産たまゑる御子の御名ハ 天
津火之得玉彦の命 と申す こハ天津日嗣の
御子なり 故 大御名ハ 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 五十二代彦の命 と申す 次に
向妻 梅賀枝姫の命の御腹に生れませる御子
の御名ハ 科時姫の命 二柱生れましたまイ
き
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33,27
-------------
 ここに 天津御子の命 天の下を知ろしめ
して 高津上 明津神 清津上 並上 厳上
 共に議りたまイて 去にし世の訓り伝てを
学びて 安国の禮事 世に幸わゐたまイき
また女の御座置も前津世に学びましき

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33,28
-------------
 ここに国の国々 島の島々に言ふらしたま
イき 現しき青人草に悪じなす 毛の荒物
毛の柔物 這ウ虫 蛟 けび物ハ それの群
人寄りて 弓矢 石礫 また己が得物以て
尽々に殺し尽くせよ また 現人の禍なす人
ハ こも建に申して殺し尽くせよ そが蠱訓
りの秘め訓りハ
 かエみわし すイみわし
 かヤぬみなさ なせまヤ
 つたほ こほさい
 また
 なせまヤ つたほ こほさい
 斯く物言て蠱訓りて 千早ぶる禍津者 お
のづからに平らぎなむ と 言ふれたまイき
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33,29
-------------
 ここに狭依科の国の本巣の国の翁 穂積四
郎 齢九十余り 穂積九郎 齢八十余り 三
野之麿 齢百余り 三野之五郎 齢百十余り
 中戸辺男 齢百余り これの五人の現人の
翁 日に異に 所の小川に出て勤しみて 岩
切り人を集イて 樋の井を作り 高水を移し
流して その後辺に木以て蜘蛛手を成し 樫
木以て 其の懐木となし 蜘蛛手を打ち立て
 回りに輪なして 水受けとなし 其に溜も
水を上樋に移し また斯くなす それの回り
輪に水撥ねて くるりくるりと廻りき 故
こを車と云 其の車に一つ移せる水ハ 水面
ゆ一丈を上る 故 五つ懸れば五丈ます 此
にまた桐木板を角指しに長箱を作り その箱
中底にいき蓋を仕掛け その箱のたつに水噴
きを切り嵌め また これの箱の中に合床箱
を切り嵌めて その箱に中ころ棒を貫き立て
水噴きとなす 此を水干しと云 故 これの
貫き棒を梁を付けて 下樋の車ゆ撥ね廻して
片方に打たせば 其の水干しの口ゆ水噴きあ
けで 上津車木合ウ 故 また然々になす
こを以ておして賄わば 五車 三か日に太山
を水越す これの水を畑津に潅ぎてハ水田津
となる またこれの車に縦臼 横臼を打たし
てハ 搗き磨りをなす と申す 故 天津御
子の命 聞こし召さして告りたまわく 此ハ
いと珍らかなる水巻きなり 此所にそをなし
てよ と 告りたまイき 故 五人の翁 み
ヤきの川ゆ水巻きて 八山を越さし 此水流
しなに その大野に水嵩たゆたゐき 故 其
所を湯田と云 ここに天津御子の命 これの
五人を褒めたまイて 穂積四郎に水巻き主の
命 穂積九郎を水之祖の命 三野之麿を車作
の命 三野之五郎を繰樋之道の命 中戸辺男
を樋掛玉の命と云名を下したまイき
 上津文 三十三の綴り 完エ

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34,1
-------------
 上津文 三十四の綴り
 ここに五十一代の天津御子の命 現しき青
人草の便め良さになさしめむと更に定めたま
イき 豊日 白日 速日 建日 奇日 外の
国々の天津使主人に並上 広鉾楠木大垣の命
 穴門 出雲の国の天津使主人の上 枳値訶
美後負の命 丹波 吉備津の国の天津使主人
の上 天之羽槌活楫の命 越根 陸奥の国の
天津使主人の上 甕土鬼苫主の命 常陸 野
陸 无邪津海の国の天津使主人の上 岩柝阿
背之明の命 遠津海 狭依科の国の天津使主
人の上 大雷花屋の命 伊勢津 淡海の国の
天津使主人の上 雷八重柴の命 秋津根 日
下根の国の天津使主人の上 雷御津薦の命
愛媛 建依 飯依 大宜津の国々の使主人の
上 山背攘主の命 狭手依 双児の国の使主
人の上 御名方熊建の命 故 所々の島国ハ
それの国廻の使主人 知らし治せ と 告り
たまイき 故 国の極み 島の極みぬ 天津
使主人の上たち 国廻ますから 便め道具エ
ましき ここに現人豊けく弛ますの楽し御世
の栄御世にありき
-------------
34,2
-------------
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 五十
一代彦の命 産御名ハ国押別足彦の命 天の
下を御年永に知ろしめしたまイて 天津神宝
を天津高御座に捧げまして 御身隠りまして
 天の若宮に神還りたまイき 御骸ハ然々に
葬り 道分きハ然々に 直入の吾平山に然々
に葬りまつる
-------------
34,3
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 五
十二代彦の命 産御名ハ 天津火之得玉彦の
命 はやれ月の月籠りの五か日に 天津神宝
を戴きたまイて 天の下を知ろしめしたまイ
き これの御璽の幸事然々に 御輿 本津宮
に入りたまイて後に 天の祭りに国の祓エ祭
り斎きまつる
-------------
34,4
-------------
 神の禮事 現人の禮事の新祭りの寿詞告り
ハ 天津大神それそれに 神伊邪那岐の命
神伊邪那美の命 天照大御神 夜見照大御神
 国照大御神 また 大星の神 星の神たち
 皇御祖それそれの大神 臣ら御祖それそれ
の大神 覇精高ら御祖の神たち 八百萬の大
神たちを 天津高御座に据えて招ぎまつりて
 大前に供ウる物ハ 天の八幡 国の八幡
神の八幡なり 天の栄鉾 国の栄鉾 神の栄
鉾なり 八鞣しの天の十握太刀 八鞣しの国
の十握太刀 八鞣しの神の十握太刀なり 三
ま立ての天の弓 三十滑め矢 五ま立ての天
の弓 五十滑め矢 七ま立ての天の弓 七十
滑め矢 三並置きの天津八方津稜の鉛鏡 三
並置きの国津四方津稜の稜立ての鉛鏡 三並
置きの神津雲形の鉛鏡なり 大瓊結イ 榊置
きの天津太の勾玉 中ら瓊結イ 於賀玉置き
の国津中なりの勾玉 小瓊結イ 桂置きの神
津五百の勾玉なり かむま置きの太瓊燿玉の
傍エに 栄りこゐ草花の品たちハ 天の御宝
剣に祀るなり また かむま置きの太瓊燿玉
の傍エに けつりめど草花の品たちハ 天の
御宝の御鏡に祀るなり また かむま置きの
太の燿玉の傍エに かわなよ草花の品たちハ
 天の御宝の身二つ玉に祀るなり 国の本津
大御宝と供ウる物ハ 水田津米 餅米 赤米
 あかち米 畑津米 餅米 畑津麦 か麦
畑麦 畑餅麦 畑ぶし麦 畑ぶし餅麦 畑津
沙玉麦 餅沙玉麦 畑津玉粟 餅玉粟 柝玉
粟 粟玉粟 糊玉粟 畑津黍 眞黍 瑞黍
太黍 なり黍 餅黍 水田津稗 餅稗 もろ
稗 手長稗 長稗 水田津勝見 餅勝見 丸
勝見 しみ勝見 いす勝見 畑津豆 青豆
核豆 畑津小豆 赤豆 細豆 まめ豆 黒豆
 畑津もろて蕎麦 春蕎麦 狭蕎麦 餅蕎麦
 畑津笹実 米笹実 斎笹実 敷笹実 畑津
や豆 蔓や豆 こハ作り供ウる十四種津物な
り 稲 大飯取りなすハ 白飯 赤飯 青飯
 黒飯 黄飯 瑞飯 空飯なり 百幸取りな
すハ 大海魚 小海魚 山玉菜 山葉菜 野
玉菜 野葉菜 海玉菜 海葉菜 よぶこ取り
なすハ 未醤の白料 未醤の赤料 未醤の黒
料 未醤の甘料 未醤口刺料 味塩料 味塩
の甘料 味塩の口刺料 味塩の白萌エ料 醤
油の白料 醤油の甘料 醤油の酒料 醤油の
辛料なり 山野玉菜葉菜 海川玉菜葉菜
沖津海魚 辺々津海魚 眞金 錫金 枯味金
 黒金なり これの金を息吹き垂れ別きに別
ける物 上津ほに 銅 下津ほに銅 常銅
 上津ほに白金 下津ほに白金 常白金 焼
金 銅 さく金なり 貴玉 円貴玉 透し貴
玉 並貴玉 檜の扇 楮布扇 狭開き扇 畳
み扇 檜の楮布扇 檜の楮布の持ち柄傘 楮
布の雨差しの持ち柄傘 檜の楮布の日差しの
持ち柄傘 楮布の日差しの持ち柄傘 形真似
の猿 寛往きの雄雌鹿 巻毛の狛犬 八足り
駒 八足り雌馬 ゆとり特牛 ゆとり牝牛
雄鶏の太鳥 雌鶏の太鳥 雄鶏の細鳥 雌鶏
の細鳥 さゆらの雄鹿 さゆらの雌鹿 瑞垣
吠エ雄犬 瑞垣の吠エ雌犬 蚕布美し物 綾
栲 光栲 縮栲 色栲 葛栲 斎木栲 科
栲 のりこ栲 厚栲 薄栲 粗目栲 目無し
栲 麻布 綿布 栲布 はせ布 楮布 また
外の所に立てなすものハ 大木の千々葉なり
 小木の千々葉なり 大竹の千々葉なり 小
竹の千々葉なり 鋒々の尻組縄ハ八重引き渡
し 神座所辺に十四種津実以て醸せる米濁酒
 米清酒 麦濁酒 麦清酒 稗濁酒 稗清酒
 勝見濁酒 勝見清酒 大豆濁酒 大豆清酒
 小豆濁酒 小豆清酒 や豆濁酒 や豆清酒
 蕎麦濁酒 蕎麦清酒 もろて濁酒 もろて
清酒 笹実濁酒 笹実清酒 玉粟濁酒 玉粟
清酒 沙玉濁酒 沙玉清酒 黍濁酒 黍清酒
 まつま濁酒 まつま清酒 並める甕奉る毎
に神楽なす また 土に生エる熟き物 現人
の作る実り物 種々に捧げて 斎き祝ゐまつ
る また 十四種津物以て作れる三升の餅を
鏡形に取りなして供ウる毎に神楽なす 大伴
の長たち笹振り荒子なす また笛吹き 鼓打
ち 小鈴を鳴らし 柝く鈴を打ち 琴弾き
膝琴を弾き 竹琴を奏で 歌を歌イ 貴玉を
和せ 調子に散らぐ これの時に 大伴の女
男の長たち 各もの思イ任かに 木以て彫れ
る顰ち面を顔に面伏せて 歓ぎ騒ぎて俳優な
す時に 現人の老エる人 馬引き 牛引き
鹿引き 猿引き 犬吠やし 小犬吠やしなす
 また 幡揺らし 伊吹き揺らして 神楽な
す ここに 児屋春玉磯辺の命 表春畑鋤の
命 下春悟の命 中臣高藤の命 児屋炊の命
 これの上たちハ 天津祝詞の太祝り言を告
り 太玉戸開の命 斎部葛葉の命 斎部波受
の命 太玉大道の命 楮布に文手なせ 歌イ
寿詞を眞笹の枝に取り付けて 太御幣代なし
 思金妹沢の命 足尼香取の命 思金麿の命
 足尼鳴戸の命 楮布に裂れる青和幣 白和
幣を大神の像代に取りなし 科長平中の命
科長鳥火の命 天懸錣の命 国懸麻断彦の命
 金山工長の命 弥都波下主の命 埴安布堅
の命 燿透の命 燿倉立の命 八百萬の御幣
の司人となし 明津上たち 厳上たち 並上
たちハ 其れ此れのよきとに仕エて大嘗め祝
かい 三十日完エぬ
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34,5
-------------
 日高日子波限建鵜葺草葺不合 五十二代彦
の命ハ 大神甞めの祝かイまつ 完エたまイ
て後に 妃召します 四十九代の天津御子の
命の御子 橋富姫の命と申す 向妻ハ 四十
九代の天津御子の命の御子 稚足姫の命と申
す 御妾ハ表春牧取の命の御子 栄姫の命と
申す 側の御妾ハ 科長平緒彦の命の御子
谷姫の命と申す 側の御妾ハ同じ腹族妹 桜
玉姫の命と申す 側の御妾ハ 同じ腹族妹
布姫の命と申す 時に御妾 栄姫の命の御腹
に生れませる御子の御名ハ 種川彦の命 次
に 御妃の命 御孕みたまイて 大土 小土
に取りなし 神冴エに霊熟き 斎熟きますか
らに 大分の黒の小浜に産室を御立てて 御
輿入りに産ませる御子の御名ハ 天開明磯国
束の命 大御名ハ 日高日子波限建鵜葺草葺
不合 五十三代彦の命と申す 次に 向妻
稚足姫の命の御腹に生れませる御子の御名ハ
 神立之男の命と申す 次に 同じ御腹に生
れませる御子の御名ハ 天照知男の命 次に
 御妾 桜玉姫の命の御腹に生れませる御子
の御名ハ 爪姫の命 次に取間姫の命と申す
 次に 彦御子 姫御子ありき

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34,6
-------------
 先に天津御子の命 八耳櫛耳の命の御娘
籠姫の命ハいと眉目美し と云て 手琴を学
ばしたまウ歌イの声の 優形の雅びなす状を
聞こしめして 深くに忍ばイたまわにの御心
ばせの強くまして 八耳の家の室戸に御立た
したまイて 歌詠みます
 これ籠ハ 幾こら籠
 吾が竹瓮 今夜ハ寝ねしよ
 明けば 還エさね
 とて 侍女に言挙まつれば 姫御子答エけ
らく
 高遙か 今夜ハ天昇して
 明日 安河 御橋渡りに
 寝ね 言問わに
 と云 御子の命ハ また歌詠みい遣る
 安河に 明日 橋を
 渡らば 往かね
 今夜きに 還さにせらヤ
 いと はらまがつ
 と 歌イたまイて 其の夜さに御娶ゐまし
き 後に 籠姫の命 御孕みたまイて 生れ
ませる御子の御名ハ 眞栄姫の命 次に直姫
の命 次に 滝小樫沢彦の命 三柱の上生れ
まして 彼此れの彦御子を小樫の覇精高の上
と申す 三宅の後の宮に在す霜凝日の命の祖
なり また種川姫の命ハ 中臣押国玉手の命
の夫人とならせたまイ また 神立之男の命
ハ 児屋磯部の命の家継ぎの御子とならせた
まイ これの御娘 朱笠姫の命を夫人となし
たまイき また 天照背男の命ハ 大分の御
宝山の許に新宮を建てて 皇ら睦の御陵辺の
斎き上とならせたまイき
-------------
34,7
-------------
 次の御子 松姫の命ハ 広鉾大垣の命に御
娶イまして これの御子産か月にならせたま
イ 其の時に 荒熊 山野道を駆けり 荒ぶ
なす時に 産したまウ御子を名付けて 鬼熊
の命と申す これの御子 御齢三つとまをす
に 荒びたまエる年に 嫗二人 三人 斎き
まつるに 強くて 嗜め得ず 故 翁 一
二人 斎けど こも得ずで持て余るからに
陸船を作りて こに乗らせまつり 日に異
御遊びます時に 何どかかなしけに 怒り荒
びたまイて 乗らせる御船の舳端を踏み折り
 其の船 ちたちたに蹴え倒して法外なす
人なり 益々に荒せて 山野に往き入るに
毛の荒物走し隠る と云

-------------
34,8
-------------
 ここに天津御子の命ハ 豊日の跡部島に御
立たしまして 見そなわしたまウに 島人の
海漁 拙し と云て 高津上たちに告りたま
イつらく 吾 跡部島の海漁 勤労ぐを見れ
ば いと拙し 故 島の島々も斯くこそあら
め 故 そに磊嵬しき上たちを島々遣りて
訓り伝てなさせてよ と 告りたまイき 故
 児屋春玉磯辺の命 中臣国魂の命 表春畑
鋤の命 下春悟の命 中臣高藤の命 児屋樫
木の命 太玉戸開の命 斎部葛葉の命 斎部
栄富の命 斎部波受の命 太玉大道の命 思
金妹沢の命 足尼香取の命 思金麿の命 思
金鳴人の命 足尼笹木の命たち 共に議りた
まイて 御年宇賀津目之男の命 国魂海間主
の命 笹津見常主の命 国押敷言知の命 香
山若玉の命 美虹分の命 熊野天之揺人の命
たちに 然々に告りたまイき 故 共に申す
 建依の海漁人 或る日 釣りに出て 揺り
なす時に 忽ちに雲起きりて 山隠ろウ こ
に帰らに其の道を知らで海原に漂ゆてて 八
か日ありて食さず こに神あり 告げて 西
北指して帰れ と云 こゆ帰りき と云 斯
く四方を知らむ時にあり こを為してに と
 申す 諾べ と云 ここに六柱の上 北の
たけよの島に往きて 山々麓の岩鉱を打ち頻
き取り 持ち帰りまして告りたまイけらく
これの岩鉱ハ 水気の凝り成れるなり 故
こを串刺し また 鄙処の山上にある岩鉱を
串刺し また塩と土との合わゐなる岩鉱を採
り そに水気の岩鉱と 火気の岩鉱との 串
刺しの串を中ら岩鉱の左右に刺し嵌めて そ
の中ら岩鉱の下方に 串刺して作き置きに据
エて見なば その水気の岩鉱ハ 北に当たり
 火気の岩鉱ハ 南に当たる 故 東 西ハ
 其を以て修さば 山隠れ 空隠れなすとも
厭わじ また 彼の水気岩鉱ハ 銅をいらイ
 火気の岩鉱ハ 砂鉄を食ウ と云

-------------
34,9
-------------
 ここに 雲根手長男の命 狭霧梅花咲の命
 底津照玉の命 赤土中道の命 磐土児持男
の命 積羽狭織の命 積羽玉盛の命 積羽桝
形之男の命 言代火々串の命 言代十津彦の
命 言代天降の命 言代道別の命 大船に召
さしたまイて 島廻なしたまイき ここに雲
根長男の命 積羽狭織の命ハ 奇日 豊日
白日 速日 建日 天一箇柱 狭手依 これ
の国の島浦の海漁人の魚取りたちに 大網
小網 括網 裂網 俣網の道具の尽々に賜イ
て 其の道を訓り伝てたまイて 山立て 島
立て 海原立て また 月立て 星立て 潮
立て 風立て 瀬立て ゆせ立て 海見 筋
見 澪先見 ふり見 海魚越し捲くり 海潜
り はやさき 赤水 青水 柁振らし 合言
 尽々に 其の道を定めて言伝てたまイき
また 狭霧梅花咲の命 積羽玉盛の命 大宜
津 建依 愛媛 飯依 これの国の島浦に下
りたまイて 然々 また 底土照玉の命 積
羽桝形之男の命 穴門 出雲 丹波 天之忍
許呂 越根 双児 これの国の島浦に下りた
まイて 然々 また 赤土中道の命 言代火
々串の命 秋津根 日下根 淡海根 伊勢津
根 これの国の島浦に下りたまイて 然々
岩土児持男の命 言代遠津彦の命 遠津海
无邪津海 野陸 常陸 これの国の島浦に下
りたまイて 然々 言代天降の命 言代道別
の命 越根 これの国の島浦に下りたまイて
 然々に訓り伝てたまイき
-------------
34,10
-------------
 ここに 久久智幸訓の命の御子 久々智五
月稚武の命ハ 徒歩路ゆ歩きたまイて 親族
一人を伴となして 速日の益城に遊ばしける
時に 川橋を渡りまさにと 川辺を見たまエ
ば 面美き少女の衣を濯ぎ少女居りき 其に
戯れ言問ウ 汝ハ何処家の少女 と云 其の
女 仰ぎ見て 思イて いと雅びませる逸り
男にますゆ 見愛で 恋イ染めど答エず 故
 久々智五月稚武の命 歌詠みなして 歌イ
たまイき
 衣振らす 御衣濯ぎヤに
 吾が処欲る 今宵ハ宿貸せ
 言なウ吾に
 少女 返して歌イけらく
 畏くぞ 田鶴の落ち来る
 踝贏野に 生る千々草
 刈り欲し問わに
 と歌イて 父母に此れ状を語るに 喜びて
 家内を清めて 招きまつりて 御饗まつり
 父母 申しけらく こハ如何なる上にしま
すぞ 御名を知らまほし と云 故 吾ハ
久々智道之男の命の御子 久々智五月稚武の
命 と云上なり 汝ハ如何なる人の子にある
かも と云 答エけらく 奴ハ 国の覇精高
の上 稚益城之男の命 稚益城之女の命の御
子なり 奴が名ハ益城稚子の命 益城稚女の
命 と申す ここに 稚武の命 告りたまわ
く 然あらば 吾に 汝の娘 吾に与エよ
と云 諾べなす 故 稚武の命 宮還りたま
イて 御父の命に然々に論らイたまウ ここ
に 御父 久々智幸訓の命 告りたまイき
これの益城の命ハ 御祖ハ手力の命の裔なり
 故 其の少女を迎エね と云て 召し容れ
たまイて 御子の命の夫人となしたまイき
-------------
34,11
-------------
 ここに御父の命 その嫁に告りたまイき
汝ハ戸開けの神の裔にしあれば 物術 また
 力術ありなに と云 少女 御答エけらく
 然非じ 常つ父言なウ 必ずしも 人に勝
たにと 勿思イそ 負けじ と思ゑ と云
故 吾ハ非じ と云
-------------
34,12
-------------
 ここに御父の命 若き臣の御甥の上 長道
葛木の命 御齢 二十にならせまつれと 手
力 人に勝れて強くて 物術 甚 強し 米
七斗を 片掌に眞差す 物術も其に並めす
故 これの上を召さして 米を持たしめて
如何に 汝も此に負けじヤ と云 少女笑み
 奴負けじと思ほゆ と云て その作れる米
七斗俵なしを片掌に眞差す また 小太刀を
出して打ち合わすに 一つ太刀も身に受けず
 向人に当てず 故 これの臣ゆ十延エ健き
 木之俣敷墨の命 米十斗を以て 片掌に眞
差すに 少女 また 斯くなす また 小太
刀合ゐなすに然なす ここに 其の物術 手
力の底所を知らて 皆 畏れき 故 天津御
子の命 聞こしめしたまイ 呼びて そを見
そなわすに 人の言る如にありき 故 思金
妹沢の命 申しけらく 天津宇受売の命ハ
向かエ人幾らに強く畏きにも負けずで 八百
萬の神たち皆畏みて 天津珍之於須女の命
と云 これの少女ぞ その神に如なす と云
 故 天津御子の命 その少女に国津珍女の
命 と云御名を下したまイき

-------------
34,13
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 五
十二代彦の命 天の神宝を天津御座に捧げま
つりて 日嗣の御子に 天の下を知ろしめさ
したまイて 御親らに大分の御宝山に新宮に
宮隠りましたまイき 故 御子の上 天照知
男の命 隠りの宮主に斎きまつる 故 その
隠り宮を建てし所を 御宝の有蔵の山と云
また 其の御子の宮造りましし所を 岡倉と
云 これの新宮に三年の春と云に いやよの
月立ての暁時の東雲時方に 先御子の命 御
椅辺に御立たしたまイて 御子の天照知男の
命を召さしたまウに あウ と答ゑて 頓
至ります 隠りの御子 見ゑさせたまわずて
 宮所の姫松に御冠の掛かりてありき
-------------
34,14
-------------
 故 こを以て御妃の命 御嘆かせたまイて
 また 神嶽に入りて 祷き言申したまウ時
に 【白髪を掛けし髻に結イ垂らし 御角髪
に鹿歯櫛を刺し 白の衽を鈍曲の袴に太刀を
佩き足板ハ素藁結ゐの太緒を着らし 弥々に
手組まゑて 畏みて申す】御妃の命 斯く嘆
かせたまウは 如何にぞヤ 斯く哀れまさし
ハ 眞心在さば た謀りまをさに と云 汝
 翁ヤ 吾を何どか為してよ と云 故 天
照知男の命 また その翁に問わしたまわく
 これの翁の上ハ 如何なる上ぞ と云 答
ゑけらく 吾ハ国津上 狭霧大掃の命なり
吾ハ隠ら場にあり 言なウ と云 故 妃の
命 告りたまイつらく 汝 翁の上 吾を天
昇しになしてよ と 告りたまイき 故 然
れば 吾に肩ぶりませ と云 諾べ と告り
たまイて肩ぶりますに 高天之原に天昇した
まイき ここに臣の上たち 共に議りたまイ
て 天津御子の命 御妃の命 二柱の御像代
を埴以て作らしし所を土師と云 これの御像
代を 大宮を太敷きまつる所を 御宝の本津
山と云 その御食を作りし所を にイた と
云 八百萬の神たちの 綿田に参越したまイ
て 集ゐたまエる所を 荻 と云 御像代を
賞めたまウ所を 判太 と云

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34,15
-------------
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 五十
三代彦の命 産御名ハ 天開明志国柄の命
天の下を知ろしめしたまイて 御妃の御名ハ
 若高姫の命 こハ 四十九代の天津御子の
命の御子なり 向妻の御名ハ 白日姫の命
こハ 同じ天津御子の命の御子 梅賀枝姫の
命の御子なり 御妾の御名ハ 言樫姫の命
こハ 岩土船作持の命の御子なり 側禰女八
人 故 御妾 言樫姫の命の御腹に生れませ
る御子の御名ハ 天押開別の命 次に 向妻
 白日姫の命の御腹に生れませる御子の御名
ハ 久米姫の命 次に田村主戸開の命

-------------
34,16
-------------
 次に御妃の命 御孕みたまイて 大土 小
土に取りなし 神冴エに霊熟き 斎熟きます
からに 臼杵の大之浜に産室を御建てて 御
輿入ります時ハ 黄昏時に 東 明り輝きて
 高天之原ゆ 天照日之大御神の像代 これ
の産宮に入らせたまイて 憑りまします時に
 御妃の命 頻波を打たしたまイて産まつる
ハ 玉の如なす彦御子現れたまイき 故 稜
威御子の御名ハ 高天之原輝透国知の命 と
申す 大御名ハ 日高日子波限建鵜葺草葺不
合 五十四代彦の命 次に 久米姫の命 こ
れの久米姫の命ハ 火守之男玉柏の命を召さ
したまイて 産ませる御子の御名ハ 久米依
姫の命 次に 鳴瀬之男の命を産たまイき
故 これの久米依姫の命ハ 五十五代の命の
妃に立たしたまイき また 鳴瀬之男の命ハ
 明玉弓手の命の御娘 鳥姫の命と御娶ゐま
して 明玉の家継の君とならせたまイき 天
津御子の命の御子 田村主戸開の命ハ 内の
宮の所の司に立たせたまゐ また 白日姫の
命ハ 思金座掛之男の命の夫人にならせたま
イき また 側禰女の御子 彦御子二十二人
ハ 大御田族とならせたまイて 国々の覇精
高上とならせたまイき また 姫御子二人ハ
長道春日の命の夫人にならせたまイ 大土磯
貝の命の夫人にならせたまイき

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34,17
-------------
 ここに天津御子の命 高津上たちに告りた
まイつらく 国々 島々の百千萬の現しき青
人草の眞栄しを祷きて 国の幸わゐまさに
と云 故 臣の上たち諾べなめき 故 国の
毎 島の毎に 天津神たち 国津神たちを招
きまつらにの為に 宮代を建てて幸栄を祈り
まさめ と云て 更に上たちに告りたまイて
 言挙げたまイき 故 建日の国の宮代造り
の 国の幸栄を祈りの上たちハ 思金座掛之
緒の命を司人となし 御桙速蘇我の命を取り
物首となし 広桙国間の命を建人となし 久
那斗深海の命を且守の首となして 霧島の山
に然々に祈りまつりて 月の毎の神楽なし祷
みまつる 奇日の国 然すかに 科長戸別之
祖の命を司人となし 御年香久岳の命を取り
物首となし 活玉御照葉山の命 国建となし
 枳値可美盛彦の命 且守の首となし 児湯
山に然々 豊日の国 然すかに 天懸豊持の
命 司人 明玉弓手之眞見の命 取り物首
手置栲之木立の命 建人 明玉弓人の命 且
守首 彦山に然々 白日の国 然すかに 国
懸原薙の命 司人 厳山風の命 取り物首
積羽門代の命 建人 白羽避窓の命 且守首
 原山に然々 愛媛の国に然すか 金山久味
の命 司人 羽山八俣の命 取り物首 香山
弓削の命 建人 白羽幸窓男の命 且守首
久万山に然々 飯依の国に然すかに 金山千
秋百秋の命 司人 大屋内禰狭身の命 取り
物首 山咋種殻の命 建人 白羽幸窓の命
且守首 香山に然々 大宜津の国に然すかに
弥都波日根深美の命 司人 沖疎夕去の命
取り物首 足羽雪毛の命 建人 羽槌綱繰の
命 且守首 徳山に然々 建依の国に然すか
に 埴安瓜子の命 司人 宍土長腰の命 取
り物首 笹津常主の命 建人 大雷御管の命
 且守首 畑根山に然々 穴門の国に然すか
に 埴安五十時男の命 司人 国押敷言知の
命 取り物首 秋津於賀玉の命 建人
雷幸草の命 且守り首 鴨山に然々 出雲の
国に然すかに 燿天津明の命 司人 底土降
彦の命 取り物首 沖津八雲路の命 建人
甕土鬼取の命 且守首 仁多山に然々 吉備
津の国に然すかに 大屋時墨の命 司人 佐
須良白安の命 取り物首 速間逆波の命 建
人 武市岩上の命 且守首 稲葉山に然々
丹波の国に然すかに 秋津竃守の命 司人
八俣季人薬の命 取り物首 御年高松の命
建人 甕玉連木名の命 且守首 海部山に然
々 日下根の国に然すかに 直日数田櫛の命
 司人 山津見国木別の命 取り物首 磐境
長科の命 建人 岩柝連矢持の命 且守首
久我山に然々 秋津根の国に然すかに 言代
葛楮の命 司人 目一箇薦恵比須の命 取り
物首 闇戸珍苫の命 建人 山背幸取の命
且守首 宇陀山に然々 淡海の国に然すかに
 積羽事笠の命 司人 須勢理名瀬垣の命
取り物首 香山若屋玉の命 建人 甕槌熊男
の命 且守首 こわき山に然々 伊勢津の国
に然すかに 積羽萬踏別の命 司人 大土道
足彦の命 取り物首 味丹生自の命 建人
木之俣海上の命 鋤守首 たなきし山に然々
 狭依科の国に然すかに 日別楯別祖の命
司人 底土之上の命 取り物首 眞見事足足
尼の命 建人 剣立髪の命 鋤守首 伊奈富
山に然々 遠津海の国に然すかに 鳴海荒駒
主の命 司人 楫立活日の命 取り物首 熊
野天之斎里の命 建人 木之俣口臣の命 鋤
守首 かみのふと山の南に然々 无邪津海の
国に然すかに 蘇我部高須の命 司人 少名
厳耳の命 取り物首 須々美清種の命 建人
 楮梳座置の命 鋤守首 利根岸山に然々
野陸の国に然すかに 御年神楽守の命 司人
 活玉住越の命 取り物首 活津泡芹の命
建人 衝桙柾安の命 鋤守首 佐位山に然々
 常陸の国に然すかに 高桙種棚男の命 司
人 物主御船の命 取り物首 苫子鄙風の命
 建人 御名方御靱子の命 且守首 門之信
太山に然々 陸奥の国に然すかに 大屋綿山
の命 司人 三降厳目綾の命 取り物首 水
上御屋部負の命 建人 穂日長時の命 鋤守
首 ならかべ山に然々 越根の国に然すかに
 赤土清滝の命 司人 大土時居の命 取り
物首 狭土壬生宮の命 建人 日鷲気猛牛の
命 鋤守り首 佐柿山に然々 双児島に然す
かに 燿玉代の命 司人 事勝田中彦の命
取り物首 狭霧梅君の命 建人 楫立去円日
の命 鋤守首 きなゑのと山に然々 狭手依
島に然すかに 鳴海殿根の命 司人 久米之
出湯の命 取り物首 雲根手長男の命 建人
 村雲萩野の命 鋤守首 かなほみ山に然々
 天一箇柱島に然すかに 言代眞名臣の命
司人 久比奢母智御名迫の命 取物首 煩日
之若の命 建人 天熊是笠の命 鋤守首 黄
金山に然々 天之忍許呂島に然すかに 国懸
敷守の命 司人 山津見金形の命 取り物首
 八耳櫛御影の命 建人 手置粕倉の命 鋤
守首 空虚高円山に然々 斯く【臣の上たち
を国廻なして】天津大神 国津大神を 常世
に斎き祀らしめて 現しき青人草の幸わゐを
祈らしめたまイて 安国の楽し国に幸わゐを
祷みて 奸る鬼 悪じ鬼在らせすて 平らに
 緩ぶる身の上に楽しみ 幼び男愛じ 厳し
男まそなし 逸男業学し 益良男業成 受家
男家内選り 眞受家男勝り 千努男戸知れ
眞千努男郷知れ 栄男天知れて 老ゆも若き
も 現座に 朝 夕べに 御食足らわし 衣
足らし 家毎足らしに 月の毎の神火焚ぎ仕
エ足らし 天津火足らし 世の上の千足る高
天之原の御代 並めなさしたまわに
-------------
34,18
-------------
 と云て 御親からに 臣の上を一人 二人
共に 現しき青人草に身成りを絡げたまイて
 豊日ゆ穴門に出立たしたまイ 東の極み
北の極み 南の極みに出往きたまゐて 二年
経にきましき 故 それの時に 野陸の御多
気野を踏み迷わせたまイて それのふそとな
る一つ家に立ち寄らせて 宿を請わしたまウ
に 翁窺間見て驚き 媼に言けらく 此ハ弥
ごとなき上ぞ 彼処の御子こそ 天津日高の
御子ならめ と云て やがて家内を清まりて
 八節の菅薦を八重敷きて 戴き入れまつり
て斎きまつる
 上津文 三十四の綴り 完エ

-------------
35,1
-------------
 上津文 三十五の綴り
 ここに 翁と媼と申しけらく 御宿奉りつ
れど 御饗エ奉るべら覚エず これに稗の飯
炊きの侍らウ 故 奉らにヤ と云 太玉夕
波戸の命 告りたまわく 道往き疲れて饑き
なり 故 いちかウ ここに翁と媼とハ 山
成しの膳に眞柏葉を交イ敷きて くるさめの
秀瓦に飯を盛り 左の前津物となし 川魚を
煎りて くるさめの平瓦に高盛り 右の前津
物とに供ゑて 御饗エまつる時に 天津御子
の命 太玉夕波戸の命 目見したまイて こ
れの膳の据ゑ物のうらぶれを 訝しみたまイ
て 御箸も上げさせたまわずで 置き添イた
まウ時に 今宵ハはやれの月円日なる御空晴
れ渡りて 月も隈無に冴ゑ冴ゑし 折から俄
かに疾風起きり吹きて 大空掻き暗れて 荒
雨頻りて 大地動き地震なす
-------------
35,2
-------------
 ここに栄男と覚しき翁 二本の杖に縋り
頭の白毛を掛けし髻に輪なし 左右の御角髪
 毛末を垂らして 隠り衣を着さし 腰太の
袴を帯ばしてみひり受けの衣肩帯の締め結イ
て 八もこもに立たしたまイて 御声高に告
りたまわく 天津御子の命の御身 太玉の裔
よ これの饗エ 勿 食イそ こハ禍鬼なり
 年久に現人を害なイ悪ず 今 天津御子の
命を害なイて 己が食しなさにとて奸ぶる
故 暫し御心弛たに見そなわしたまゑ 吾
これの禍物を立ち処に逐わに と云時に 荒
雨荒降り 稲光頻く々々に眼を衝き 雷 山
川に降り応ウ時に 禍雷落ちて これの翁
媼が頭に落ちかかれると 二人の老イ人 か
がらみ声に唸り鳴きて死にき 故 天津御子
の命 告りたまイつらく 汝神ハいづれの神
にし在さば 吾を助けたまエる と云 ここ
に 彼の翁 平手を拍ちて 吾ハ磐柝根柝の
命なり これの二人の禍らを見たまエ と云
て やれこしの逆手を短く打たしたまエるに
 御空晴れ渡り彩とる 故 その奴の罷れる
状を見れば 八十尋なす山蛟になもありき
故 奴が腹臓括れ出て 大蛟かながりに成る
ハ黒蛟 ふかどに成るハ黒蛟 其が尻に成る
ハ尾切れ蛟 これの蛟 尽々に荒波を打ちて
ほだく 故 天津御子の命 太玉夕波戸の命
 御佩かせるかづま剣を抜きて 大蛟を斬り
さみたまエば 外の蛟 雨の如に降りたたり
来て 尻巻きなす 故 二柱の上 持たせる
貴玉に 千萬の蛟を打ち殺しましたまイて
木立 草立を斬りて 火を鑚り 蛟が死去に
失せ骸を焼き棄てたまイき

-------------
35,3
-------------
 また 飯依 讃山を歩きたまウ時に 時じ
くに日の傾きて 夕べとなりき これの辺に
人邑も無く 唯に葎なす野原にあり こハ
何どか為に 躊らウ時に いししりなしつる
に 其の山峡ゆ童二人 特牛に秣を負ウせて
 竹合イを打ちて 歌イつつ越し来
 栄き御子 臣の上かき
 道舁き迷イ 野原舁き
 日陰ハ暮れぬ 宿垣無しに
 かきまゐど 宿垣得に
 と歌ウ聞きて 其の童に告りたまイき 今
歌の如に 宿を教エてよ と云に 童頷かし
 指差して 先立ち往くに 後辺ゆ 跡追イ
及く
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35,4
-------------
 麗しく立てる於賀玉の木あり 其の木の許
に 受家男 受家女出迎斎きて 室戸に招き
入れまつりて 御饗エまつり いと足しなす
 故 天津御子の命 臣の上 共に訝し思ほ
して 告りたまわく 斯く 慥に吾等を愛で
賞めまますは 如何なる神にそも と云 吾
ハ眞栄小戸座敷羽原人の御祖 天之座戸 国
之座戸 高天之原の高知り星の神なり と云
 故 二柱の上ハ 暫し日を憩イたまハば
天地萬に御光を漏らして 現人に幸わイたま
エる三柱の大御神の 大詔りの御賢しを言伝
てまさに と 申す
-------------
35,5
-------------
 故 天照大御神の大詔りに 吾が石屋に籠
もれるゆ 常しえに 黄泉津の荒ぶる悪じ鬼
 多に追イ出て五月蝿なし 千早振り猛び【
みなに沸き ほもこに沸き】種津実奪り 物
掠め 女掠めなす 故 現人賢し心無く 夢
心なす 汝兄の命 天降りて 荒ぶる鬼共を
逐イ 安国の楽し国に仕エてよ と 告りた
まイき
-------------
35,6
-------------
 夜見照大神の大詔りに 天津秋玉の命 天
津身位彦の命に告りたまわく 現しき青人草
ハ吾が慈しみ護る玉なり 禍事を有らせず
豊く幸くなして 顕わ事を成さしめて 現つ
得隠りなば 星の神と称ゑて 吾が高天之原
に天昇して斎かせてよ と 告りたまイき

-------------
35,7
-------------
 国照大神の大詔りに 国内の禍なす頑狂れ
 前祷言 後祷言 八族犯しの悪じ人 毛物
 這ウ虫ぬびも珍の現し人に憂れなす 直ち
に殺し尽して 豊道之原の禍心なす鬼も逐ゐ
て 穏び御世に幸わゐを守りてに と 告り
たまイき
-------------
35,8
-------------
 また 副ゑて 大穴牟遅の命 少名牟遅の
命 猿田牟遅の命の 常世の祝言の言伝てに
 現しき青人草ハ 躰身清く 魂あらるく
誠心足し 此に禮業仕エまつらば 吾ハ天翔
り 国翔りて 家内親族 家族 病イあらせ
ず 幸栄に守りえなりハ厳の眞吉風を下し
昼守り 夜守り 生命長く守り 隠らわ神業
を守り 禍津魂を逐わに と 告りたまイき
 ここに天津御子の命 太玉夕波戸の命 宮
還りたまイて 更に 臣の上たちを集ゑたま
イて 其の大神の言伝てたまエる 天地三柱
の大神の御詔りをもじりの再見手を 楮布に
唱わしめて 国蒔きたまイき

-------------
35,9
-------------
 五十四代の天津御子の命 久しく病イに臥
したまイき 故 児屋神立の命 天津御子の
命の御病イを訪らゐたまウに 告りたまわく
 吾が臥しハ病ウならじ 唯に 現人の 吾
に荷前奉る 年の毎に殖えて 国の穂倉多な
す 故 大御田族の 吾に事ぶり 臣の上た
ちを賄ウ いと忠誠たちなり されど 吾ハ
進田多なし 臣の上たちも進田多なす 大御
田族 各も各もに 家内食しの種津田にこそ
あれ 其の荷前 吾に奉りてハ 現人 皆
貧しくならに 斯くなしてハ 吾が天津罪を
祓ハに所無し と 思ゆ 故 汝 吾が罪を
助けね と云
-------------
35,10
-------------
 ここに 児屋神立の命 吾も斯くぞ思イき
 こハ国内の弁別なり 直ちに役絶りてに
と云て 中臣押国五百手の命 表春樫山の命
 下春祝詞大人の命 斎部楮眞座の命 太玉
波戸の命 思金鶏之男の命 足尼鎌立彦の命
 思金清男足の命 科長戸別御祖の命 燿手
長の命 弥都波栄瀬待の命 埴安笠掛の命
懸豊手の命 懸原凪の命 金山山窪の命 積
羽菱根の命 大土狭丹売の命 甕明代の命
大屋田高の命 積羽斎言之男の命 直毘新玉
の命 事代眞中臣の命 雲根狭田主の命 日
別山戸の命 鳴海荒彦の命たちを 神集イに
集ゐまして 天津御子の命に奉る荷前の い
と多なるに 大御田族のたしれども いと心
憂きますゆ 悩み臥さして 論イますことの
 天津罪の祓エ事に仕エてに 如何にヤも
と云 ここに臣の上たち 皆 心染みて憂き
事をます 此を以て また 八百萬の神たち
に言依せたまウに 皆 良わずて 天津罪を
問わせたまイき ここに佐勢理矢之音の命
佐勢理種余の命 佐勢理若峰の命 諸臣たち
の言依せ良わず 荷前多なさば 天津御子の
命の宮内にありて 臣の上たちのえ足らしな
す 故 必ずしも 荷前太からしめて 各も
各もにはなばしに世過ぎせね と云 ここに
高津上 明津上 清津上 厳上 並上 諸々
 眞細けく聞こし召したまイて告りたまわく
 汝 三人の上たち 斯く禮無く論らウハ
奸る上なり などて 吾が諸々の禍人に類べ
て物言と 皆 怒り面火照りて荒ぶ ここに
三柱の上けほらして 吾ハ人皆の臣たちの縁
以て言挙げなす と云 諸上たち 汝ハ大御
田族を害ウの上なり と云 故 中臣神立の
命 太玉楮眞座の命 直ちに怒りて 汝ハ憎
かりつる上なり 心の汚き奴にしあれば と
云て すなはち これの三人の上の片眼を抜
がしめて 奇日の島に 神逐イに逐イたまイ
き 故 これの島を籠島と云

-------------
35,11
-------------
 ここに天津御子の命 臣の諸上たち 現人
を愛しみたまイて 荷前受けじ と 言ふり
たまウに 国の国々 島の島々の青人草 皆
 国内の攘ら屋に参出て申す 如何なれば
奴々が荷前奉るに 取り上げまつらぬハ 現
人を石木に類ウよ と云て 皆 泣きて止ま
す ここに天津御子の命 八百萬の臣の上た
ち 皆 嘆かしたまイて 荷前多得ば 天津
罪称ウ 得ならでハ現人の嘆きなりて 良わ
ず 故 今ゆ後 荷前を許して事なウ 然れ
ど 多なさば得許さじ 僅寄さを許せ と
告りたまゐき
-------------
35,12
-------------
 故 現人に告り伝てたまイき 国の国々
島の島々の青人草ハ 皆に皆に 男も女も厳
し人にならば 常世に天津大神たちの訓り伝
ての隨に 兵術を学びて 外津世人の襲ゑを
よりて攘エ また 薬掘り人ハ 臣の上たち
術為せ また 牛と馬とハ牧山に広めて多子
を育め 此ぞ現人の常並べなり また 大御
田族ハ種津術を訓りて 御田族を豊道之原に
蒔き賄エ 工人ハ其の訓り術を守りて 大御
田族に賄エ 八百人ハ其の訓り術を守りて
大御田族に賄エ 商人ハ其の訓り術を守りて
 大御田族に賄エ 海漁人ハ其の訓り術を守
りて 大御田族に賄エ 山狩人ハ其の訓り術
を守りて 大御田族に賄エ 物人ハ其の牧山
の訓り術を守りて 大御田族に賄エ と 此
 告りたまイき

-------------
35,13
-------------
 ここに 国押訓知の命ハ 御祖 太敷之男
の命の御力を受けて 其の身の力強くありて
 一か米の俵成しを右手に載せて 眼の上差
しに五十度余り擡げなす 故 国に並める者
無くでありき これ上 山狩りなすに 弓矢
も持たで 捕エて拳殺す また 石礫を撃た
すに 二町を通す
-------------
35,14
-------------
 故 なよなの月籠もる日の夜に 那須山に
狩りするに 獲物無くて その道を踏み迷イ
て みやまこぼろに往き出て憩エる時に い
と麗しき少女の統べし元取りて 袖長の衣に
火色の袴を着て 桧の扇を持たして告りけら
く 如何なれば 国押の上 吾が隠らわに参
来て怪しふる と云 毛物狩りに迷イぬ と
云て 思ゑらく 此ハ山醜女ならにと 一丈
余りなす転石を眼嵩に差して 投げ放ちます
に 彼の少女 そを事無しに受け抱かゑて
美し益良男 と云て 其の石を手振らしなす
に 逆さまに昇りて 跳りなし 飛び去りき
 そを目見て訓知の命 いと畏みておおく
故 少女告りたまわく 汝ハこれ 国照大神
の御子 天之国押の命の裔上なり 吾ハこれ
 干速日の命の御子 武甕槌の命の弟 建速
日の命の裔にして建日姫の命とハ吾也 吾ハ
これの那須山の隠らわにある上なり されど
 現つの妹に会イて 豊道之原の諭し事を知
りて 勤しなば 今 南の禍人 五月蝿て
灘に参居る 故 そを逐イね と云からに
吾君夫とならに上ハ汝なり 故 吾に婚イて
にヤ と云 宜べ 婚わなと云

-------------
35,15
-------------
 故 家内に伴イ入れまつる時に 少女が祖
上 干速八巣宅の命告りたまわく 汝 国押
の稚児よ 吾が娘を御妻となさば 今 其の
家に伴イて 現しき幸わゐを守りて 南海に
八十の奸る禍船参居る 故 これの天の遣り
弓 天の遣り矢を 婿適ねの引出と與ゑて
また 娘にハ とりしくの黄金きに摺りの白
金を餞別と與ゑて こを以て 男子ハ其の弓
矢以て呪じ訓りて 南 そのあわ星を目掛け
て 引き狙でよ また 女子ハ これの黄金
 白金を 南の御空に向かして あわ星 ま
と星の合わゐに 息吹き上げて 手逐ゐなし
て 男女上と向きに火吹きて ころうごろな
せば 其の禍船 其の灘に滅び失せにと 言
依さしたまイき また 吾が娘ハ これの隠
らわを離ちて 現つ場にあうらす 故 今ゆ
相見まく欲りせず 汝 二人共に 神道を
此 滞めなして隠れよ それの時に会わに
と 告りたまイて隠りたまイき 故 国押訓
知の命 建日姫の命を伴に 須木の宮に還り
たまイて 御父の命に 然告りたまイき

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35,16
-------------
 後に奇日のやきしまに 外津世の悪じ船幾
隻 これの島に泊つす夜に 尽々に火熱り燃
えて 船 海底に沈みて 人五人 海辺に打
ち上げたれど 死去にき こハ これの上の
神祈りの御言と皆人言き(注 以後 六十八
代迄 欠本)
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35,17
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 六
十九代彦の命 産御名ハ 神足別豊鋤の命
天津神宝 三具ゑを 大父命ゆ 高御座に戴
きたまイて 天の下を知ろしめさせたまイて
 六十六代の天津御子の命の御子 玉科萬の
命の御子 葦潟姫の命を妃に召したまイ ま
た 六十七代の天津御子の命 御子 禮田乃
成咲姫の命の御子 沖中津姫の命を 向妻と
なしたまイ 六十四代の天津御子の命の御孫
 柏上別の命の御子 大垣彦の命の御母ハ
六十六代の天津御子の命の御娘なり
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35,18
-------------
 これの御中御子 佐保姫の命を御妾となし
たまイ 同じ御腹の御子 青垣姫の命を 側
の御妾となしたまイき 故 これの二柱の御
子 物人の術に心入れますからに 神訓りの
心伝てに当たらせたまイき 先に天津御子の
命 二十にならせたまウ時に 山野に遊ばし
たまウ時 これの姉妹の女二人も 同じ野に
遊びたまイき ここに天津御子の命の 其の
少女二人のなりかたち 弥々に面容なす如に
 いと眉目好し 心染みまして告りたまわく
 汝 姫の命よ 吾 これの野に遠矢を放た
に 故 その矢を取りてにヤ と云 諾べ
と云時に またりやを切り放ちたまウ時に
姉女 走しづりて手握なす また 切り放ち
たまエば 妹女 走しづりて手握なす 故
天津御子の命 これの姫御子に御婚ゐましき
 こに因りて御妾に召さしたまイき ここに
御妾 青垣姫の命 御孕み生れませる御子の
御名ハ若姫の命

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35,19
-------------
 次に御妾 佐保姫の命 御孕みたまイて
大つち 小つちに取りなし 神冴エに 霊熟
き 斎熟きますからに 大分の黒之小浜に産
室を御立てて 御輿入りに生れませる御子の
御名ハ 御母の命の御業を襲わしまつりて
神心伝物部建の命 こハ天津日嗣知らす御子
に在すからに 大御名を 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 七十代彦の命 と申す 次に
科姫の命 次に 御中若彦の命 こハ 側禰
女 幸依姫の命の御腹に生れませる御子にあ
り 次に 御妃の命の産たまエる御子の御名
ハ 鳥姫の命 次に 沖中津姫の命の御子二
柱生れましつれと 産屋に亡りたまエり 側
禰女の命 併せて六柱在しつれども 佐田主
の命 峡山姫の命 これの二柱の御子ぞ生れ
ましき 故 御中若彦の命ハ 阿蘇の新宮の
首とならせたまイ 次の鳥姫の命ハ 宮野足
尼之大瀬の命に御婚イたまイき
-------------
35,20
-------------
 ここに 奇日の建 彦根高別の命ハ 大海
原を経廻りて 島廻なすに 屋久呂島の辺を
漕ぎ廻みませるに これの島に人影の多なす
 故 訝みたまイて 船を泊たして陸に上り
 見そなわすに 荒男数多ゐ居る 故 其の
由を問わせたまウに それの言問イ分かたず
 故 大宮に還りて 然々を申す ここに中
臣道柴の命 祝詞部道谷の命 斎部工長の命
 斎部広桙の命 告りたまわく こハ 日別
立神の命 鳴海瀬越の命ハ 萬国の言問イを
知る上なり これの二柱の上を遣わして そ
の状を問わしめに と云 ここに二柱の上
その屋久呂島に到りたまイて 其の現人に言
問イたまウに申しけらく 奴々ハ 加羅支那
の者 王主 しにウ 甚 不祥くて 現人を
悩ます 因りて 滅びたり 奴 其が禍らイ
業逃れて 船に乗りて翔りて これの辺りに
来て 乗れる船 海瀬に懸りて砕けて 溺る
船人 十を三なし 二は亡る 一つハ生きて
 奴々なり 故 罪手なさまじ 必ずしもに
 勿 殺したまイそ と云 二柱の上 然々
を返り言申す

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35,21
-------------
 ここに 高津上たち共に議りたまイて 愛
媛の国 久万山の柵に張り家を多に建て敷き
 食物の道具エ 山幸の道具エを入れて 異
人を五十人分けて その所に遣りて告りたま
わく 汝 これの道具エ以ちて 毛の荒物
和物を覓き取りて 常食となせ と 告りた
まイき また 狭依科の小諸山奥に 五十人
を分かち然々 また 陸奥の津軽に 五十人
然々 また 丹波の胡麻山に五十人然々

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35,22
-------------
 省略
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35,23
-------------
 ここに 速玉山田の命 妹 八百姫の命
事解桧之隈の命 妹 照手姫の命 渚沢友彦
の命 妹 樟姫の命 常世に手琴を弾かして
 御楽しみたまイき 或る日 此を木以て作
らに と云て 然る樅の木を伐らしめて 其
の竹琴の鳴らし所の如に取り 穴切りて空と
なし 工人に仰せて鳴らし所をかとり 棹木
を角めて 糸巻を空杼作りて (省略)
其の鳴らし所を表裏に貼らしめて 棹差しに
三筋の姫糸を空びに巻き付けて 鳴らし所中
にこで山形に 糸掛けに糸張り渡して なす
木の小板を手柄となし そを以て弾き打たし
たまウに 其の音妙にありき 故 此を以ち
 日の毎の楽しみとなしたまイき

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35,24
-------------
 【ここに 秋津根 日下根の国の香具山の
平ら麓に在す 覇精高の上 田成彦の命 幡
戸姫の命の御子 燿依姫の命 いと眉目美く
在しつるからに 皆人 御愛でて婚わにの心
もりあり ここに畝傍山の山らに在す覇精高
の上の御子 武見雄志の命 これの燿依姫の
命を婚わにと 此をれ幾日の夜毎に 通わし
たまイて 哀れ異しましたまイき また 耳
無山の頂に在す覇精高の上の御子 角見知の
命 この上も然々に こによりて 其の侍女
に賄ウ 武見雄志の命 そを掠み聞かして
また その侍女に賄う ここに 其の燿依姫
の命 相言に悶エて 術無み知らずで 熱か
ゐ悩み臥したまイき 故 その事を御父 御
母 そを知らしたまイて 疎ぶりたまイ 然
ハあれども これの逸り男二柱ハ 面勝ち負
けじ と云て 言違ゐますも 三年余りにな
らせたまイて えだしまつれども 止まずあ
りき 故 燿依姫の命 二男言違ゐを煩イて
 思イ病イに罷る 此にゆ御父御母悲しみ嘆
きて 隠ら家に会わな と云て 大穴牟遅の
命に祷きまつりて 泣きつつも 其の屍の頭
毛を湯津爪櫛に取りなして 御灌ぎなさせて
 眉毛を刷き 口歯を金涅の眞水に堅炭を粉
して かせぎ付けて 眞黒歯に染めなして
面にハ 白粉草の実の眞白粉を塗らし 口唇
にハ 火丹草の花汁を含まし 禮衣六重に着
さし 火丹色の腰太袴を穿かして 御頭に黄
金の鏡 鳥の插頭を被らし 御手に桧の扇を
持たしまつりて 奥津喪屋に舁き入れて 御
輿に乗せまつりて 香具山の頂に葬りまつり
て 隠らわに帰して 大穴牟遅の命 須勢理
姫の命の斎きの神と乞ゐ祈みて 祈りまつり
て称エ言に祝きまつりき 故 武見雄志の命
ハ畝傍の山の頂に洞場を掘り立てて 燿依姫
の命の幸魂を斎イまつり 角見知の命ハ耳無
山の頂に洞場を掘り立てて 燿依姫の命の奇
魂を斎イまつる】

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35,25
-------------
 ここに 日高日子波限建鵜葺草葺不合 六
十九代彦の命ハ年久に四百三十歳 天の下を
知ろしめさしたまイ 神事完エまつれば 日
嗣の御子に天津宣り伝ての神宝を授けたまイ
 言祝ぎ申し 天津禮代 然々に 国津祭り
 然々に 大分の御宝の西山に磐宮を敷き立
てて 告りたまイつらく 吾ハ天に返り言
を大神たちに申さに 故 これのみなつの月
立ての日に天昇してに 故 其の御宝の西の
磐室に幸魂を天降らして 天津日嗣の嗣ぎ嗣
ぎ 臣の上たちのつぎつぎを守りて 百千萬
に幸わイを蒔き散らさに と云て 高千穂の
大宮の殿所の板梯の足摺りに 暁に御冠を召
さし 火丹型の紺の空色の衽に 太伸りの蚕
布袴を穿かし 藁結ゐの足板の緒太を込まし
て到りましたまイます時に 側禰の臣の上た
ち 続きて御後ゆ添わしまつるに 天津御子
の命 紫雲に召されて 天津御空に翔けり
天昇したまイて 天津神に日之若宮に還りた
まイき
-------------
35,26
-------------
 後に 百五十か日の時に 大分の西の御宝
山の頂の磐宮辺に 神賀楽の鼓 笛音 辿ろ
に聞こゑて 一日一夜 歓きの声聞こエてあ
り 故 六十九代の天津御子の命の弟の御子
 天炊戸開の命 これの山の磐宮の辺に立た
したまイて 御扉を引き開き 見そなイたま
ウに これの天津御子の命の常並めの御冠あ
りき 此故に 昨日に神賀楽あるらに と云
 此所の大御田族を集エたまイて 天津祝詞
の太敷きを告りて 種々の種津物を奉りて
現人 神楽に歌イて 八か日 七か夜 美ゐ
しく祭りき 故 此を以て神成りの葬り業に
仕エまつりて 去にし訓りの神伝てに 然々
に これの宮に祝りまつりて 神事に祈みま
をしき
-------------
35,27
-------------
 またの伝エ 出雲文に言らく 故 日高日
子波限建鵜葺草葺不合 七十代彦の命 先津
御子の命の天昇したまイしからに いと
御嘆きまして 百五十か日余り経ましつれど
も 神祀り祝り業の訓り告りハ 如何に祭り
てに と云て ここに 臣の上たち 皆 申
す こハ高津上の御祖父 児屋道柴の命 今
当たる御齢ハ 三百八十三の齢を重ねまつれ
る翁に侍ります これの上ハ 天の下の去に
し世の訓り伝てを弥に高く守らしたまエる物
識りの上にし在せば これの上を召さしたま
イたまエ と 申す ここに天津御子の命
其の高津上 児屋道柴の命を召さして 告り
たまわく
 遠津睦の天昇しまつれる時の祝り業 それ
のときしげを詳らに明かしてよ と 告りた
まイき 故 道柴の命 諾なイたまイて 天
邇岐志国邇岐志天津日高日子天津火之邇々芸
の命 国土を撫でたまイき 故 天降りの臣
の命たち 百八十六柱の上たち また 国津
上三百余り人たち 共に 勤労ぎまつりし隨
に詳らかに告らしして それの祷ぎ言に仰ぎ
たまイて 高天之原の天照大御神 御子の命
に大御言賜イて 星の神たちを添わしまして
天降りませ と 告りたまイき ここに天邇
岐志国邇岐志天津日高日子正勝吾勝勝速日天
之忍穂耳の命 北大星神天降りたまウ時に
其伴の神たち 天渡国渡襲百座志那都産霊の
命 風精星御祖の神 天津座高津座置清御魂
瑞之火産霊の命 火精星御祖の神 天冴流豊
道辺神御魂弥都波産霊の命 水精星御祖の神
 天津降道萬眞栄斎美活太刀埴産霊の命 土
精星御祖の神 天御魂国御魂穿神常座金山産
霊の命 常星御祖の神 神御魂別国津清御魂
直毘産霊の命 彦星御祖の命 厳之幸守眞心
床辺速明津産霊の命 清星御祖の神 天大土
国大土大御守山津見産霊の命 高知星の神
天足国足潮津清見底土産霊の命 底星の神
天足国足潮津清見赤土産霊の命 赤星の神
天足国足潮津清見岩土産霊の命 岩星の神
これの星の祖の神たち 八百萬の御子の星の
神たちを率きて 御伴辺に立たしたまイて
日向の高千穂の那須端の大山に天降りたまイ
き 故 こを天降山と云 忍穂耳の命天降り
ましたまイて 国廻まして 現しき青人草の
幸わゐなすを 見そなわしたまイて
 あやに美し 青人草
 あ 楽し 眞栄人
 と歌イたまイき 故 五年遊ばゐたまイて
 天昇しまさにと装イたまイき 故 豊日の
由布の山ゆ 天昇したまイまつらに と云か
らに 大道標と大伴申さなとて 更に神たち
に任き人を仰せたまイき 御前人 臣の上た
ち二十余り 大伴幾人 御衣人 臣の上たち
数多 清み人 然々 このり司 然々 斎き
人 然々 八雲避幾人 花持ち幾人 御食人
幾人 幡物人幾人 傾頭人幾人 先人幾人
綿作り幾人 輿巻き人幾人 後辺人幾人 輿
舁き人幾人 神楽人幾人 明り人幾人 桙立
て人幾人 幡差し人幾人 伊吹き立て幾人
弓飾り幾人 太刀飾り幾人 味津方幾人 実
取り幾人 斎鈴持ち幾人 柝鈴打ち幾人 鼓
打ち幾人 笛吹き幾人 琴持ち幾人 竹琴持
ち幾人 面着人幾人 かなさび人幾人 蝿叩
き幾人 腰振り女幾人 歓き女幾人 衣立て
幾人 榊立ち人 於賀玉立て人 桂立て人
しりづり縄人 塩撒き人 水撒き人 松明持
ち人 火焚き人 蚕布立て人 麻布立て人
綿布立て人 種々物持ち 脛振り人 八百千
人なす 後辺の御伴ハ皇御孫の命 御輿屋召
す これの大伴八百人 国の人草ハ山野に火
焚き 幡立て 伊吹き下ろし 輿舁きて 大
伴の仕エまつる 大伴に天降りたまエる星の
神たちハ 小頸の山ゆ天昇しまつる 故 此
を天昇岳と云 天津日の大御子の命 木棉の
山に登らしたまエば 天津御空ゆ紫色の雲
頂を覆イて 間暫しほどありて 高天之原に
生き還エる これの日ハ ふくみの月籠もれ
る日次めにありけり 天津御子の命 臣の上
たち 共に 見上げ見送りまつりて 紫雲の
布なすを目見たまイて 御嘆きたまゐき 故
 此を木棉の山と云 ここに天津御子の命
臣の上たち 大伴の上たち 国の現しき青人
草 共に 大宮還りましたまイて 大きなる
御嘆きましましたまイて 朝夕の御食進びず
であり
 上津文 三十五綴り 完エ

-------------
36,1
-------------
 上津文 三十六の綴り
 ここに天津御子の命 直入の宮代に帰りた
まイて 御祖の命の常世に召させたまエる勾
玉の御冠と貴玉とを大床に鎮めまつり 朝な
夕な 暫しも離りたまわずて 斎きまつりて
 朝の御食 夕べの御食も進びまさず 御嘆
き止まずて朧に在します 故 思金の命 天
之児屋 命 天之太玉の命 種々の和し言を
告り上したまイき 故 天津御子の命 あヤ
かうヤかの御心も明かりまさねど 今ハしは
つの月籠もれる日に 迅く日並めもかかめ得
で 幾日かに経るらじ 忍び涙に袂漬じにき
 こハあるべくならじ とウて 面上けます
 常に違イませで はららハ泣き明かさりま
すと 真詳ばに言挙げまをす
-------------
36,2
-------------
 ここに七十代の天津御子の命ハ 三百八十
三歳の翁 児屋道柴の命の去にし世の古言を
 論らウを聞こしめしたまイて それの例の
如に葬り業に仕エまつらに とウて また六
十七代の命の葬り業の 甚にあな畏くませば
 とウて 然々の業に仕エまつらにと 更に
高津上 思金並藁の命 児屋鋤之大人の命
太玉時成の命に葬り道を知らせに と 告り
たまイき 故 三柱の上たち共に議りたまイ
て 天津日嗣の御子の命 祝りの八緒成し
高津上たちハ七緒なし 明津上たちハ六緒な
し 清津上たちハ五緒なし 厳上たちハ四緒
なし 並上たちハ三緒なし 大伴の長ハ双脚
をなし 現しき青人草ハ己先なす これの装
ゐハ先人 衣人 食人 奴人 清み人 斎き
人 幡人 八色幡人 禮花人 海魚人 藻菜
人 山菜人 野菜人 御田津物人 畑津物人
 楮布の大和幣八繰 飾り弓人 飾り太刀人
 飾り桙人 飾り鉈人 伊吹幡人 中らいぶ
人 三つの樹の三つ飾り人 木綿ふかし人
草綿ふかし人 蚕布の緊巻き 麻布の緊巻き
 栲布の緊巻き 綿布の緊巻き 漆の真黒塗
りに勾玉をえとめて 黄金 白銀の綾なしの
太御輿に 狭知道之負辺の命の 燧り火為し
に 真火の明らみを以て 天津御子の命の常
座ましたまエる大御装を 像代を全彫らす太
像を奥津喪家に据ゑまつり 御輿に構ゑまつ
りて 蚕布の火丹 黄な 白の布に 御輿人
女ゆ組手の襷に掛けて 赤漆の差穂上に巻き
取らし 御後辺 御目辺 御脇辺に賀楽女人
 賀楽男人 歌ゐ人 歓き人 面掛け人 背
負ゐ人 高音人 鼓打ち人 笛吹き人 斎鈴
垂らし人 柝鈴打ち人 各も各も装イ 高千
穂の二上りに反ぎ立たして 大宮を暁時の時
鶏の音を合イ莵鼓に御輿出ます 故 国の現
しき青人草ハ昼ハ幡立て 夜ハ山野火焚き耀
きて 大佐井の御久原山に葬りまつる 故
ここにまた天津御子の命 中臣道柴の命に言
問イたまイつらく 喪祀りの訓りハ如何にそ
もと云 答ゑけらく その大御目辺に榊の上
枝に五百箇の御統るの玉を取り掛け 中津枝
に太鏡を押し掛け 下枝に白布を打ち掛け
また於賀玉の上津枝 斎鈴を取らし 中津枝
に柝鈴を取らし 下枝に割子鼓を取らし 桂
の上津枝に桧の扇を幅なし 中津枝にうちあ
をきを幅なし 下枝貴玉を幅なし また楮布
の青布 白布を和幣となし 八串を立て並め
 また楮布の白の厚布を六つ垂りに諸手握り
裂き 幾垂しに桧の串に秀立て 御魂座と斎
イ祀り 麻と栲とを裂きて幣物となし 大
竹の小裂きに楮布の赤色を張り渡せる 小竹
柄の傘を差し翳し また 紫色幡 火丹色幡
 黄色幡 黄金色幡 空津色幡 青色幡 赤
色幡 白銀色幡 これの八色幡を上乳を貫き
 棹に差し嵌めて 人背に負わし また伊吹
き幡十二 あたれ八 あだれ四 あだし十六
 あだれ 葉色 土色 水色 火色を高立て
 杉の幹に吹かし棹置きを綰みて 四人に舁
きなし 飾り弓二並め 四並め 六並め 飾
り靱二十矢立て 四十矢立て 六十矢立て
飾り太刀二並め 三並め 四並め 五並め飾
り 横太刀一こ掛け 二こ掛け 三こ掛け
四こ掛け 五こ掛けを並めし持たし 飾り鉾
の穂鞘に鳥毛 綿布 狭身綿 麻布 麻縮
麻緩れ 栲緩れ作り 玉萼代斎鈴 太鈴 ま
た山成しの菜置き四取 堅節の物ハ鰭の大海
魚 鰭の小海魚 沖津藻菜 辺津藻菜 山津
玉菜 野津玉菜 山津辛菜 野津辛菜 山津
甘菜 野津甘菜 また藁の穂俵に供ふる物ハ
十四の種津実にぞありける また賀楽女八十
人を飾り供ふるハ 頭毛ハ統べし髻を結イて
掛けし髻に取り成し 垂れ毛を上げて花結び
に結ゐ 見時花を挿頭とし 眉を刷かして黒
歯に染めなし 白布の常衣に火丹色袴を穿か
せ 襲を打ち掛け 面に粉白草の実を塗らさ
せ 額に眞黒に星型を描かせ 唇と頬とにハ
火丹草の眞汁を塗り 衣も袴も襲も皆祝ゐ衣
に着飾り 賀楽男ハ頭毛ハ掛けし髻を絡げ垂
ら 元結ゐ所を太らになし 衣も袴も衽も皆
祝ゐ衣に着飾り 歓き男女人然々に 鼓人
笛吹き人 琴弾き人 竹琴弾き人 振らし人
 種々業々に斎きまつりて後に 天津御子の
命ハ喪に仕エまつらにと云て 御像代に朝餉
夕餉の御食し進びに 十二の御膳を奉りて
大御身ハ自づからに高並めの粗床に三節の藺
簀薦を打ち敷かし 稗の飯を御水に炊き 御
菜ハ甘塩と堅未醤とをかたして長日に斎きま
つる
-------------
36,3
-------------
 ここに天津御子の命の知らす五十五年と云
に 加羅支那の王主ゆウてきの使主人はくり
き 此年のけさりの始めの日に 白日の鰐門
に船泊たしき 故 白日建 活玉羽賀美虫の
命 向き立たしたまイき ここにはくりき申
す 奴が国の王主 国内に不祥し 故 国の
現人 皆苦しむ 聞き伝てハ去にし年並みに
種津実の御種賜イしからに いと国内穏びき
 斯かるに今の王主 そを傲りて悪じなすか
らに 加羅支那を助けたまイて 穏び世なし
たまエ と 祈みまをす 故 白日建迎つき
て高千穂の大宮参ウ出る 故 高津上 出向
きたまイき ここに加羅支那の使主人はくり
き 大宮の梯垣に蹲みて然々申す 今に軍人
を向けにヤ 暫しありて良けにヤ と云 暫
しハあき 奴国帰りて それの時に使主人ま
をす と云て帰りき

-------------
36,4
-------------
 これ時に天津御子の命 臣の上たちを集エ
たまイき 中臣蟹住の命 斎部七戸の命 太
玉田鶴嶺の命 太玉葛原の命 児屋大道の命
 中臣現世の命 思金原玉の命 足尼工押の
命 息長葛実の命 科長天之伊邪村の命 懸
建耳の命 懸谷香取の命 金山七尾の命 金
山彦柄の命 弥都波菱取の命 埴安赤岳の命
 埴安丹生津彦の命 燿任人の命 燿十束の
命 大屋金代の命 積羽高種彦の命 直毘神
富の命 言代長彦の命 積羽桜建の命 日別
建神の命 鳴海打越の命 これの上たち 大
宮に参イ越したまイて神議りに仕ゑまして
去にし世の神たちの訓り伝てを以て 看督て
まさにと定めたまイ 戦術を激しくませる上
の御名ハ 御鉾速曽禰の命 大土山彦の命を
 加羅支那を救わしの大君となし 広鉾若熊
の命 枳値可美狭実彦の命を軍師の大人と定
めたまイ 蘇我部速空の命 村雲武田彦の命
 香立佐渡名大人の命 明玉清彦の命 月鉾
米倉の命 沖避下山辺の命 剣平手の命 須
勢理磐武の命 山背狭実分の命 これの上た
ちの一人々々に軍物人千人を添ゑて言依さし
たまイき 斯く軍人を定めたまイて 加羅支
那の使主人の来るを待たせたまイき
-------------
36,5
-------------
 ここに天津御子の命 御齢遙に負わしたま
イ 御身も御疲れたまウからに 日嗣の御子
に天の下知ろしめさしめにと云 臣の上たち
言挙げたまイき また 日嗣の御子並めに高
津上たちを集エて言問イたまイつらく 吾が
天の下を知らす一つの罪あるを 今知りたり
き そハ現しき青人草の その生れ活きの弥
幸を得知らず またその子の女子迎かを知ら
ず またその身の罷り葬りを知ら 打ち過ぎ
ぬ こハ吾が天津大神たちの大御心悖るの罪
科にありなに 科に贖わにと云 故 高津上
たち御答エけらく こハ天津御子の命の罪の
みならで 奴々が罪なりと これの罪科ハ今
現しき青人草にそれの祝ぎを賜エ と 申す
 ここに天津御子の命告りたまイつらく 現
しき青人草の家並め毎 稚子あれば 日ハ八
か日 夜ハ七か夜足し事なせ 八か日満ちば
九か日に天津神を祀り 十か日に国津神を祀
り 五十か日に覇精高神を祀り 三歳の産か
日に八百萬の神を祀り 七歳の産か日にひと
ころむしの八百萬の神たちを招きまつり 女
子迎の日にハ 清之八耳の命 八耳姫の命を
招きまつりて 国の禮事を尽しまつりて 女
男結びなせ 御齢負イて隠れにとなさば 大
穴牟遅の命 須勢理姫の命 少名牟遅の命
大久米姫の命を招ぎまつり祷ぎまつりて 御
魂天昇しを祈みまをせて 隠らば吾が衣冠着
せて 高津上と在座を喪家に斎ゐ 御輿屋に
舁き入れ構エて 吾を斎くが如なして葬れ
故 こを国の国々 島の島々に言成してよと
て 天津神 国津神に国の大祓イに仕ゑまつ
りて 贖津物に然すかを奉りき
-------------
36,6
-------------
 弥先にこれの天津御子 日高日子波限建鵜
葺草葺不合 七十代の命 産御名ハ神心伝物
部建の命ハ 六十七代の天津御子の命の御子
 宗像彦の命の御娘 矢野姫の命を妃に召さ
したまイき これの宗像彦の命の御母ハ火明
橿火の命の御娘 鐸高緒姫の命と申す 向妻
 若敷狭依姫の命ハ六十八代の天津御子の命
の御孫にまします また御妾 玉成姫の命ハ
積羽若種の命の御子なり 側の御妾 玉敷姫
の命ハ赤楯年彦の命の御子なり 側禰女八人
 こハ臣の上たちの御子なり これの時に彦
御子三柱ます 姫御子四柱ます これの彦御
子の三つ節の彦御子ぞ 天の下の日嗣ます上
なり その生れませる時に 御母 矢野姫の
命御孕みたまイて 大土小土に取り成し 神
さエに霊熟き斎熟きますからに 臼杵の大之
浜に産宮を御立てて 産か月に御輿入ります
 ここに頻りて御腹痛み耐ゑ難かりつれど御
子生れませず 故 薬人及き並み 薬掘り及
き並めども 五か日六か夜 痛み小止みませ
で 遂に神去りましぬ ここに天津御子の命
 甚く御嘆きたまウことを 中臣道柴の命
御齢三百五十余りの翁 そを聞かして 息呼
ぶせの呪訓りなしたまエば 御妃 矢野姫の
命生き立ち還ゑりたまイて告りたまイき こ
ハ吾が長寝の夢かとも 火明の命とウ神の参
イ越したまイて 吾が御子 今 天津日嗣の
御子を孕みたり こハ吾が天津大神たちに誉
れにぞある 故 手易く産まつるべウならじ
 こゆ百日に天津神事を呪りて これの翁に
 其瑞の神訓りを呪じ訓りせ 吾を秋津根の
班鳩の山の上に斎かば 天津日嗣の常し世を
守らに と叫びますと思イて夢寤めたるハ生
き還るかも と告りたまイき

-------------
36,7
-------------
 ここに天津御子の命 其の高津上翁 中臣
道柴の命に その火明の命と云神の御成り態
を 詳かに問わせたまゑば 御答エまをしけ
らく 其の火明の命と申しまつるハ 天之忍
穂耳の命の御子 天照国照彦火明櫛玉饒速日
の命 天に在してハ 御子星御祖の神と申す
 これの神 皇孫の命の天の下を知ろしめさ
す斎きに と云て 天之磐楯船に乗らして
臼杵の河内山に天降りたまイて 天津神訓り
の瑞の呪りを神伝てたまイき 故【奥津鏡
辺津鏡 剣燿 生玉 足玉 死なず玉 道守
り玉 蟹守り玉 虫比礼 蜂比礼 蛇比礼
毛物比礼 物比礼 一々 二々 三々 四々
 五々 六々 七々 八々 九々 十々 百
々 千々 萬々 布瑠部布瑠部 由良部由良
部】萬の禍事あらば これの秘め言以ておせ
 と 告りたまイき 故 火明橿日の命ハ
その大神の御裔なりとウ
-------------
36,8
-------------
 ここに天津御子の命ハ 直ちに秋津根の班
鳩山に大宮を造りて 天照国照彦天津火之明
玉饒速日の命 天津御名ハ御子星御祖の神の
天降りたまエる時に 取らしたまイし天之羽
羽矢一つ 置靱一つを これの宮に御魂代と
ウて讃めまつりて斎きまつる

-------------
36,9
-------------
 ここに百か日余ありて御妃 矢野姫の命
御腹頻なみて 臼杵の大之浜の産宮に産まつ
る御子の御名ハ 天照国照彦百異日臼の命
こハ日嗣の御子にましますからに 大御名ハ
日高日子波限建鵜葺草葺不合 七十一代彦の
命 と申す 次に高見香具山の命 またの御
名ハ高倉下の命 次に宇摩志麻治の命 また
の御名ハ大久米の命 こハ御妃の御腹の御子
なり 次に八百玉櫛姫の命 こハ向妻 若敷
狭依姫の命の御腹に生れませる御子なり こ
れの姫御子ハ積羽滝伴彦の命の夫人とならせ
たまイき 次に玉島姫の命 こハ側禰女 田
依姫の命の御腹に生れまする御子なり これ
の姫御子ハ陸奥の国の覇精高の上 亘理彦の
命の夫人にならせたまイて 後に御名替ゑた
まイて亘理姫の命とまをす 次に宮姫の命
こハ側禰女 潮依姫の命の御腹に生れまする
御子なり
-------------
36,10
-------------
 ここに天津御子の命 現しき青人草の年の
禍事 月の禍事 日の禍事 逐らイ攘イなさ
に とウて 更にとウて 訓り伝てたまイき
 大国に臣の上たちの受家年の五十余りゆ人
を 座置きて建となし 外津世人防きに 臣
の上の益良年の人を二人添エて 国の物人を
集イて防き上となし 中国には 受家歳の大
御田族の八十翁を座置きて国主となし 小さ
国にハ 受家歳の大御田族の七十翁を座置き
て里主となし 村毎に受家歳の大御田族の六
十翁を座置きて刀自となし 葉枝村に受家歳
の大御田族の五十翁を座置きて 村主となす
 故 覇精高の稔減り家ハそれの数に入らず
 故 女手に斎け また月の毎の遠津御祖の
神業に 広く厚く仕ゑまつりて 家毎の幸わ
ゐを祈みて それのひつ祭る清み門代の木の
葉 さの葉を 月の毎の神業の日の明日の日
に 湯立て沸らして その身毎に湯浴みせハ
長生ならに と唱ゑたまイき 故 現しき青
人草 皆喜びて歌イ歓き 国鼓を打ちて楽し
世なす
-------------
36,11
-------------
 ここに天津御子の命 御齢二百三つ 久し
く天の下を知ろしめして 家隠りまさに と
ウて 天津日嗣の御子の命に 天津御璽の神
宝三つを天津高御座に斎ゐまつりて 日嗣の
御子に授けて 国の幸わゑを訓り伝てたまイ
て 阿蘇の下山に大宮を太敷き建て 御親ら
に大進田小進田を定めたまイて 大宮隠りな
したまイき 故 日高日子波限建鵜葺草葺不
合 七十一代彦の命 産御名ハ天照国照彦百
異日臼の命 天津御璽を受けたまイて 天の
下を知らせたまイき 先に御婚イませる姫た
ちの御名ハ 妃 玉依姫の命 こハ六十七代
の天津御子の命の御子 眞鳥颪の命の御孫子
 佐久沢田守の命 海津見岸待の命の御娘
海守姫の命に御婚イたまイて生れませる御子
なり 向妻 竹姫の命 こハ六十九代の天津
御子の命の御子 高島の命の御子なり 御妾
 宮立姫の命 こハ同じ御子 片背原の命の
御子なり またの御妾 襲之姫の命 こハ六
十八代の天津御子の命の御孫 櫛姫の命 こ
れの姫御子 甕槌笹竹の命の夫人にならせた
まイて産ませる御子なり これの姫御子生れ
ましながらに 御力ハ男に勝れたまイ強くま
します 故 御名を襲之姫とまをす 然れど
も御子生れまさず ここに御妾 宮立姫の命
 御孕みたまイて生れませる御子の御名ハ
田鶴姫の命 こハ表春楮緒玉の命の夫人にな
らせたまイき
-------------
36,12
-------------
 次に向妻 竹姫の命 御孕みたまイて 大
土小土に取りなし 神さエにちあきゆあきま
すからに 臼杵の大之浜に産室を御立てて
御輿入りに御子生れませる時に 大海原ゆ山
如波 五度頻りて磯打ちき 故 此によりて
大海津彦五瀬の命とまをす 此ハ日嗣の御子
に在すからに 日高日子波限建鵜葺草葺不合
 七十二代彦の命と申す 次に天津熊野武の
命 またの御名ハ稲氷の命 同じ御腹の兄弟
上なり
-------------
36,13
-------------
 次に御妃 玉依姫の命 御孕みたまイて
大土小土に取りなし 神さエにちあきゆあき
ますからに 大分の黒之小浜に産室を御立て
て 御輿入りに産まつらにとする時に 朝日
の雲避かりて これの原を御照らしたまイき
 こを御名に負わしまつりて 日高狭野の命
とまをす こハ日嗣の御子に在すからに 大
御名ハ日高日子波限建鵜葺草葺不合 七十三
代彦の命 また 後に秋津根の国に大宮柱太
敷き立てて 天の下を知ろしめしたまウから
の御名ハ 天邇岐志国邇岐志天津日高日子波
限建神大和磐余彦火々出見の命とまをす 次
に三毛野入野の命 こハ御妾 御矢立姫の命
の御腹に生れまする御子なり 次に櫛垣姫の
命 こも同し御腹の御子なり これの御子ハ
太玉足柄の命の夫人にならせたまイき 合わ
せて彦御子四柱 姫御子二柱なり

-------------
36,14
-------------
 ここに七十一代の天津御子の命の知らせた
まエる六十八年とウ夏のみなつの日の十余り
重なる日の毎に 国の国々 島の島々 尽々
に震イて大地震なす 故 山崩れ島崩れて大
土裂けて崩泥を噴く また はやれの初めに
大風 砂を飛ばして 稲白穂なし また 翌
の春 麦に蝗 黒雲なしからに 皆黒穂なす
 故 天津御子の命 臣の上たち 甚く慨み
たまイて 国の大幣に仕ゑまつりて 天津告
りの神訓りに 仕ゑまつりて 天津神国津神
に祈みまつりて 太占の御占業に仕エたまイ
き
-------------
36,15
-------------
 故ここに天津神国津神大御言移らせたまイ
つらく 迅く迅くに大御田族を救イて食物得
させなば 国の災ゐおのづからに失せてに
と告りたまイき 故 天津御子の命 申した
まわく こハ吾が罪にぞある 如何にしてか
贖イまつらに とまをしき 故 天津国津の
大神 こハ吾が御心辺なり 故 皇らが御子
たち 臣の上たち共に国廻なして 大峽小峡
の山立てる食手の葛根 八広根 やくくさ根
 小黄櫨根 萬年青根 蕨根 百合根 多に
立てる蓮巣根 桑根 樺根 野に立てる瑞葉
を取り干し 諸根葉立て 臼に搗き 滋味の
汁似非に搗ちなして食させよ 瑞葉ハ烝し搗
きて搗ちして食させ また山の玉菜 野の玉
菜を取り食させ これの物ハ皆取り干して俵
なして またの秋ぬ蓄ゑなさせ と告りたま
イき ここに天津御子の命 高津上たち 共
に八百千の臣の上たち 集ゑて告りたまイつ
らく 現しき青人草ハ吾が君なり それの君
 今飢えなむとなす 故 打ち捨てべウなら
し こによりて 皆 国の国々 島の島々に
罷りて 食物 山掘り出て救イてにと云 諸
上 皆 諾べと云 故 鍛冶千萬を集エて
穂鋤 焼鋤 眞鍬 穂鍬 焼鍬 穂搶 焼搶
 また諸々の山掘り 石貫きの道具エを多々
に作らしめて また百斛船を多に作らせ 曲
の浦に繋ぎて 頓 国廻まさに 豊日の速吸
門に 天津御子の命 高津上たち 八百の上
たち装イて 此に出立たしたまイき

-------------
36,16
-------------
 ここに亀の背ぶりの小船に鈎垂りて 眞苫
辺に足組みて糸ふる 故 天津御子の命 そ
れの翁ハ何そも 答ゑけらく 奴ハ国の覇精
高の上なり 名ハ珍栄彦の上とまをす 故
天津御子の命 汝ハ海津道を知れりヤと云
知れりと云 奴ハ迎ゑつるハ 天津御子の命
 畏くも豊道之原の現人愛でます国廻ぞ尊し
 故 奴に六人の息子有り 此も連れて大伴
の長にと云 そが名ハ丹生麿 赤麿 白麿
黒麿 手之麿 差麿と申す こハ奴に勝りて
海津道をよく知れる上なり これに楫取なさ
せて迎つきまつらに と申す 故 ここに天
津御子の命 椎棹の御連木を賜イて 椎棹之
珍彦の命とウ御名を下して また六人の息子
に 初の子を丹生棹彦 次の子を赤棹彦 三
男を 白棹彦 四男を 黒棹彦 五男を 手
之棹彦 六男を 差棹彦という名をそれに下
したまイき ここに天津御子の命 並べに宮
御子の上 高津上たち 臣の上たち 各もの
親族を率き乗せ 諸々の道具物を多なし載せ
て 国廻の上たちを稜威の道別きに道別きた
まイき
-------------
36,17
-------------
 故 七十一代の天津御子の命ハ 表春勝緒
玉の命 息長於賀玉の命 鳴海瀬之下の命
御年栄押櫃の命 明玉上倉の命 八玉速海の
命 棚機眞床の命 久那斗清之男の命 広鉾
若熊の命 枳値可美眞見の命 明玉白楯彦の
命 これの上の召さし船の楫取りに 丹生棹
彦の長 迎つきまつりて 速門を抜かして
北の海原に翔りて 越の国の新川の門に泊た
したまイき 故 国の覇精高の上 柿崎彦の
命 柿崎姫の命 藁殻の宮を建てて御饗エま
つる 故 蝦夷建甕槌手長男の命 陸奥建久
那斗朝水の命 越建速日神奈井の命 双子之
洲建手置天津棚雲の命 並めに国主 里子
刀自 村主たちを召さしたまイて 国の穂倉
 郡の穂倉 里の穂倉を尽々に解かしたまイ
て 国食しとなし また山野然々に御物取り
を言伝てて 所々に親から臣の上たちも共に
 山搶穂搶取らして臼だき 水晒れ濾し取り
 つち取り あき取り いせ取り 搗く訓り
 食し訓りえなばれ腹高なせと手伝てに渡し
て 天津訓りの神訓りに仕ゑまつり 蝦夷越
しまして 魚取りの状を尽々に知らせ定めて
 また 陸奥の黒川の宮に還したまイき

-------------
36,18
-------------
 並べるに七十代の二男次の宮御子 高見香
具山の命 またの御名ハ高倉下の命ハ 中臣
道之足男の命 天国戸渡の命 日別太刀神の
命 御鉾速襲の命 明玉倉玉の命 稲置沢戸
玉の命 勝海寄合の命 御鉾海乃辺の命 白
羽藻乘の命 羽槌船持の命 これの上たちの
召さし船に 赤棹彦の長楫取り迎かつきて
无邪津海の余綾の水門に泊たしたまイき 故
 国の覇精高の上 足柄彦の命 足柄姫の命
 八頭の室屋を建て 清み門代を置きて御饗
エまつる 故 无邪津海建 言代雲雀男の命
 野陸建 萱窓市高主の命 常陸建 足羽伴
輪の命 また国主 里主 刀自 村主 これ
の上たちを召さして 然々に訓り伝てまして
 御親から従イたまイき
-------------
36,19
-------------
 また並べるに七十代の弟三の宮御子 宇麻
志内の命 またの御名ハ大久米の命ハ 能登
部水門足の命 斎部棚樋岸の命 竜田山田の
命 天懸豊足の命 蘇我部山主の命 明玉塩
凝彦の命 米杵高道別の命 高淤迦美千振の
命 言解檜之隈の命 武市霞別の命 磐柝栄
矢の命 これの上たちの召さし船を 白棹彦
の長楫取りまつりて 遠津海の新居の水門に
迎かつきまつりき 故 国の覇精高の上 新
玉彦の命 新玉姫の命 迎かつきまつりて
己が家に斎きまつりてみたす 故 伊勢津の
国建 羽引斧足彦の命 淡海の国建 香具山
明の命 遠津海の国建 磐坂鳥田の命 狭依
科の国建 狭霧天津鳥飼の命 また国主 里
主 刀自 村主を召さして 然々に訓り伝て
まして 御親らも従イましき
-------------
36,20
-------------
 また並べるに七十一代の三男の宮御子 天
津熊野武の命 またの御名ハ稲氷の命 太玉
七尾谷の命 下春蟹津見の命 金山夕刀自の
命 国懸矢取男の命 積羽熊主の命 羽山玉
鳥彦の命 宇麻志若山柝の命 速玉山田の命
 麦数之緒の命 経津串掛の命 飽咋棹木の
命 久那斗種村の命 萱根天瀧の命 高淤迦
美武市の命 雷越棚彦の命 これの上たちの
召さし船を楫取りて 黒棹彦の長 迎つきま
つりて 白日の岡田の水門に泊たしたまエば
 国の覇精高の上 早良津彦の命 早良津姫
の命 仮宮を建てて斎きまつる 故 奇日の
国建 活玉鳥守の命 豊日の国建 大雷種耳
の命 建日の国建 村雲蓋持の命 速日の国
建 菅野滝田の命 これの四柱の上ハ宮処に
侍り勤労く また 白日の国建 活津高根別
の命 狭手依の島建 剣金知の命 一箇柱の
島建 御年葦焚の命 また国主 里主 刀自
 村主を召さして 然々に訓り伝てまして
御親らも従イましき

-------------
36,21
-------------
 また並べるに七十一代の五男の宮御子 三
毛野入野の命 児屋田之土の命 斎部綾柄の
命 思金天之村楯の命 山彦十握男の命 丹
緒津若糸滝の命 言代昼辺の命 大屋磐室の
命 沖疎瀬々之上の命 塩土隼の命 赤土眞
楯の命 甕槌幸彦の命 剣八重太刀の命 積
羽曽呂鷲の命 これの召さし船を手之棹彦の
長楫取りて愛媛の宇摩川の水門に泊たしたま
イき 故 覇精高の上 脇彦の命 脇姫の命
 己が家の外に眞朱なす門代を建てて 足し
足しに迎つきまつる 故 愛媛の国建 煩空
形の命 大宜都の国建 雲根矢作の命 飯依
の国建 熊野押族耳の命 建依の国建 丹羽
足之男の命 また国主 里主 刀自 村主を
召さして 然々に訓り伝てまして 御親らも
従イたまイき
-------------
36,22
-------------
 また並べるに七十一代の二男の御子 海津
彦五瀬の命 こハ日嗣御子にし在せば 七十
二代の天津御子の命なり 太玉砺波主の命
笹津狭猪原の命 天懸豊戸守の命 燿火気取
彦の命 速玉玉之緒の命 御鉾峡山の命 山
津見徒歩窪の命 大土笠丈の命 事勝主別の
命 別雷神眞武の命 大雷伏松の命 経津貫
の命 これの上たちの召さし船ハ 椎棹之珍
彦の命楫取りて 吉備津根の高島の水門に迎
つき泊たしたまイき ここに国の覇精高の上
 津高彦の命 津高姫の命 津高川の水上に
 高薦座の宮を建て 月の毎の祭り家の代差
して 花菖蒲草を差して御饗エまつる 故
吉備津根の建 萱野吉浦手の命 並めに国主
 里主 村主を召さしたまイて 然々に訓り
伝てまして また秋津根 日下根の建たちを
召しまさにと云に 覇精高の上申しけらく
暫し待たせたまエ それの建ハ敵人ありて殺
さゑつと皆人云 また外津世人参イ来て禍す
 とも云き 故 吾が家族を遣りて 明らさ
まに言なハに と云 ここに宮御子 五瀬の
命 告りたまイき こハ汝言灼然なり 然に
あらば 吾 その外津世人と国津人と軋ろイ
の証を聞かまほし 故 今ゆ往かにと云て
直ちに吉備津の事成りを 高津上 臣の上た
ちに言依さしたまイて 速玉玉之緒の命 御
鉾峡山の命 別雷神眞武の命 大雷伏松の命
 これの四柱上を伴御船に召されき 故 椎
棹之珍彦の命御船に帆上げて東に走して 日
下根の南門に至りまさに時に 大波甚速かり
き 故 此処を浪速の国といウ こゆその川
を遡りて河内の草香の白肩の川津に至りたま
イき
-------------
36,23
-------------
 また並べるに 七十一代の四男の御子 日
高狭野の命 こハ日嗣の御子にし在せば 七
十三代の天津御子なり これの上の宮御子
当芸志美々の命 中臣道之臣人の命 斎部大
富の命 弥都波若菱守の命 速玉山田の命
水分畑彦の命 甕槌百合猛の命 磐柝春蒔の
命 手力国守の命 雷洩の命 山背柏の命
これの上たちの召さし船に楫取る差棹彦の長
 穴門の多祁里の大竹の水門に泊たしたまエ
ば 国の覇精高の上 阿菩彦 阿菩姫の命
清御門代を建てて斎きまつる 故 穴門の国
建 狭槌文屋彦の命 丹波の国建 沫那芸浅
茅の命 出雲の国建 狭霧鳥飼の命 天之忍
許呂の島建 萱野眞手の命を また国主 里
主 刀自 村主を召さして 然々に訓り伝て
まして 御親らも従ゐたまイき
 上津文 三十六の綴り完エ
 (参考 神武紀関連系譜)

-------------
37,1
-------------
 上津文 三十七の綴り
 こゆ八年余り先に 斯羅人国の大船に王主
 ユグトブブル 将 ケシビビヤム 将 コ
ウルトトウブ 牟婁の三木の水門に船を泊た
して 陸に上りて 秋津根建の攘ら屋に腹這
ゐて 種々珍らなす物を贖ゑて論らウ 奴
が国 甚 騒ぎてあり これの天津日の生れ
ます豊道之原の千秋の長五百秋の瑞穂の国ハ
 人多に国豊に揺蘯ウ愛でたき国柄になもあ
る 故 今ゆ年の毎に大船小船を贖ゐて言依
せまつらにと云 故 秋津根建 久々木若武
の命 こハ偽りの面触れなす とウて肯べせ
ず 故 また日下根建に然と云 日下根建
雲根種伴の命も 然に思イ取らして肯べせず
-------------
37,2
-------------
 ここに斯羅人国の王主 将 共に議りこじ
で 国の覇精高の上 登美の長髓彦ハ 人に
勝れたる心態の太き上と聞きて また菟田の
国見岳に往きて 登美の長髓彦に面合せなし
き ここに斯羅人国の王主 ユグトブブル
将 ケシビビヤム コウルトトウブ 論らウ
 如何に覇精高の長 汝ハ世経るに何以て楽
しむ 答ゑけらく 己れハ天津神 国津神の
訓り伝て以 世経り楽しむ 然すかハ楽しみ
と云ならず 統べなウ人ハ其の家を異ふり
衣を異ふり 食を異ふるからに楽しきなり
こハ常並めなすものなり そがの上に載らで
ハ益良男の心得難てにこそあれ 汝命よ 奴
が心伝てに足し取らにヤ と云 故 登美彦
答エけらく 其の心伝てハ如何そもヤ と云
 汝命ハ覇精高の上と云ハ 何の故に斯くハ
云ぞ ここに登美の長髓彦の命 心思ウに
国津神の子とウハ辱かしとて偽りて 奴ハ天
津神の御子 天照国照彦天火之明玉饒速日の
命の御裔なり と云 殊別けに伊勢の度会の
再見手にいゑらく これの登美彦の遠津祖ハ
八十禍津日の命の三代の御子 禍津虚張の神
の二十一代の御子 その時の皇ら命 十六代
の天津御子の命の知らしませる時に 越の国
の亘理にありて 種々に国悪じ事をなす 故
 天津御子の命 聞こし召さしたまイて 明
津上 火燿玉主の命を遣わして その禍津亘
理彦の命を撥につ払ゐに逐ゐたまイき 故
其の上 これの秋津根に山隠りなす 故 其
所を名張の国といウ 登美彦ハこれの長の裔
にしあれば 宇侘の覇精高の長とハ申すなり
-------------
37,3
-------------
 ここに斯羅人の王主 将ども驚きて言けら
く 天津神の裔と云御兆有りヤ と云 故
登美彦 斑鳩の峯に斎きまつる 饒速日の命
の御魂代に斎イまつる 天之羽々弓矢一つ
置靱一つを盗み取りて 斯羅人の王主 将ど
もに見せき 故 王主 将共 甚く畏れて
長髓彦を拝みまつりて申す 此ハ汝命ぞ 豊
道之原の大君に在せる 何故ヤここに困めら
てとぐしふる 故 備ふる大屋を作りて 秋
津根の現人毎の作れる水津実陸津実を これ
の家に奉らせて 親族家族に其を与エて こ
の家に仕ゑまつらしておさば 悖る者を殺し
て 己が心の随になして 朝餉 夕餉 酒盛
り 酒取りに楽しみ 現人の眉目好き女を取
りて 朝な夕なの楽しみとなさば 世に経れ
る詮にこそあれとウ また国建の 其を拒ま
ば酒饗エて殺しね と云
-------------
37,4
-------------
 故 登美彦 諾べ と云て応ウ 天津御子
 其を拒みて軍を興さば 如何に防きなさに
 そハ 奴に八千斛の種津実以て贖ゐたまわ
ば こゆ先に五十の大船に千人の軍人を入れ
て 汝命を庇ゐまつらに と云 故 登美彦
ハ 先に現人を犯し奪る所の 種津実八千斛
を入れて贖ウ 故 斯羅人国の王主 並べに
将ども これの八千斛の種津実を船々に載せ
て 然々を言て国還しなす 故 後の日に五
十の大船に 千人の兵士を入れて三木の門に
泊たす
-------------
37,5
-------------
 故 登美彦甚く喜びて【己れ人 天津御子
の命と云唱ウ】先に登美の長髓彦ハ国中に唱
ふるに 国主の長 菟田の兄猾 国主の長
磯城の兄磯城太郎 国主の長 国見の岳四郎
出来て 国内 皆 仕エまつらに と云 故
 登美の長髓彦ハ高倉山に攘ら屋を建てて
八十の禍らイを引き入れて 秋津根の国内を
己が随に謀りて 祟る業なして 現人の女の
眉目好きを多に捕らゑて楽しみとなす ここ
に系無き現人 その女に託らして 皆大伴と
なりて威猛ふ 然れど国建の訪ウに懼ぢ隠り
なす
-------------
37,6
-------------
 ここに斯羅人国の将 コウルドトウブ 登
美彦に言けらく これの建を其処に捨て置か
ば 汝 罪を受けて殺さゑなに 故 迅くに
建を酒饗エに招ぎて 毒以て殺したまゑ と
云 故 登美彦 諾 と云て 秋津根国建
久々木若武の命を酒饗エに招きまつるに 登
美彦が禍招ぎとハ知ろしめさずで 酒闌わに
秋津根建の御口ゆ 黒み血を吐きて神避りま
す 故 親族 家族集イ泣きて それの山に
葬りまつる 故 忍の御山と云

-------------
37,7
-------------
 ここに稔の飢年に現しき青人草 食物に困
めらエるを助けにと云て 国々に道別きたま
イて 天津御子の命 日嗣の御子並めに宮御
子たち 臣の上たちと共に国廻ますと聞こエ
て 登美の長髓彦楯並めずに心包みて 斯羅
人の王主 ユグトブブルに然々の由を言ふる
 故 王主申しけらく そハ吾が軍人を致し
て尽々に殺して 汝命の国となして 吾が国
の枝国となさにとウ ここに登美の長髓彦
甚く喜びて すなはち 斯羅人国の兵士に
己が従ゑる禍らイを添エて 孔々舎衛坂の西
の坂本に屯れき ここに大海津彦五瀬の命
斯かれる禍業とも小とも知ろしめさずて 青
雲の白肩の津を御発たして 孔々舍衛坂の坂
本なる 日下刀自が家に入りませに となし
たまゑるに 思イ依らぬに 坂本ゆ軍人起き
りて 射る矢雨如す 故 五瀬の命 速玉玉
之緒の命 御鉾峡山の命 別雷神眞武の命
大雷伏松の命 逸脚に走し逃げて また白肩
の河向に上りますに 登美彦 八十の兵士を
次きて追いかけ来 故 五柱の上 今ハ逃ぐ
るに由無し と云て 河向に御立たして告り
たまイつらく 戦ぶる上ハ誰そ と云 答エ
けらく 奴ハこれ 天照国照彦天津火之明饒
速日の命の裔なり 何故も汝 天津神の御子
と偽りて 吾が国に来て事ぶる と云 五瀬
の命告りたまわく それの天津御子ハ甚多な
り 汝 眞に天津神の御裔ならば 必ずしも
に その眞印物あらむ そを見まく欲りす
と云 故 長髓彦 其の天之羽々矢一つ 天
之歩靱一つを以て褒めまつる 故 そを五瀬
の命見そなイたまイて告りたまわく 汝 こ
れの神宝を持たるこそ 天津神の裔にし在ら
ぬ眞印なれ こハ吾が大御祖の命 あれの秋
津根の斑鳩の頂に 火明の命を祝ゐの御魂代
に斎きまつる御印物なり そがの上に今だに
も天津神の御裔とならば これの天之羽々矢
を突き返さに 眞ならば活きよ 虚言ならば
罷れ と云て 突き返エさにとする時に 長
髓彦が初めの子 長髓太郎進みて 奴其の矢
を受けに と云て 糟毛馬に鞍掛け乗りて
身にハ軍装を鎧イて眞先に進びき 故 五瀬
の命 それの天之羽々矢を左手に御取らして
 大腰のひきめでに突き返したまエば 其の
矢 高天之原に昇り 迅み降りて 長髓太郎
が頭の兜鉢を突き貫きて 胸原に徹りて 眞
上ゆ逆さまに落ちて死去に亡せき 故 此所
を白肩と云 ここに長髓彦甚く怒りて 兵を
走らして 五柱の上を取りみめて 四方ゆ撃
ち伏せにと云 故 五柱上ハ御佩かせる十握
剣を抜かして 目辺突き 禍らゐ弄る如に斬
り棄てたまウ時に 長髓彦が痛矢串 五瀬の
命の肱上の髓中に当たりき 然れども心縮ま
せず 禍らゐ多なすを斬り抜けたまイて そ
の川に繋げる船に跳び乗り 川瀬に棹差して
 また浪速に帰りまして告りたまイき【吾ハ
日の神の御子にしあるに 日に向きて戦ウハ
吾が罪なり 今ゆ後ハ南ゆ往き巡りて 日を
背に負イて撃たに と云て 鳥の海に至りて
 其の御手の血を洗イたまウ所を茅渟の海と
ぞ云なる】そこより巡り出まして 名草戸畔
が家に入りまして 暫し憩わせたまイき

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37,8
-------------
 【ここに速玉玉之緒の命ハこれの牧の背高
馬を取りて 赤裸馬に乗り駈けらして 日高
狭野の命の国足しませる丹波の多紀の宮に着
き 物申 と云て馬ゆ降りて息絶ゆ また馬
もくだばりぬ 故 水以て面吹き破り入るに
 息吹き出て揺蕩ウ 故 狭野の命 其の馳
使主人 速玉玉彦の命に頓事かも 迅く迅く
に と告りたまイゑば 然々を眞細けく申す
 故 狭野の命ハ 御食します秀瓮を落とし
て 大きに御驚かしたまイて】直ちに臣の上
たちに告らしたまイて 然々を東の国に国足
しに国廻ませる御父命 天津御子の命 並べ
に国々に国足しに国廻ませる天津宮御子たち
に 然々の状を言伝ての馳し使主人の上を四
方に放ちたまイて 御親らハ牧馬を取らせ眞
鞍無きに乗らし 臣の上たちも斯くなして大
伴なしに馳しき
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37,9
-------------
 先の時に名草戸自の家に五瀬の命の御入り
たまイて その矢傷に薬あひろ以て治したま
ウからに 傷も生々に癒ゑたまイき 或る夜
 夕餉の御食しに御酒を進め参イらせき 此
に酔ゐたまイて いとよく眠寝ます 故 臣
の上たち宿直ゐまして御寝ましたまイき 故
 名草戸自ハそを窺き見て 長髓彦に賄ウ心
あれば 今ハ良しとウて親族の禍らゐ人を数
多集めて 己が家を取り巻かして廻る これ
の音に目覚ましたまイて 驀らに起きて 目
見ましたまゑども 灯消ゑて文目分かで太刀
打つ音のみ聞きて身構ウに 雨ハ頻き並みて
大空いと暗かりき 斯くハ果てじ と躊躇ウ
に 雨あがりて風吹きつつ顕わる暁時なり
故 五柱の上たち共 剣の手柄握りて 何故
も吾に仇なす と云 こハ登美彦が心魂と云
て 多の禍らイ人 皆 得物を振りて高音な
して募る 五柱の上 身直しに由無しと云て
 剣を抜かして戦ゐたまウに 目潰しの間に
 禍らゐを多斬りて 名草戸自をさとがらの
そに 避き放ちたまイ 故 眞暗きに寝込ま
イつれば 五柱の上 各も各も 太刀傷を負
イき 中にも 別雷神眞武の命ハ 肩背に太
き刀傷を受けつれば 神隠りの門出と云て
禍らイ 左右の脇下に掻ゐ組み 一人ハ己が
頤に括して それの川の深瀬に落ち入りたま
イき これの時に丹波に在せる日高狭野の命
 臣の上たち共に 牧馬を馳せて此処に馳し
着きたまエば 五瀬の命 臣の上たち 皆
血塗れてあり 故 それの事を問わせたまゑ
ば 然々と告りたまイき ここに五瀬の命
その生癒ゑの矢傷 これのもがきに破れ 其
がの上に多の痛手負わしぬれば 痛み悩みた
まゑば 剣をかたふたに取らして告りたまわ
く 憂きかも 賎き奴が傷を負イて そを酬
わで生命罷らにヤ と云て 雄叫びて神去り
たまイき 故 紀の竈山に葬りまつりき

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37,10
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 ここに日高狭野の命 此所に屯れたまイき
 故 狭野の里と云 ここに仮宮を御建てた
まイて 宮御子たちの言伝てを待たしたまイ
き 幾日もあらぬに使主人のゆ 皆驚きて
日下根に参イ来 故 天津御子の命ハ陸奥の
国ゆ 臣の上たちと共に 伊勢津の多気に着
かせて 此処に屯れます 七十代 次男の宮
御子 高倉下の命ハ 无邪津海ゆ秋津根の日
下の狭野の命の屯れに 臣の上たちを率きて
帰り越す 大久米の命ハ伊勢津の多気の宮に
参出るに 天津御子の命告りたまイつらく
汝ハ此に在りてよきなし 此ハ後 臣の上と
在りて 禍らゐ逃げ越さむ備ゑとならに 汝
に副ウる臣の上たちを率きて 狭野の命と力
を合わせて敵を逐エ と告りたまイき 故
狭野の屯れに臣の上たちと共に走したまイき
 稲飯の命ハ臣の上たちを率き 八櫂船に召
さして 狭手依ゆ日下根の雄の水門に泊たし
たまイて 狭野の屯れに入りたまイき 三毛
野入野の命ハ 建依ゆ 頓船に臣の上たちと
共に 雄の水門に着かして狭野に上りたまイ
き
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37,11
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 ここに天津宮御子 四柱の上たち 各も八
十の臣の上たちを率き 狭野の屯れに集イた
まイて 御軍を熊野ゆ出したまウ時に 那賀
刀自 矢弓四郎 伊都刀自 琴五郎 海部刀
自 勝之男 これの村主 河内郎 足麿 若
八郎 松四木郎 弟 六郎 これの人共 百
ち人の現人に束ねて 参イ来て申す 長髓
斯羅人の禍者攘イまさば 奴々ハよく道長を
知れり 故 道に先立て迎つきまつらに と
云 先立ち往きなす 故 熊野の邑に出ます
に 高野に禍らイ 幾聚めり 故 千筋矢を
放つに 敵も矢放つ 故 近寄せ伐たにと云
 進み出ます時に 大きなる黒雲如煙立ち
風の随に吹き散りぬ こハ斯羅人が為す毒煙
にぞある これの煙に御軍人中りて 尽々に
衰えき 故 進み得で皆退きき

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37,12
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 故 日高狭野の命 天津神に祈みまつるに
 今夜の夢に誰そとも分かぬ人教エけらく
天之香具山の頂の埴を取り 天津平瓮八十枚
を作り 酒を満たらし 厳瓮を作りて置物を
満たらして 天津神 国津神たちに 日にハ
八か日 夜にハ七か夜 厳の呪詛諸立ち祈み
てハ 敵伏せの訓りハおのづから成り出に
語りき と見て 夢覚めぬ 故 此を宮御子
たちに然態を告り呪りまをさに と云 ここ
に宇陀の国主 弟猾参イ来て 狭野の命に申
しけらく 長髓彦ハ天津御子と偽りて ちば
やふり荒び猛びて 国人を殺る 故 奴が兄
 そに媚びて悪じなして騒エなす 故 言諫
しぬれど聞かじ 故 参イ来て申す また磯
城の国に磯城国主 八十禍らゐを入れて 天
津御子の命に抗イて謀り また高市の国の国
主 赤銅五郎 八十の禍らイを集めて悪じで
 天津御子の命たちを殺して 長髓彦を天津
御子になさにと頑狂る 故 今 天津御子の
命 香具山の埴を取らす使主人と知らハ 道
に殺さエなむ と云 命告りたまわく 汝
其の埴を取り来る謀り有らにヤ と云 有り
 と云 ここに珍彦 御側にありて 奴謀ら
に と云 ここに狭野の命告らしたまイつら
く 長髓彦【斯羅人与組む】故に種々に現人
を殺ることを為す 故 国の仇なり また兄
の仇なりと云て歌わしけらく
 瑞々し 久米の子らが
 垣下の 粟生にハ
 臭韮千々とも
 そのが茎
 そね芽繋きて
 討ちてし止まむ
 と涙ながらに歌わしたまイき 故 珍彦
弟猾ハ御心を斟みて 頓に破れ衣を着て 破
れ笠を着て 珍彦 柴負イの任人となり 弟
倉下ハ破れ衣 破れ被きを着て 柴負イの女
となりて 大道をゆたらゆたらに踏み往くに
 敵共立ち塞ぎて 御軍の窺き見人ならにと
ウて これの二人を見て 甚く嗤イて あな
醜ヤ これの柴負イ夫婦ヤ と云て道を避く
 故 その山に登り 埴を取りて 返り言ま
をす ここに狭野の命 いといと喜ばしたま
イて これの埴土を以て平瓮八十枚 天之手
抉り八十枚 厳瓮置八十箇を 御親ら作り乾
かして 岩窯の石伐り 松の焚木に燒き固め
て 丹生の川上なるむれか野に 天津大神国
津大神 斎イまつりて 呪り作り祀る また
岩窯に手抉りを置きて 餅米を炊きて飴を作
りて奉るに 神事に適イて 神勇みに勇まし
たまイき
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37,13
-------------
 これの神業終ゑて また誓約イて告りたま
わく これの厳瓮を 今 この川に流してハ
 川魚尽々に この御酒に酔イて 木の葉の
浮き流るが如ならば 吾が病み また皆人の
臥せるも 忽ちに癒エて 国に祟る禍物を平
らぎて 安国とならに と云て すなはち厳
瓮を これの丹生川に放ち流したまイき 故
 間暫しありて 大き小さき川魚浮かみ出り
てあぎたウ これの時に珍彦の命 丹生山の
五百箇眞榊を抜き取り これの祭りの置物と
奉りき
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37,14
-------------
 ここに宮御子 高倉下の命 太刀を持ちて
出越したまイて 狭野の命の病み臥せる枕辺
に立たして 剣を奉るに 頭の枕高に供ゑた
まゑば 狭野の命ハ起き立ちたまイて 病覚
めて 長睡しつるかも と告りたまイき 故
以て 御軍に唱エたまゑハ 尽々に寤めたり
き 狭野の命 その太刀を得たまイし故を問
わしたまエば 高倉下の命 御答エまをしけ
らく 己れ夢に 高天之原の大宮に参イ出る
に 天照大御神 高御産巣日の大神 二柱の
命以ちて 建甕槌の命を召さして告りたまイ
つらく 豊道之原の中津国ハ甚く騒ぎてあり
けり 吾が御子たち悩みまし居り 内の豊道
之原の国ハ 専めに汝が言向けつる国にしあ
れば 降りて言向けましね と告りたまイき
 ここに建甕槌の命 御答ゑまをしけらく
奴がれ降らずとて これの高天之原ゆ言向け
なさに またその眞証しに佐士布都の神と云
太刀を天降さに そハ 高倉下の命の在座屋
の棟を穿ちて そこゆ落とし入れに と告り
たまイて また吾に向かして告りたまわく
汝 阿佐米余久 取り持ちて 今臥す狭野の
命に授け與ゑよ と告りたまイき 故 夢し
教ふる随に 夙めて吾が倉上を見れば 眞に
大床に逆さまに立てりき こによりて これ
の剣を持ち来つ と申しき
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37,15
-------------
 またそれの時に高御産巣日の大神の御言以
て告りたまわく 天津神の御子たち 此処ゆ
奥津方に勿往き入りそ 千速振る荒ぶる頭
五月蠅如す 故 今 八咫烏を寄越せてむ
その八咫烏の発たむ後ゆ出ませ と告りたま
イき
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37,16
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 ここに天津御子たち 共に雄叫びて また
高野の聚めりに向き発たしたまウ また山の
峡ゆ 黒煙空に散らぐ 故 大久米の命 天
津大神に賜ゑりし佐士布都の剣を抜かして
左右左に打ち振らしたまエば 御剣の刃上よ
り眞風甚く吹き湧きて 禍らゐが聚む戸屋に
吹き越して 己が作れる毒み煙てに己が吹き
逆れて失せぬ 故 此処をえけ と云
-------------
37,17
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 ここに七十一代の天津御子の命 伊勢津の
多気の門より 湯の水門に乗り越したまイて
 陸道に仮宮を建て 宮御子 日嗣御子たち
を集ゑましし所を日高 と云 ここに天津御
子の命ハ 御子たち臣たち 手配りなしたま
イき 故 日嗣の御子 日高狭野の命ハ 大
久米の命 手研耳の命 中臣日之臣人の命
斎部大富人の命 弥都波若菱守の命 丹生津
帆安の命 速玉山田の命 底土照田の命 水
分久止彦の命 甕槌百合武の命 岩柝春辺の
命 手力国守の命 雷漏志の命 山背柏の命
 根柝百田の命 能登部御弓の命 斎部手之
樫の命 竜田矢俣の命 懸豊足の命 曽我部
山野の命 明玉塩凝の命 高淤迦美道振の命
 事解熊の命 武市霞別の命 磐柝坂屋の命
 これの二十六柱の上ハ宇陀の国見に向かし
て 禍なし 祟り 現人を犯す長髓彦 並べ
に そが禍らゐ人尽々に打ち殺し逐ゑ と言
依さしたまイき また先津天津御子の命の宮
御子 高倉下の命 今の御子 稲飯の命 今
の御子 三毛野入野の命 中臣道足の命 天
国戸渡の命 日別太刀柄の命 御鉾速襲の命
 白羽鳥羽の命 羽槌船持の命 下春蟹津見
の命 金山七尾谷の命 国懸八鳥の命 積羽
熊主の命 速玉鳥彦の命 宇麻志若山の命
経津櫛掛の命 児屋種土の命 斎部綾柄の命
 思金村楯の命 言代昼辺の命 大屋岩室の
命 塩椎矢房の命 剣八重田の命 これの二
十四柱の上ハ牟婁の鬼山に向かし 外津世の
毛物類ウる鬼共 吾が大御国に参イ来て 千
速振り祟る事を為す 故 これの鬼共 三木
山に屯れ居り 故 鬼共を一人も余さずで殺
し尽せ 斯く為せざれば また奴等五月蠅て
参イ越さに 外津世に走し去なば斎々しかる
べし 取り放たば 汝命たちの天津国津神に
大きなる罪にぞある と言依ざしたまイき

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37,18
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 ここに狭野の命 大久米の命 臣の上たち
共に出まさにと 各も各もに戦衣を鎧わして
 大伴の上たちに御幡を 其の 争み毎に立
て また敵毎に法螺 銅鑼 太鼓 細鼓 此
ハ軍 進み退みの音出しにある また 其の
敵毎に 押し戸を立てて事振らし 牧山の馬
を率かさまく欲ります時に 名草 日根 石
川の辺りの現し人千萬 健馬を率きて 天津
御子の命に奉りて参イまをす 奴輩も御伴に
罷らに と云 ここに狭野の命の軍整ゐて
出ます時に 花坂に至りますに 八咫烏 坂
の木に飛び来て 此方ゆ此方ゆ と囀る 故
 その八咫烏の後ゆ往きまししかば 吉野川
の川隅に網代を作りて 川魚を取りたる人
これの川魚を軍出ましの寿ぎと申して奉る
故 汝ハ如何なる者ぞ と言問イたまイき
故 奴ハ国津神 贄持の命の子 名ハ賀名生
五郎とます と申す 汝 道に迎つきて国主
 里主 村主らの心魂を知れりヤ と云 御
答ゑまをしけらく よく知りたり と云 な
らば迎つくヤ と云に 天津御子に仕エまつ
りて 国の吉さ悪しさの斯羅人類ぶすを顕わ
さに と云てこそ河原に参イつれ とまをし
き 故 日高狭野の命 然らば先立ち迎つき
まつれ と告りたまイき

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37,19
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 同じ時に 高倉下の命 稲飯の命 三毛野
入野の命 臣の上たち 共に戦装イ然々なし
て 始めに参イ来 現人 皆 御軍の伴人と
なりて また山に懸らせたまウ時に 斯羅人
とハ千々萬づに 山野のとがりとがりて聚み
居りて 矢放ち煙放ちて 痴々し稜威を見せ
て高嘯かす 故 稲飯の命 そを見て歌イた
まわく
 栗栖野見れば 夷千々人
 室戸聚みに さねたれぶれ
 縮く巻く 困み人なす
 撃ちてし止まに 撃ちてし止まに
 残り越さば 御軍押せば また 山峡ゆ
眞黒煙 空張り起こりき 故 高倉下の命
天より賜ゑりし剣 抜き振らしたまエば そ
の風逆に吹き返ゑて 斯羅人 己が災起して
皆病みぬ 故 今良し と云て 各も各も得
物以て射殺し打ち殺しなすに 八百千萬の斯
羅人 鬼山に走す 故 御軍後ゆ追イ及きま
す ここに高倉下の命 歌イたまわく
 【蝦夷人 よとり けけな人
 人ハいエども 手向かイもせずで
 縮ばむ】
 故 斯羅人共ハ 鬼山にも耐エて 三木浦
に逃げ往きき ここに丹敷刀自 常石麿 こ
れの斯羅人を助けて 天津御子に逆らウ 故
 丹敷刀自 禍らゐを殺したまイき また千
萬の斯羅人 これの海 これの山野に隠りて
縮ばむ 故 稲飯の命 御歌イたまわく
 細螺の這イ廻り こなみを多
 撃ちてし止まに 撃ちてし止まに
 ここに大雷眞島津の命 別雷神眞の命 笹
津佐原の命 速玉玉之緒の命 太玉若道の命
 児屋建泉の命 これの上たち 五瀬の命の
仇 長髓彦を撃ちてむ と云 南に廻らせた
まイて 曽根に出立たしたまウ 丹敷浦 鬼
山に隠れる斯羅人 そを窺き見て 所々に現
れて これの六柱の上たちを十重二十重に括
込みて 射る矢雨如す 故 六柱の上 逃る
道無き故に 各もに佩かせる十握の剣を抜か
しに 千萬に射る矢を潜り払わして 手近に
廻り 打ち殺し 斬り殺すに 太身丈に重な
り 首一貴人 撃ちなしたまイしかば 斯羅
人 戦痴らみ蕩みき ここに稲飯の命 三毛
野入野の命 臣の上たち 其の態を目見たま
イて 軍人を多なして 其場に走して 皆
得物を振りて 斯羅人と戦ウに 御軍 死去
ぬる者二十余り人 斯羅人との憔悴人 幾ら
かに山なす 故 皆 丹敷の隅りに走し隠り
き
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37,20
-------------
 ここに稲飯の命 御毛野入野の命 下春蟹
津見の命 太玉七尾谷の命 甕槌幸彦の命
剣八重太刀の命 これの曽根門に軍船を作り
て 海門より丹敷門に泊たせる 斯羅人の軍
船五十隻を込めて 撃たに と装ゐます時に
 斎部若道の命 赤裸馬に鞭駆け走し来て
天津宮御子に申す 吾も船作りして海中逐わ
に と云 ここに天津宮御子応ゑけらく
否 然らず 吾ハ彼が五十船の大船に 吾が
御軍船の小船六隻以ちて戦ゐて 一人余さで
皆殺しなさに と思ほゆ 斯くせば 吾どち
も息絶ゑなむ 故 汝ハ そに勿騒エそ と
云 ここに斎部若道の命 申しけらく 御子
たち 如何なれば 吾を情無く告ります 吾
も斯くぞ思イてこそ乞ゐつれ また吾をば何
人と思ずぞ 吾ハこれ 側禰の臣なれと
今ハ大海津彦五瀬の命の御身代の上なり 故
 許しね と云て装わしたまイき ここに日
ならで船備イなしたまイて 七船を建て並め
て 三木浦 丹敷浦に泊たせる其の船を見遣
りたまウに 五十隻船 一隻も後べずに 昨
日の夜さに馳せ走し去にたる状を地人申す
ここに稲飯の命 憂ゐて告りたまわく 吾が
遠津御祖ハ天津神 それの御妹ハ海津神の御
子なるに これの斯羅人ハ 天津神の大御国
に禍津奸り業を頻きて 国人を悪じなす 故
 そを陸に窘めて 皆殺しなさに と云に
如何で海路を過ごさしたまウぞヤ 迅くに疾
風を致して還さしめたまエ また御軍人ハ
其の斯羅人船還り来ハ 尽々に撃ち殺し棄て
よ 吾ハ海原を駆りて それの船を誘き還さ
に と云て 御佩かしの十握の剣を抜かし
面嵩に翳して 大海原に跳び入りたまイて
鋤持ちの神とならせたまイき 御毛野入野の
命 其処聞かして 然すかに耜持ちの神とな
らせたまウ こゆ下春蟹津見の命 太玉七尾
谷の命 甕槌幸彦の命 剣八重太刀の命 斎
部若道の命 これの五柱の上も然々に 皆
海原に飛び入りたまイて 鋤持ちの神となら
せたまイき
-------------
37,21
-------------
 ここに翌の暁に南西風甚く吹きて 山如し
浪起きりて 人の家を吹き倒す如なすに 御
軍船沖中に居ら得で 遂に大乃島の風後に船
隠しなす 間暫しありて朝明時に その逃げ
走す斯羅人船五十隻西北風に吹き避かゑて
これの沖津に漂らく見れば 船の後辺ゆ八尋
鰐七匹 己が頭にかそかをい垂らして攻め来
 ここに御軍船 山なし浪を起し越して 斯
羅人船に飛み入りて 当たるを得て斬り倒し
蹴え殺しなすに 彼の八尋鰐の大口以て 船
底を尽々に咋ゐ破れば 五十隻の斯羅人船
皆 潮込みて 斯羅人も御軍人も尽々に溺ぼ
す ここに御軍船の将軍 能登部水門足の命
 国懸矢取の命 宇麻志若山の命 沖疎瀬之
上の命 甕槌幸彦の命 積羽若菱守の命 斎
部櫛山の命 各もの船の舳に御立たしたまイ
て 清や御幣を振らしとても これの海原に
溺ぼらば はしらばウ斯羅人を尽々に補りて
 海原に打ち込みて 潔に吾に続きて浪伏し
なせ と云て 将軍たち各も各も海原に飛入
りたまエば 御軍人そを見て 尽々に海原に
飛み入りき ここに数々の島ありて 将軍
御軍の兵人 皆 これの島に在り溺ぼる人無
くでありき 故 それの島動きて 磯辺に流
れ来て 将軍 また御軍の兵 皆心進びて
陸に上がり立たしましき 故 其処を周参見
と云 またその島を見れば 皆鰐の背なりき
 故 これの周参見に耜持ちの神を斎ゐ祀り
て すさゐの大神と申す
 上津文 三十七の綴り完エ

-------------
38,1
-------------
 上津文 三十八の綴り
 ここに天津日嗣の御子 日高狭野の命 八
咫烏の導きに 贄持の命の子 加名生五郎に
向かつかし出ませば 尾有る人 井の中ゆ出
来 汝ハ誰そも 何思ゐて 吾が道往きを遮
る と問わしたまゑば 奴ハ国津上なり 名
ハ井氷鹿呂と申す ここに道ふる故ハ 国の
禍人を逐イまさにと出ます と聞きて 役立
しまつらに為に参イ向く と申す 其を先立
てて 其の山に入りたまウ時に また尾有る
人 岩洞を分けて出来て 日嗣の御子 狭野
の命の前津辺に畏み保たイて物申す 故 狭
野の命 汝わなどて云者ぞと問わせたまゑば
 奴ハ磐排別の命の子 吉野六郎と申す 汝
 先立て道引くヤ 後立て道引くヤ と問わ
したまエば 先立て道引かに と申す ここ
に八咫烏来て また囀る
-------------
38,2
-------------
 故 其処ゆ踏み穿ちたまウ時に 大きなる
熊 山より出来て 其の道を遮ゑて事ふる
故 大久米の命 其の熊を捕らエて告りたま
わく 汝ハ畏き神なり 何ぞも 天津神の道
往きに横遮ウぞ 頓に山還りなせよ とウて
 放ち遣りたまエば これの熊大道走すこと
一町余り また還り嘘嘯く また往きて還り
て然々なすこと数度なす ここに大久米の命
 いと奇しと思ほさして告りたまわく 汝
御軍を頓寄せと云ヤと云ヤとて 大久米の命
 日嗣の御子 狭野の命 告りて 吾ハ熊
の尋みる随に往きてに 故 御軍ハ吾が後に
就きて尋ませたまエ と云 故 熊の尋み往
きの後ゆ 大久米の命出往きますに 続きて
狭野の命も御軍も 道往き装わし出ますに
大熊頻き並みて空嘯き口説ぶる ここに日嗣
の御子 大久米の命も 暫し佇みますに そ
の熊離けり 道脇の立て岩の上に駆け登りて
 口説ぶりつつ 逆さまに跳び下りたり 先
に 長柄の土蜘蛛猪村主 天津御子の命の斯
羅人与みなす禍まゐを逐イたまわにと出ます
 と聞きて 禍らゐを多に集めて 其の道を
掘り穿ちて 軍人を込め置き その穴上に朽
ち木を並めて その上に土塊を敷き散らし
おほし穴となし置けり そハ天津御子知ろし
めささりしかば これの大熊参ゐ来て教ゑま
をす と云 故【その大熊 巌の上ゆ逆さま
に 其の陥し穴の上に跳び降れば 其の穴遮
の朽ち木折れて その熊 陥しに嵌まりて
内なる軍人を幾らと無く掻き殺しき】こハ五
瀬の命の隠り業のあな畏こと 皆人毎に問ウ
 故 此処を莵田の穿と云

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38,3
-------------
 ここに狭野の命 中臣道之臣人の命に告り
たまわく 直ちに軍を進びむか また 憩わ
むか とウ 吾 先づ 此処ゆ 謀りてに
と申す 宜べ と云 故 中臣道之臣人の命
 使主人の上 事勝主別の命を遣りて莵田の
国主 兄猾 弟猾を召さしたまイき 故 兄
猾参ウ来ず 弟猾参ウけり 故 道之臣人の
命 汝ハ如何に備ウる 御答ゑ申しけらく
奴ハ天津神の命に違わじ 奴が兄 兄猾 天
津神の命に悖ふる そハ天津神の御子 これ
の国の斯羅人与む禍者を 神逐イに逐イたま
わに と云て出ます と聞き 兵を以て戦ゐ
伏せまつらにとて 軍人を集エども 現人皆
云 奴々ハ天津神の御子の大命にハ違わじ
斯羅人与む長髓彦が言にハ従わじ と云 参
イ集まらず こに依りて益す頑狂れる心を励
げて 天津日嗣の御子を殺しまつらにと悪じ
りて 俄に大屋戸を作り その殿内に押し梁
を作り下げ 天津神の御子を待ち討たむと構
ウ 故 顕わしまをす と申す ここに天津
神の御子 大久米の命 道之臣人の命 斎部
の命たち 共謀りたまイて 底土照田の命
岩柝春蒔の命 二柱の上たちに言依さし遣わ
したまゐき 故 二柱の命 出往きたまイき
 ここに兄猾参イ来てまをす 奴 新殿を作
りて 天津神の御子を迎ゑまつりて 御饗エ
まつらに と 此処 参イ越しつ とまをす
 ここに二柱の上 兄猾がその言問ゑる状
表面の和やかで眼暗を見利きたまイて 眞に
弟猾が申せる如に 悪じ心なす兄猾と云て
二柱の上怒り面火照らして 汝ハ日高の御子
を冦ウ心魂にて 表飾る面言を吐く また眼
闇なすハ心魂悪しなすなり 故 己が作る室
屋にハ 己が座なして坐せとて 剣の手柄取
り縛りて 怒り猛びて追ゐ入れましき 故
否ふるに由無くて 其の室内に入りて その
押機に屈まれて死去にき 故 それの屍を引
き出て 斬り散りたまイき 其が血繋り流れ
て踵を入るばかりなす 故 此所を血原とい
ウ ここに弟猾ハ 兄 兄猾の分々屍に縋り
泣きて 虚世なり 然さ 男連らゑて遠津御
祖の継々 ここに在れかし と云て 兄 兄
猾が子 猾太郎を家継きとなして 家立たし
たまゑ と申す 故 天津神の御子 宜べ
と云たまイき 故 ここに弟猾 また其の妻
 天津上に大御饗を奉り また濁酒と清酒と
致して 酒菜に 伊勢津海に取れる鰭の広物
 鰭の狭物 沖津藻菜 辺津藻菜 これの莵
田に取れる川の川魚 また山菜 野菜以て御
饗エまつるに 天津神の御子告りたまわく
吾が役立しならず 皆 将軍 軍人たちの功
なり と云て その弟猾が供エ奉る大御饗を
 軍の諸人に賜ゐて御歌イたまわく
 莵田の高城に 鴫羂張る
 我が待つよ 鴫ハ羅らず
 いさくわし 鷹鳥い寄り
 前妻 肴乞さハ 立そばの
 実の無げくを
 幾許ひえね 後妻が 肴乞ハさハ
 いちさかき 実の多けくも
 幾許ひえね
 エエしヤこしヤ ああしヤくしヤ
 こハ いごのふぞ
-------------
38,4
-------------
 ここゆ天津神の御子 大久米の命 中臣道
之臣人の命 太玉大富の命 並べに臣の上た
ち 大伴の長たち 軍の兵たち 皆出まして
 莵田の十市に出ます時に 十市国主 兄磯
城麿 弟磯城三郎 八十の禍らゐを率て 女
手坂にハ女の軍人を置き 弓手坂にハ男の軍
人を置き また大道 小道の道筋を狭掘りて
 赫炭を起こして敷き並めて 其奥の岩洞に
敷き聚めり 故 此所を磐余 と云 これの
道狭く 険しくで 御軍進むに道無し 故
天津神の御子 太玉若道の命に仰せて 天津
呪りの神呪りをなさしめたまエハ 天津大神
御告りて告りたまわく 先づ八咫烏を遣りて
 弟磯城四郎を召して謀れ と告りたまイき
 故 八咫烏を遣イて使主人せしむるに こ
れの八咫烏飛び往きて 兄磯城太郎が営の門
木に羽繕りて かあこかあこ いざわいざわ
 と語りき ここに兄磯城太郎 その鳴くを
聞きて 腹掻き罵りて 何故も妬ましくも
斯く音鳴く と云て 弓引き擬なイて放つ矢
逸れて 烏飛び去り その子 若磯城郎が待
つびし室に射入れて 若磯城郎を射殺したり
き ここにまた八咫烏 弟磯城が家の棟に下
りて また かあこかあこ いざわいざわ
と語りき ここに弟磯城四郎 これの鳴く声
の畏きを聞き懼れて 八平手を拍ちて 天津
神の御子を拝みまつらに と云て 鳥の隨に
隠り道ゆ潜き抜けて参ウ来 ここに天津神の
御子告りたまわくハ 如何に事ふる と告り
たまエば 奴ハ去にし世に従ゐまつらに 奴
が兄 兄磯城太郎 天津神言に服わで 斯羅
人の言に睦び侍りぬ と申す また告りたま
わく 其の将ハ幾ら と云 弟磯城四郎
御答ゑ申しけらく 斯羅人に言なウ大将ハ登
美の長髓彦 こハ国見の岳に百千の禍ら 共
に聚めり 次にハ兄倉下 弟倉下 こハ高倉
山に百八十の禍らゐを押さゑり その次にハ
赤銅三郎 こハ吉野 さたきに 八十の兵張
りて聚めり これに聚める禍者悪じなして
迫く険しき所を恃みて 天津神の御子に逆ら
イ伐たむことを謀りて聚めり と申す
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38,5
-------------
 ここに宇麻志眞手の命 御身に蓑笠を着て
 秀鍬を肩掛けにして参ウ来て 天津神の御
子に見エに と云 ここに太玉大富の命参イ
迎ゑて 汝命ハ如何なる上に坐すぞ 答エけ
らく 吾ハ天津神の子なり と云 そハ如何
なる神の御裔にましますぞ と云 こハ天照
国照彦櫛明玉饒速日の命の裔 宇麻志速日の
命 これの覇精高 登美の長髓彦が妹 炊屋
姫 またの名ハ鳥見屋姫に御婚イて その腹
の子 名ハ宇麻志眞手の命と申す 今 此処
に参ウ来る故ハ 伯父の長髓彦謀りて 天津
眞印の 吾が佩ける太刀を乞ゐつれども 吾
肯べぜず 此に因りて 吾を殺さむと謀る
故 頑狂れて 山奥に隠るに 今 天津御子
 斯羅人ことぶる禍らイを逐らゐたまウと聞
きて 参イ越し来 故 吾 天津神の御子に
力を添ゑて 大御国の穢れを逐らわに と申
す ここに日高狭野の命 これの上を甚く褒
めて愛でたまイき

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38,6
-------------
 ここに臣の上 速玉山田の命 山背柏の命
参イ出て申す 奴 今朝の暁時に 御空をき
と見まをすに たウの山の頂ゆ 火丹色の雲
立ちて中津空なす ここに四方ゆ黒き雲の起
こりて 火丹色雲を隠す 故 これの戦 い
と心無し こハ前に仇あるのみならて 後辺
に禍人遮ウ と思エりと云 故 天津日嗣
狭野の命 中臣道之臣人の命 斎部大富の命
 これのの告りためを思イ議りたまイて告り
たまわく こハ二柱の上の告り言虚無し 故
 いづれの上を遣り これの状を見明かさむ
 と告りたまイき ここに積羽若菱守の命
吾往きて 明し暗しを見て越さね と云 故
 宜べ と云
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38,7
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 ここに積羽若菱守の命 軍衣を着込みて
鉢瓮を甲せず また矢避け衣も鎧わずで そ
がの上 華き衣を打ち掛けて 牧馬の背高馬
に跨がり 後辺の山駆けり野駆けり 睨り
見聞き見て 返り言申したまウ 層富の郡の
波多多の刀自 新城三郎あり これの任人八
十百の禍らイを率きて 西の山の上に屯る
また和珥坂の居勢の村主亀之子六郎 これ
の任人 百八十の禍らイを込めて 背の南の
山谷に隠れ聚む また臍見の長柄の村主 猪
之子四郎 これの任人八十百の禍らイ人を集
めて 背の北の山峡に並めし居り これの三
処の土蜘蛛 皆 登美彦が言なウ悪じ人なり
 また高尾張の土蜘蛛 砂魚八郎 砂魚九郎
 これの兄弟の悪じ人ハ その躯ハ常人に半
ばして小さくあれど 手と脚とハ常人に比エ
て長し 故 時の人 夷蜘蛛と云 これ 兄
弟 手脚長ければ 手力もまた人に超エたり
き こにより 己が稜威を振りて 禍らイ数
多集めて 己が心の随にととり悪じなす 故
 此度 登美の長髓彦 これの兄弟に賄みて
 天津神の御子を殺さむと謀る 故 宜べ
と云て 南と西との隅に聚めり これの四の
屯れハ 禍ら人皆健く強し こハ登美彦が唱
ウ禍らゐなり 故 こハ 内ハ登美彦 兄磯
城太郎 兄倉下 弟倉下 赤銅三郎 これの
四人の禍らゐ 千萬の禍らイ以て押し また
丹敷三郎 亀之子六郎 猪之子四郎 砂魚八
郎 砂魚九郎 これの五人の悪じ人 八百の
禍らゐ以て 外津ゆ挾みて一共に御軍を討ち
滅さに と云て構ウ と申す

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38,8
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 ここに天津御子 いと可笑し と云て 御
歌詠みたまわく
 禍坂の奴室屋に 人多に
 入り居りとも
 人多に来入り居りとも
 瑞々し 久米の子らが
 頭槌い 石槌い持ち
 撃ちてし止まに
 と歌イたまイき
-------------
38,9
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 故 中臣道之臣人の命 斎部大富の命 共
に謀りたまイて ここに宇麻志眞手の命に告
りたまわく 汝 命ヤ 吾ハ今 ここに困め
らる そハ四方に仇あり 卵の如囲まる 故
 吾を助けなす謀り有りヤ と云 故 宇麻
志眞手の命 御答エ申しけらく 吾 謀り有
り と云 如何なる謀りヤ と云 答ゑ問ウ
 吾が佩ける太刀ハ天津御璽の神宝なり こ
を乞イしに肯せであれば 吾を殺さにと謀る
 故 今 登美彦に これの太刀を贖イなば
 登美彦服ゐて 吾を養さむ 故 その隙を
見ば 首刺して殺し棄てに と云 故 天津
神の御子 宜べ と云て 太玉大富の命を添
エて告りたまわく 吾 親らに 国見の岳に
向かイて押さむ時に 鳴り鏑を其の室戸に射
入れに 故 その時に二柱の上 違ゑずに撃
ちてよ と告りたまイき
-------------
38,10
-------------
 また中臣道之臣人の命に告りたまわく こ
れの忍坂の屯れハ 兄磯城太郎 また兄倉下
 弟倉下 これのまがたハ千萬の軍人を集エ
て共る こハ皆強くて当たり得難にあり 故
 こを滅ぼす謀り有りヤ と云
御答ゑけらく 有り と云 如何にヤ と云
 然々なす と云 宜べとて言依さしたまイ
き 積羽若菱守の命 速玉山田の命に 汝上
たちハこれのさたきに食める赤銅三郎を撃た
む謀り有りヤ と云 答エけらく 有り と
云 故 言依さしたまイき また水分畑彦の
命にハ 層富の郡 波多多の刀自 新城三郎
が屯る背の西の山の上に向かして 尽々打ち
殺し棄てよ また服ゐて参イ降らば そを勿
 殺しそ と告りたまイき こハ莵田の十市
に火燿し上がらば撃て 未だに其無きハ居ら
え と告りたまイき また甕槌百合武の命ハ
 丸邇坂の居勢の村主 亀之子六郎が屯る後
辺なる南の山谷の辺に 向かして然々に ま
た岩柝春蒔の命ハ 臍見の長柄の村主 猪之
子四郎が屯る後辺なす北山の山峡に向かして
然々に 手力国守の命 雷漏の命 これの上
たちハ 高尾張の土蜘蛛 砂魚八郎 砂魚九
郎が屯る 後態の南西の西北方のくく山に向
かして然々に 故 天津神の御子のみま印ハ
 大御幡眞差しに 日と月との御象打ちたる
 上乳の大横貫きの鈴提げを振らし立て ま
千幡を八群になし 伊吹きをそらかし 垂り
貫きを緒締めさして 軍置きなす また将
軍 並べに臣の上たちハ その家の眞印に幡
立て八並め 布垂れ差しを翳さして いと綺
羅びに軍出たまイき ここに中臣道之臣人の
命ハ天津宮御子 手研耳の命に申したまわく
 これの戦の其の敵いと強くで 寄せ難てに
あり こにより思ゐ謀りあり 如何に御身を
焦がして御国の穢れを祓イたまわにヤ と云
に 宜べなイたまイき 故 また 椎根津彦
ハ威猛の上なり と云て 召さしたまイき
-------------
38,11
-------------
 故 椎根津彦の命参イ来 ここに中臣の命
告りたまわく 汝ハ猛き上なり これの忍坂
の軍敵いと強くで 寄すべの状なり 如何に
してか寄せに と云 答ゑけらく 彼の女手
坂の女軍に 我が男軍以て駆けなば 仇 其
の女軍を救わにとて それの炭火を守る男軍
 其の燿り火守りを棄てて 皆女手坂救わむ
 故 その隙に吾が女軍に【莵田川の水を取
らしめて忍坂の炭火に注ぎ消して 直ちに忍
坂の慮の外に出ば 仇の禍らイ ここに破れ
む事決し】と云
-------------
38,12
-------------
 故 中臣の命 手研耳の命に申したまわく
 これの仇強くして事ぶる 故 密かの謀り
ハ 先づ登美彦に罪を贖ウ と言て 命を奥
津喪戸に押し込めて 人犠と云て出し また
酒と肴を多なして 贖津物に兄磯城太郎に賄
なわば 兄磯城太郎 心蕩ゆなして 吾に饗
エせむ 其の状を見ば 椎根津彦の命ハ頓に
女手坂に掛かり 然々に勤しめ また その
酒盛り闌に当たらむ時ハ 彼の兄磯城太郎去
ね難てにならむ そを見ば 吾立ちて舞イ歌
わに 其の声を命聞こし召さば 喪戸を破り
て出たまイて 兄磯城太郎を刺させたまゑ
また椎根津彦の命ハ其の謀りをなして【一連
に興りせよ撃てよ】命と吾とハ内ゆ撃ち出ら
に と告りたまイき 故 中臣道之臣人の命
 手研耳の命を奥津喪戸に載せて 眼先に提
して贖ウに 兄磯城太郎宜べなエて 然々に
供ウ時に 彼酔いて躊躇ウを見て 道之臣人
の命立ち出り舞イて 声高に歌イたまわく
 忍坂の大室屋に【人犠を奉り居りとも
 人犠を奉り居りとも】
 瑞々し 久米の子らが
 原垣に頭椎い持ち 原垣に石椎い持ち
 撃ちてし止まに
 これの歌イを聞こし召して 手研耳の命ハ
それの喪屋を蹴エ崩しまして 御佩かせる八
握剣を抜きて 兄磯城太郎が首を打ち斬りた
まエば 中臣の命 御太刀を抜がして 共に
内ゆ斬り付け出るに 椎根津彦ハ外津の仇共
と戦ゐ 御軍人多々に 仇人百千に戦ゐて
皆 御軍に斬り立てられて 忍坂室屋火とな
り 尽々に滅び失せき 故 御軍人皆歌イき
 今ハよ 今ハよ ああしヤを
 いまだにも 吾児よ いまだにも
 吾子よ 吾子よ ええしヤを
 天津神の御子 歌詠みたまわく
 楯並めて 伊那佐の山の 木の間よも
 い往き守らゐ 戦ゑば 吾 早飢ぬよ
 島津鳥 鵜飼ゐが徒よ 今 助けに来
 ね
 ね
-------------
38,13
-------------
 これの時に 積羽若菱守の命 速玉矢俣の
命ハ 吉野さたきの土蜘蛛 赤銅三郎が聚群
を向かし出ますに 赤銅三郎謀りて 道も狭
に柴焚き木を伏せて その御軍の屯れに近寄
せて 相ゐ向きて睨り合いなす頃しもに 南
風頻りに吹き来けり 故 赤銅三郎 今こそ
得手なり と云て その焚木に火鑚るに 其
の火 御空を焦がしせり 南風に吹かれて
御軍の屯れの山野に火熾りて 御軍人甚く悩
みて息嘯なす 故 将軍 積羽若菱守の命
速玉矢俣の命 その火吹きの火先に御立たし
たまイて 布垂れ幣を取り振らして 呪じ訓
りなして 左振り右振りて神業に仕エまつる
に 御空焦がす炎忽ちに後返エて 西北風
北風となりて 其の炎 禍らゐが屯れを追ゐ
焼きて 数多の兵皆傷つく 故 御軍人 得
物以て禍らゐを撃ち殺し棄てき 禍らゐ物人
 赤銅四郎 吉野の川深谷に忍び屈むを引き
出て その首を斬りてたまイき 故 此処を
くびき と言
-------------
38,14
-------------
 これの時に 十津山に構ウる女軍人の屯れ
を撃たにとて 目指すに 忍坂に炎手の空燿
なすを目当てなして 水分幡日の命ハ御軍を
揃わして 西山に高嶺指しに向かわしたまイ
き 甕槌百合武の命ハ御軍を揃ゑて 南の山
谷に高嶺指しに向かわしたまゐ 岩柝春蒔の
命ハ御軍を揃ゑて 北の山峡に高嶺指しに向
かわしたまゐ 手力国守の命ハ御軍を揃ゑて
 南西の隅に高嶺指しに向かわしたまゐき
これの四所の土蜘蛛を撃ちたまわにと 将軍
の御出ましを それの屯れに屈連ろイなす現
人 窺き見て尽々に物言 そハ己とちハ皆神
の御裔なり 何故も悪じに斯羅人国に言ふる
登美彦が言に諛ゐて 天津御子に叛きまつら
にヤ と云て 禍らゐ人と聞こエつる現人
皆寄りて その物人の新城三郎が足座なすそ
の家に 四方ゆ火鑚り来て その室を焼き立
つるに 物人 新城四郎 得も堪ゑで 裏な
す門ゆ潜き逃れて走すに 現人 吉野の広麿
 竹以て作れる弓に 篠矢付けたるを引き擬
いて放つ矢 層富の郡 波多多刀自 新城四
郎が後頭ゆ 面の左眼を矢抜きて倒れ伏すを
 嵩なりに太刀を抜きて 首を斬りて 其の
頭矢通りを持ち来て 水分幡彦の命に 然々
と言て罪を贖ウ 故 甚く賞めたまイて 広
麿に広九郎の上と云名を下したまイき

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38,15
-------------
 故 南山の屯れも然々に 内ゆ軍崩れて
其の物人 亀之子六郎を現人 皆に皆に 得
物を振り撃たむ と云に 東を指して亀之子
六郎 またこれが大伴共ら十二人 皆 馬に
乗りて逃げ走すに 何とかヤありけに亀之子
六郎が乗りたる健駒 後脚を踏み折り 後さ
まに転び落つるを 大伴の禍らゐ十二人馬ゆ
飛びて 亀之子六郎を抱かゑて 馬召しにな
さに と云て もだる程暫しあれば その隙
に現人皆走し着きて 得も応エで 和珥の居
勢の村主 亀之子六郎 並べに大伴の禍らゐ
十二人 尽々に撃ち殺して 其の首を持て来
て 甕槌百合武の命に捧げて申す 奴々ハ本
より これの禍者に縮ばむ者ならねど 今日
までハ 彼いと強くして 中に彼に悖り 斯
羅人に悖れば 登美彦 其の罪を負ウせて
其の人を得殺す 故 皆屈み世なす 今 天
津御子 並べに臣の上たち 登美彦を逐イま
すと聞きて 各も各もに力得て 斯くぞ為し
 罪を贖ウ とまをす 故 百合武の命 告
りたまわく そハ奴等が罪ならず と賞めた
まイて 皆の現人に酒と肴を賜イき
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38,16
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 また 北山峡の屯れの軍人も皆然々に 其
の物人の室屋を取り巻き 四方ゆ弓を引き
臍見の長柄の村主 猪之子四郎 並べ それ
が家族二十余り 皆 射殺して 岩柝春蒔の
命 然々 と云て 罪を贖ウ 故 現人たち
を甚く賞めたまイて 鰭の広物 八塚に積み
足らし また楮布以て裂れる太御幣を 八嵩
に衝き立てて賞でたまゐき
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38,17
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 また南西の隅の屯れ 八百千の軍人も然々
に為すを 砂子魚八郎 砂子魚九郎 並べに
大伴の禍らゐ人二十余り人 これの現人が軍
叛るを聞きて 室戸を己づからに火鑚りて
飛ばし出て 己が屯れの軍人に撃ちかかれる
を 軍の現人口々に 汝ハ斯羅人軍か 奴々
ハ官軍なり と云て 得物以て喚くに 砂子
魚八郎 砂子魚九郎 並べに大伴の禍ら二十
余り人逸脚に 高尾張の山背の岩洞隠れて
その前面に葛麻を練りて網となして 八重引
きに引き渡して 其の網に掛かる現人ば内よ
り長鉾以て貫き殺す 故 八百の現人得寄せ
で困る ここに手力国守の命馳せ来て その
詳らを聞こしめすに然々申す 故 思イ謀り
たまイて 御子の家継きの御子の上 手力鐸
の命 次男の御子 手力健身の命に 汝 こ
れの土蜘蛛がはめる岩洞を打ち崩して 物人
を撃て と告りたまイき ここに二柱の御子
の上 其の岩洞を見そなイたまウに これの
岩立ち二尋を廻むる 故 二柱の上 其の岩
の上に巡り立たして それの岩嵩に登りたま
イて 高音叫びに蹴え散ららたまウ その岩
二つ裂けたり 故 土蜘蛛ら堪エで走すに
己が張れる網に掛りて悩むを 現人 得物以
て撃ち殺し棄てたり ここに砂子魚八郎 砂
子魚九郎ハ その網を潜き逃れて逃げに と
云に 手力国守の命 これの禍ら物人の砂子
魚八郎を 足下に踏み敷き殺して 砂子魚九
郎を攫みて それが頭首を手握抜きそび抜き
殺し棄てき 故 此に屯る現人 皆喜びて御
饗エまつる 故 国守の命 これの現人に楮
布の大御幣を賜イき
-------------
38,18
-------------
 同じ忍坂に火燿なす時に 天津神の御子
大久米の命 大伴の長たち 百千の御軍人を
率きて 国見の岳の登美彦が屯れに駆けて
挑み戦ゐたまウに 初めに掛りし登美彦が軍
人 皆散々になりて逃げ走す これの時に天
津神の御子 その佩かせる鳴り鏑矢を 室戸
に射入れたまゑば 宇麻志眞手の命 太玉大
富の命 御佩かせる十握の剣を抜かして 登
美の長髓彦を責めて告りたまわく 汝わ吾が
御祖の御印の天之羽々弓 天之羽々矢を以て
 己が心随に 己れ天津神の裔と現しき青人
草を偽り これの生駒の宮代の神実代を盗み
取りて唱ぶり また吾が御祖の神実奪イ そ
がの上 吾を殺さにとなし また斯羅人の悪
じ事に事ぶり 国の穢れをなし また天津御
子の命を撃ちて これの豊道之原を奪わにと
謀りて 斯羅人を依し人となす 故 天津大
神の御怒りて 罪いと深し これの豊道之原
に入るべにあらず 故 吾に大御言依ざした
まイき 然れば 吾が為にハ 伯父にしあれ
ど 天津神に罪なウからに 贖ウ由無し 故
 吾 御手を下して誅せにヤ と言 ここに
長髓彦 そハ奴が罪深し 故 必ず 勿 御
手を下ろしそ 奴自らに縊れ死去なに と言
 直ちに縊れ死去にき これの登美彦と云ハ
外津世人に親しむ時の名なり 故 こを以て
長髓彦を登美彦とぞ言なる
-------------
38,19
-------------
 彼の時に 太玉大富の命 登美彦が親族家
族を攘わに と雄叫びに猛びたまエば これ
の禍らゐ 命を撃たにと取り巻くに 頭椎ゐ
を抜きて 皆に皆に斬り倒したまイき
彼の時に天津神の御子 大久米の命 大伴の
長たち 軍人たち 皆得物以て 向か巻き人
を尽々に斬り殺し 撃ち殺し棄てたまイ 逃
げ人ハ尽々に助け放ちたまイき ここに登美
彦が七男の子 髓田輪之男郎ハ 室屋の脇戸
を潜き抜けて 南に逃げ走す 故 大伴の上
 そを捕らエ括して 御前に引きづりき 故
 二柱の上見そなわして 神直びに御直し
罪祓イて御許したまゐて 生命を取らで放ち
たまイき ここに天津神の御子 大久米の命
 中臣道之臣人の命 太玉大富の命 臣の上
たち 大伴の長たち 御軍人たち 共 引き
上がりて 国内に唱ゑたまエば 国柄穏ぶる
 故 日高の宮に返り言まをしたまイき
-------------
38,20
-------------
 これの同じ時に 牟婁の斯羅人向かしの将
軍 高倉下の命 こも斯羅人逐イの返り言を
然々に 其の稲飯の命 三毛野入野の命 五
臣の上たち 鋤持ちの神とならせたまイて
外津世人を皆殺しになせし状を 詳さに告り
上げたまゐき

-------------
38,21
-------------
 故 それの牟婁に新宮を建てて 稲飯の命
 三毛野入野の命 下春蟹津見の命 太玉七
尾谷の命 甕椎幸彦の命 剣八重太刀の命
斎部別道の命 これの七柱の神を斎ゐ祀りて
 海津の大神と斎きまつる 故 此所を和田
津と言
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38,22
-------------
 天津御子の命 日嗣の宮御子に告りたまイ
て 国平け終エつる国に 国廻まさに と言
て 高倉下の命 大久米の命 高津上たち
臣の上たちを率かして 牟婁に出ましき こ
こに御軍に侍らウ現人 皆 到りて祝きまつ
る ここに天津御子の命 更に 臣の上たち
を召さしき 故 表春楮緒玉の命 息長岡玉
の命 天国戸渡の命 思金村立の命 弥都波
菱守の命 児屋竹取彦の命 御桙峡山の命
中臣道之臣人の命 斎部大富人の命 また高
津上 明津上 清津上 厳上 並上たちに告
りたまわく これの国内の人共 御軍人にあ
り 勤労ぎ 己が生命を捨てて業ぶりなすか
らに 禍人を逐イて穏び世なす こハ国内の
青人草 功にこそあれ 故 此を以て 現人
 皆に賞めに と言 それの役に 国の建ハ
 臣の上たち 御齢五十つを以て成して 言
触れ なをに現人ハ 皆に齢五十を以て村主
となし 齢六十を以て戸主となし 齢七十を
以て里主となし 齢八十を以て国主となし
齢九十ゆ臣の上代と称ゑ 覇精高の上も斯く
備ゑなせ また年若に功有るハ それの齢
五年 七年を賜ゐて賞めたまイき 故 これ
の牟婁野太く喜びて 天津御子の命に賀楽を
奉り 国内歌ゐ歓きなす こよりまた 吉野
に出たまゐ これの国内も 其ゆ宇陀に出
皆然々に また宇治に廻らしたまイ 其ゆ
国の小国毎に出往きたまゐ それの現人毎に
然々 賞めたまエば 国内穏びて安国なす
 上津文 三十八の綴り 完エ

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39,1
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 上津文 三十九の綴り
 ここに高千穂の大宮に天津御子の命 宮御
子の上たち 高津上たち 明津上たち 並べ
に臣の上たち 共に これの飢え年に現しき
青人草を助けに と云て 国足しに御往きた
まウ時に 秋津根の覇精高 長髓彦 斯羅人
と呆けて 国に禍津事を為し奸るからに 国
の現人 皆 屈み世なして 皆泣くと聞こし
めして これの国平けと言て 宮の日嗣の御
子 五瀬の命御出ましを 悪じ人障エて こ
れの御子を殺しまつり また国の建をも殺し
つと聞こえて 宮守に任ぎまつる高津上たち
 臣の上たち 共に御心辺を促したまウ時に
 手研耳の命 陸ゆ御還りたまイき ここに
臣たち目見エたまウに いと捗々しき事無く
で 唯に震イ慄きます ここに臣たち いと
怪しとて 賀詞も奉らさりき これの時 日
嗣御子 神渟名川耳の命ハ 御母の命と御兄
弟の命と 直入の大宮に渡らせたまイき 故
 手研耳の命ハ これの宮に入りたまイき
高千穂記 出雲記 常陸記 越記 皆 言
らく 先に日高狭野の命 阿蘇の覇精高の上
 阿多の小椅の命 妹 小阿多姫の命の御子
 阿比良野姫の命に通わせたまイて 生れま
せる御子の御名ハ手研耳の命 次に岐須耳の
命 これの二柱の御子生れませる故に 後に
向妻とならせたまイき
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39,2
-------------
 それの時 宮御子 大久米の命 日高狭野
の命に告り言ちけらく 汝命の妃とならむ娘
 これの臼杵の伊須気の村に在り 故 召さ
しめよと言 狭野の命 御答エ申しけらく
吾が心隨に妃召しなしてハ 遠津御祖の神言
に違イて 良ず と申しき 故 大久米の命
 然ならず 此ぞ神言にある そハ七十代の
天津御子の命 大国小和田の命の御娘 勢夜
陀多良姫の命 これの姫 常並めに遙かに秀
れたまイて 眉目美かりき 故 これの姫に
 こ 夜毎に通わせたまイて 産しめたまエ
る御子にぞある 御名ハ余理姫の命と申す
御子を生しまつれども 御妾にも召されませ
ず故に 甚恥し と言て これの娘を抱きて
山隠りたまイき 故 これの娘の御名を伊須
気余理姫の命と言 此も 御母の命に眉目容
姿秀れたまイ 御心も神心なす 故 見たま
ゐ 触れたまエ と言
-------------
39,3
-------------
 ここに臼杵の伊須気野に御遊びたまウ時に
 七媛女 其処に遊べり 余理姫の命もそれ
の中に遊び居りき 故 大久米の命 狭野の
命に後手ゆばして 競べ歌イけらく
 臼杵の伊須気広野を
 七遊ぶ 少女朋輩
 誰をし纏かに
 ここに狭野の命ハ その前立てる女こそ余
理姫に在らめ と言て 歌イたまわく
 かつかつも 弥前立てる
 兄をし纏かむ
 故 ここに大久米の命ハ 日嗣の御子の思
ほさしを 余理姫の命に言依せなさに と言
に 余理姫の命 久米の命のまさにと黥る利
目を 奇しと思ほさして歌イけらく
 【あめつつ かみのかちどり
 猿子鳥巫鳥
 何ど 裂ける利目】
 と歌イければ また 大久米の命 歌イけ
らく
 媛女に 直に逢わむと
 吾が 裂ける利目
 と歌わしたまイき 故 その少女 仕ゑま
つらむ 然れども 吾ハ申さじ 御母に申し
たまエ と言 ここに大久米の命ハ 臼杵の
伊須気に出往きたまイて 勢夜陀多良姫の命
に言向けたまゑば 陀多良姫の命 甚く喜び
て 楮の白布の太御幣物を取り添ゑまつりき
 天津日嗣の御子 日高狭野の命ハ 其の伊
須気依姫の命を妃となしたまイき
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39,4
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 ここにその夜の種々の神訓りの道宣り言
終エまつらにとする時に 日高の御子 御歌
詠みなしたまわく
 葦原の 繁こき小屋に
 萱畳 弥清敷きて
 吾が二人 寝に
 ここに御妃 御孕みたまイて 大土小土に
取りなし かむさゑに ちあきゆあきますか
らに 臼杵の大の浜に産室を御建てまさに
と言に 其の杣木 大木 小木 其の臼杵川
の河上なる渟名川の川より流れ下りき 故
此を以て産屋を御建てて 産まつる御子の御
名を 其の川に形取りて 神渟名川耳の命と
申す こハ日嗣の御子に坐すからに 大御名
ハ日高日子波限建鵜葺草葺不合 七十四代彦
の命 後の御名ハ 天邇芸志国邇芸志天津日
高日子波限建神大倭大磐余彦火々出見の命
と申す 次に日子八井耳の命 次に神八井耳
の命 合わせて五柱の彦御子生れましき こ
れの宮御子内に 五男の御子ぞ 天の下知ろ
しめす
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39,5
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 ここに手研耳の命 これの直入の宮に入り
まつるに 秋津根の戦ハ今最中なる そを棄
てて宮帰りますことの訝しく 弟の宮御子た
ち集イて 其の事を問わすに 告らし言なま
めけり 御母の阿比良野媛の命の神避りたま
イて それの御骸無くて その御髪毛と御手
の指と残り 跡徒き状を詳さに物事告りたま
ゑども 御嘆きませるも無くて 頓に宮御子
たちを嘯きて睨りたまイ こは甚奇し と言
ども 術無み得ずでありき ここに御妃の命
の大屋窓に 手研耳の命 夜な夜なに通わせ
たまイて 御妃の命を淫けまつらに と事ぶ
る
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39,6
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 ここに御妃の命 いとも御身を悩ましたま
ゐて 御子たちに これの態を現さに と言
て 歌イ泣きたまわく
 【雨偶ウ 雲立ち渡る 祖母山よ
 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす】
 御涙を忍しまして 歌ゐたまわく
 【なに 祖母山
 昼ハ雲飛び 夕されば
 風吹かむとぞ
 木の葉騒げる】
 と歌イ泣かせたまウを 宮御子たち聞かし
驚きたまイて 此ハたたならず と言て 宮
御子 日子八井耳の命 神八井耳の命 日嗣
 神渟名川耳の命 岐須耳の命 共に議りた
まイて 中臣春武の命 斎部差別の命 科津
靱之緒の命 丹羽松壽の命 手力狭韋花の命
 これの上たちを召さしたまゐて 然々を告
りたまイき
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39,7
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 故 高津上たち申しけらく これの手研耳
の命こそ訝しけれ こハ禍物の形化けるにこ
そあらめ 故 天津宮御子たち 天津呪りて
皆八平手に修したまゑ 斯くなさば形化ける
物ハ そが身縮凝りて 病イて臥さに それ
の時ハ 天之羽々弓矢以て射抜きたまゑ と
言 ここに宮御子たち嘆きて告りたまわく
現つに兄の命を射殺しまつらにハ 天津罪を
受けに 故 良わじ と言 臣たち 論らゐ
申しけらく それの御言ぞ甚賢に坐す 然れ
ども 此ハ常人にあり 禍津形化き物にあれ
ば 殺し棄てに罪あらじかし もしもに眞の
兄に坐さば 呪り平手にハ悩みたまわじ 故
 頓に坐せ 其の時ハ奴々加エ人まをさに
と言 ここに宮御子たち 臣の上たちの教エ
の如 天津神の神呪りに仕ゑまつれば 手研
耳の命 その夜さゆ 御身震わしたまイて
病ゐ臥したまエば すなわち二俣稚弓の命に
 桑木の太弓 篠竹の四羽矢を作らしめ 眞
浦櫛燿の命ハ眞麑の斎裂り鏃を作らしめて
手研耳の命の眠寝ませる御毛の大室所の大床
を窺き見越し見ますに 兄の命 いと快げに
眠寝て 高息嘯に臥させたまゑるからに 日
子八井耳の命 神八井耳の命 二柱共に弓攣
き擬イまつれども その状の兄の命の異なら
ぬを 今討ちまつりて 如何にやハ と思ほ
すに 御身も手脚も震わしたまイて 得射た
まハさりしかば 弟の御子の命 いと御心弱
かりつるかも と言て 其の兄の落とせる弓
矢を取らして 手嵩に張りて放つ矢誤たで
兄の命の胸脇を貫きき 故 手研耳の命起き
居て 怒り面火照らし告りたまわく 如何な
れば吾を射つる 吾ハ汝兄なるに それの汝
を殺さに と言て 躍り跳びて 弟 神渟名
河耳の命を握み伏せき 故 日子八井耳の命
 神八井耳の命 御佩かせる十握剣を抜きて
 左ゆ右ゆ鍔深に斬り棄てたまゑば いよよ
に怒りて これの二人御子をも亦掻ゐ敷く

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39,8
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 ここに斎部差別の命ハ 其の三人の御子た
ち拉く禍物 と言て 後走して 手研耳の命
の御髪を握み 左手 御腰握みて 真嵩に差
して 大地に投げ棄てましき 故 命ハ頤破
れて哭く声雷如し 忽ちにふすりてすためを
蹴抜けて 家の棟を掘り抜けて 哭く声遠な
りて 山隠りに失せぬ 故 こに渟名河耳の
命 日子八井耳の命 神八井耳の命 中臣春
武の命 斎部差別の命 科津靱之緒の命 丹
羽松寿の命 手力狭韋花の命 これの上たち
共に その落ち散る血の零れ跡を従イて 出
往きたまウに 阿蘇の野山に到りき 故 其
処を彼此見そなわしたまウに 大きなる岩洞
の真門を掻き破りて 雄牛ほどなるのま倒れ
て蠢く これののまたと云物ハ猫年経ぬれば
のまとなると皆人言き 故 現世の諺にも
現しき青人草ハ幾年経ぬれば神となりて人を
救ゐ 猫ハ幾年経ぬればのまたとなりて人を
喰ウと言 故 猫ハ十五年過きば殺せ と言
 故 八柱の上 ここに参イ越したまウを
野猫窺み見て また起き上かりて これの洞
中に隠る 故 此処を益城と云 故 神八井
耳の命御怒り炎坐し 告りたまイき 汝兄の
 御母を喰イ 今亦 兄と形化きとなりて
吾が御母を喰わにとなす 故 御直しに由無
し 故 吾が前に参イ来て失せよ 更 隠り
なさば 吾 これの洞を砕々になさに と言
挙げたまエども なをなをに 隠りて出り出
ざりけり 故 神八井耳の命 向股に脛駆り
たまイて 雄叫びに猛りたまわく 吾が こ
れの左の御脚に 大地を蹴え散らげるえなハ
 天の燿山の斎猛火となりて猛れ また右の
御脚に大地を蹴え散らげるえなハ 大岩 小
岩を飛ばして これの洞の禍物幾つを埃とな
せ と誓イたまイて 踏み猛びたまエば 忽
ちに其の山火になりて 山底ゆ大岩小岩を吹
き抜きて空なす 故 其の野猫が屈凝る洞岩
の底津ゆ 大空に吹き昇せて それに棲む野
猫幾らも 皆 砂子の如に失せぬ 故 其の
大岩小岩を高天之原に吹き昇りたるが 天ゆ
逆さまに降り落ち山となる 故 此を野猫山
と云 今ハ根子山と云
-------------
39,9
-------------
 ここに日高日子波限建鵜葺草葺不合 七十
一代彦の命 産御名ハ天照国照日子百異日臼
杵の命 秋津根の国の禍物 斯羅人の鬼ども
を 尽々に逐ゐたまイて 現しき青人草の苦
しみを助けたまイつれば 国内穏びて安御世
なす 然れども日嗣の御子 五瀬の命 続き
て臣の上 速玉玉之緒の命 御鉾峡山の命
別雷神眞武の命 大雷伏松の命 これの上た
ちハ皆斬り死去にましたまウからに いとい
と御嘆き小止みたまわずで告りたまわく 吾
ハ宮隠りて これの御子に天津日嗣知ろしめ
さずでハ天津罪なり と云て 高千穂の大宮
御子の命の御佩かせる十握の御太刀を斎きま
つりて 直ちに三種の神宝を天津高御座に捧
げて 日高日子波限建鵜葺草葺不合 七十二
代彦の命と御名を顕したまイ 産御名ハ海津
日子五瀬の命の御魂代に 天の下知ろしめさ
したまイき 此に添エて七十代の天津御子の
命の次男の宮御子 高見香具山の命 またの
御名ハ高倉下の命を天津日嗣の背手の世嚮男
となしたまイて 天の下を安らけく幸わゑ
と言依さしたまイき また四臣の神たちの魂
代に 高津神と称エて言依さしたまイき 故
 速玉玉之緒の命の現し背手の上と 中臣道
之臣人の命に言依さしたまイき
また 御鉾峡山の命の御魂代に 現し背手の
上と斎部大富の命に 言依さしたまイき ま
た別雷神眞武の命の御魂代に 現し後手の上
と積羽若菱守の命に 言依さしたまイき ま
た大雷伏松の命の御魂代に 現し後手の上と
速玉山田の命に 言依さしたまイき
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39,10
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 然々に 事業に仕ゑまつらしめて 天の下
の全ゆる現人を恵みて 穏び国の諸安国に幸
わゐてよ と告りたまイて また天津三男の
宮御子 天津熊野武の命 またの御名ハ稲飯
の命 次に天津五男の宮御子 三毛野入野の
命 次に臣の上 下春蟹津見の命 太玉七尾
谷の命 甕椎幸彦の命 剣八重太刀の命 こ
れの六柱の上ハいと畏くも 国御為に鋤持ち
の神とならせたまイて これの豊道の大御日
の本津国の千萬国の 母父の始めの祖国の萬
千秋の瑞穂の国を 永遠に固めたまウ大御勲
の神と 天の鋤持ち 国の鋤持ち 国津初
道津初 衝き固めの六柱の大神と御名を称エ
て 吉野の山に斎ゐ祀りて 七十代の天津御
子の命の四男の宮御子 宇麻志内の命 また
の御名ハ大久米の命に言依さしたまイて 斎
きまつらせたまイき 故 その六柱の神を祀
らせたまウからに これの山を六峰の山と云

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39,11
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 ここに多芸志耳の命 御祖の御父 天津御
子の命と天津宮御子 並べに臣の上たち共に
 高千穂の大宮に御還りたまイて 弟たちの
御話聞こしめさして 御母の命の野猫の形化
きに遭わし 神避りまつることを深く御嘆き
に沈みて御心疎くまして 翌る日毎に悩まし
たまイき 益々に御嘆きの遣る方無くて 御
病イとならせたまイて 今ハ生くべきもあら
ずで臥したまゐき 時に或る夜さに 降る雨
頻き並みていと凄こきに 御母の命 阿比良
野姫の命 常夜の殿に燈を懸げます時に 大
きなる野猫跳び来て その御母の命を喰らわ
に と荒ぶる 故 御佩かせる頭椎の剣を抜
かして 背ゆその動づく野猫を快げに斬り倒
しぬれば 声放ち逃げ去りぬ 故 その御母
 阿比良野姫の命 多芸志耳の命に告りたま
わく 汝ハ何どて斯く亡き母のことを思イて
病もイて罷らにするヤ拙し 故 吾が御祖の
命ハ陸奥の国の山に居ます 故 郷之子等
これの山を安達山と云 故 吾を其の山に斎
きて祀らば汝に幸事を授けて国の国辺を助け
なせ と云て夢覚めき 故 ここにまた御母
の命を 仮にこれの阿蘇野に斎き祀りて祷み
て 御父の命さゑに宮出ませず 故 暫し待
たせたまエと申す ここに御母 阿比良野姫
の命告りたまわく 明日の夙めに宮出ます汝
に幸事を與エに と告りたまイき

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39,12
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 故 明日の夙めに宮出ます時に 御母の命
 現し御身とならせイて 汝 吾に添ウて来
たれ と云 故 告りの隨に従イ往きたまエ
ば 那須山の傍さに出たまイき そこを見そ
なわすに いとも大きなる御殿有り これの
殿に伴なわりて在るに 大床にいと太く逞し
くで 其の表面和やぎたる翁居り 其の傍ゑ
にいと小さく賢しくで その表面雅びませる
翁と並びて在座まして告りたまイつらく 吾
が裔よ 弥も良くこそ参イ越しつれ 汝に現
しき青人草の御生命の長生なさに状を訓り伝
てせむ 疾く疾くと告りたまイき 故 手研
耳の命畏みて八平手に進びたまイき

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39,13
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 ここに二柱の大神告り言に言伝てたまイつ
らく 益良男女の真盛り人ハ 一日に三度
存命食ハ種津実五合 周り菜二合 交合 三
か日隔る 木立て湯を一合 木立て湯浴み
五か日隔る 力招き 日並め三度 脛反ら
日並め 道往き 五町 日並め 濁酒と清酒
とひをくり一合 十か日内に一日 大體背の
大骨の節灸なせ 故 そハ蓬草葉を取りて
そを臼以ち搗きて 其の汁を絞りて 其の汁
を喰わして 其の滓を日干しにして乾けるを
解きて 體をうつ伏して 大骨の上に味塩を
置き その上に干し草を盛りて 其に火を鑽
り 燃やせ 腰迄に成さば また頭の散毛な
す所ゆ焼きさだれ これの訓り伝て如なさば
 厳きて 皆 生命百年を後なさに と告り
たまイき
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39,14
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 また添エて眞薬なすを訓り伝てたまウ
 草薬
 つし麦実 山芹草根 袁々志草根 波末
比登草根 水葱草根 麻草実 以多知草実
 蓮実 阿佐美草根 加波美止利草 安計
比蔓 阿以草実 羅葡実 久良良禰 蕗苔
 蕗根 和良比根 奈天之古実 波末多加
奈実 比佐古瓜実 登志々利草 以奴止久差
 袁之久左根 屋之上草 水芹草 大葵以
母菜 宇木草 以乃古豆知草根 以多止利草
 火丹草 佐禰加都良 白之加母草実 黒
之加母草実 阿之奈豆奈 須倍留草根 比多
 以草根 阿末安加菜根 須計根 伊布須
草葉 与豆波草 也万以母菜 於无奈草根
 宇止草根 阿利乃比布支草根 具々津花
 女奈母美草根 加保与草根 紫草根 紫草
 葉 都加利草 藪芹草 乃良衣草葉
之保禰草 水比之実 袁保波古草 女波自紀
 草穂 小臭木根 岩阿也女根 宇多加草
根 止々岐草根 波自加美菜根 袁介良草根
 與呂比草根 土古呂菜根 阿夫良草実
加良之菜実 由利草菜根 左宇毛草根 阿介
 比加豆良 美都波草根 阿加禰草根 比
登豆波
 木薬
 松木 皮 葉 根 節 実 脂 塊 み
どり 此ハ常世薬なす
 於加多末 根 皮 葉
 榊木 根 皮 葉 ひこね
 桂木 根 皮 葉
 杉木 葉 根 皮 脂
 桃木 実 核 脂 花
 柿 実 核 実渋
 加倍木 葉 実 小実
 川流波美 根 核
 榛木 根
 椎之木 大実 中ら実 小実 これの実
 皮 核 此ハ種々の山立ちなり
 檜木 葉 皮 根
 たまる木 実 根
 禰須毛知木 実 根
 柏木 葉 根
 母知木 皮 根
 接骨木 根 実
 栴檀木 実 根 根皮
 恵牟志木 実 根皮
 山桃木 皮 根皮
 蔓荊木 実 皮 根皮
 也爾礼木 実 根皮 ひこね
 五加木 葉 茎 根 ひこね
 藤木 実 根皮 幹染
 おおそゐ 根 皮 幹染
 猿梨木 実 葉 根 ひこね
 さゐかし木 実 実皮 根
 桑木 葉 実 皮 根皮 ひこね 葉枝
 核太木 実 実核 根皮
 久美木 実 実核 ひこね
 久知奈之木 実 実核 ひこね
 杏木 核 実 花 ひこね
 加良多知木 実 実核 根 根皮
 美加久志木 実 実核 根
 波自加美木 実 たわ 皮 根皮
 桂木 根 皮 根皮 ひこね
 辛夷木 花 根皮
 樟木 実 根 皮 幹染 脂 ひこね
 止禰利支木 皮 根
 阿知末佐木 実 実核 根
 猿頬木 皮 幹染 根皮
 牟久介木 花 根 根皮
 須久奈比古乃久須禰之木 根 実 幹染
 根皮
 佐久呂木 実 実皮 根 ひこね
 土薬
 とウす 此ハ土の火の気を取れるなり
こハ火の気 山の土を掘り取りて 其に水を
 垂らし注ぎて その垂り水を火鑚り 滾
らし固めて成る
 重練 こハ土と 木の葉枝と 草葉根と
 木の実 草実と これの四の火の気を取れ
 るなり そハ先づ 草木の葉 枝 根
実を取りて 眞日に晒し 乾かして また南
 の山の上の土と岩鉱とを砕き 日晒しに
乾かし その乾かせる草根 木葉枝を叩き小
 切りて 木の実を臼搗きて 小切り葉枝
を一延エに 夏雨の雨水を打ち掛け その
 上に木の実を多々に撒き散らし その上
に乾土を上撒きに撒きかけて 斯く混せ掻き
 を千打たして その上に然々を幾重に盛
り足らして 雨風の除けなして 七年経 尽
 々に皆 土とならに そを取りて然々に
なさば 重練となる こを少とに喰わせよ
 こハ身体 栄行く
 またこれの重練りに 綿草の木の幹を黒
焼きになし粉なして これの重練りに全つ混
ぜ また秋のはやれにひとむき虫を取り 箱
入りに百か日に乾し固めて そを叩き粉なせ
 これのひとむき虫を取らむ時 また粉なす
時に 必ずしもに 勿 息なしそ 息なさば
これの毒甚深ければ こに中らば死去ぬるな
り その息なさに と思わば 伊吹きを作れ
 楮布に柿の渋汁を引き 一寸を小円になし
 袋の底無しに長さ八尋なして それの口に
白銀を以て上口を拵エて 有らぬ方に虚吹か
してハ毒を避く 故 それの重練りと綿幹の
黒焼きとひとむき虫とを混ぜ和して その風
の風上に置きてたかわに火鑚りて それの口
に後向け渡して 速 疾くに風上に走して
間暫しありてハ それの重練り火となり 草
木も尽々に火上げて それの煙 皆 毒とな
り そに中らば 人も獣も這ウ虫も草も木も
 風下に亘る物 一つも 生居る物有らじ
故 訓り伝てなせと 常世になせそ 天津罪
にぞある されど先津年並みの如に 外津世
人参イ来て荒びそば こを以て皆に皆に殺し
尽くせ と告りたまイき
-------------
39,15
-------------
 先に天津御子の命 天津宮御子たち 高津
上たち 臣の上たち 共に 日下根の後の水
門ゆ船出まさむ とて 千斛船を立て並めて
船出ましき 然れど浪無く風無くて揺蕩ウ
故 天津御子の命 いと慨く思ほして告りた
まわく 吾が船人病もふか 躰弱か その子
無くて屈まる 故 船帰しよ 陸を往かに
と告りたまイき 此処 船子 語らき歌を歌
ウ 天津御子の命 いと美し 然れど船わ上
らず と 告りたまゑば 船子とも 皆 赤
裸となりて 千々の人 共に潮の早瀬を被き
て 小船多々に添ゆ 六身の眞綱打ち掛けて
 夫々の小船に跨げに櫓櫂を立ち並め 皆
口々に櫓櫂の競り声を放ちて言挙げなす 楫
取りひとかさ 丹生棹彦 餞人となり 赤棹
彦郎 白棹彦郎 黒棹彦郎 手之棹彦郎 差
棹彦郎 これの楫取りの長たち 皆 赤裸に
 頭に白布の後結ゐの鉢巻きを締めて 潮浴
み隨に楮布に裂れる棹付けの垂り織りを振り
て歌イけらく
 御世 榊 現人 袁賀玉
 桂 松 千歳経る鶴
 萬世経る亀 勤し櫂立て
 よやえヤ よやえ
 と歌イ踊りて 簀板ウ踏み鳴らし 櫂打ち
櫓を繰り ざざ声揃エて急き立て歓かしき
 ここに天津御子の命 宮御子 臣の上たち
 共にいと面白と言 皆も歌わしたまイて
勇ましく潔くこそあれ これの宮船還り上ら
せたまウと聞こゑて 丹波 吉備津根 出雲
 大宜都 穴門 愛媛 飯依 建依 小島々
々 これの国々 島々ゆ 皆 宮船に仕ゑま
つらにと云て 小船に幡立て火屋掛け 鉾出
しを挙げて 大銅鑼 小銅鑼を打ち 伏す板
を叩き 弥声を放ちて 高音を上げて 皆
宮船八隻に綱打ち延エて 勤し櫓櫂に海水を
分かちて 御船弓の矢如す 故 昼夜分かで
勤しみなすからに 速くに速吸の丹生の水門
に泊たしたまイき
-------------
39,16
-------------
 ここに国の覇精高の上 海之部彦の命 妹
 海姫の命 御子 棹掻きの長 速吸のさな
はらに輿乗りの宮代を建て 奥津辺に門代を
建てて大御饗エ献る 故 天津御子の命告り
たまわく これの御饗エハいと栄にあり と
告りたまイき 故 こを以て其処を佐賀 と
云 ここゆ天津御子の命 御輿に召さしたま
イ 次に宮御子たちハ駒召しにうたしたまイ
 高津上たち 臣の上たちも 皆 御馬に打
たしたまゐて 高千穂の大宮に還り上りまさ
に と 御越し出まして 大野川の川尻のい
きの河原に憩わせたまイき
-------------
39,17
-------------
 ここに天津御子の命 いと御嘆きたまイて
告りたまわく これの国内ハ国の煩ゐて皆に
病もウ と止めさしたまゐて 御輿降らせた
まイき 故 ここに皆畏みき 故 日高狭野
の命 大久米の命 中臣道之臣人の命 太玉
大富の命 弥都波若菱守の命 並べに宮御子
 臣たち 皆馬ゆ降りて 神の御心辺 弥そ
も と云て畏みき ここに中臣の命 斎部の
命 進び出て 八平手に蹲みて 称エ言申す
 如何なれヤ 天津日之御子の命ヤ 陸道に
立たせたまウぞ こハ現しき青人草を神乍ら
に御助けまして 東の国に遙々に渡らせたま
イ 今 宮還りに上り着かせたまウ 晴々に
宮入りたまイてこそ潔けれ 然無くて陸道を
一人御往きまさば 現人如何に苦しみに落ち
て 嘆きとなりぬべら と云 天津御子の命
告りたまわく これの国ハ家有れど人無し
人有れども口無し 故 吾ハ国内穏びで貧し
く病もウ とこそ思イつれ ここに高津上た
ち 然々を告りたまイき 故 諸人幾らかに
女 童 また翁 嫗も皆に参イ出て歌イ歓ぎ
 幡立て火焚き 笛吹き音銅鑼打ちて勤し出
来
-------------
39,18
-------------
 ここに天津御子の命ハ甚く御喜ばしたまイ
て 御輿に召さしたまイき 故 現人参イ来
て 高音をさして御輿を舁きき ここに船の
楫取りの男 丹生棹彦郎 赤棹彦郎 白棹彦
郎 黒棹彦郎 手之棹彦郎 差棹彦郎参イ来
て 棹垂りの布垂でを振りてささめかすに
青人草 皆 清らけき勇ましを挙げて 御輿
を舁きて赤裸になりて これのいとも太く早
瀬なす大川に走し入り 御輿を眞の上高に差
して高音をうどましき これ時に馬召しの上
たちも共に その川に飛入りてまくろげに川
道知るに 陸路を走すより 安らかに向岸に
渡り上がらせたまウに 向岸の現人千萬参イ
来て 皆川水に身濯きて それが随に御輿屋
を舁き また 召し馬の口取り 足たき 揺
り腰なして 高音を上げ 幡立て 鼓打ち
笛吹き 鼓打ちて 祝ゐ寄す千萬の現人を押
し分けに ざむざを歌イ歓きて 御宝の大宮
に御輿入りたまイき 故 天津御子の命 然
も潔し と言て いと御喜びたまイて 現人
皆に御酒と肴とを賜イき ここに翌る明日の
日ハなよなの月円日の四か日にぞありける
暁時の朝開きに国内の現人 野山に火篝なし
て 法螺吹き 笛吹き 大音銅鑼 小音銅鑼
を打ち 幡立て 伊吹きを吹かせて参イ来て
 御供に仕ゑまつる 直入ゆ越しつる現人
御輿屋を舁き往かに と云 また大分ゆ参
イ出る現人 御輿屋を舁き往かに と云て
相争ゐて暫し止まざりけり 故 活玉神井の
命 天之羽槌鳴志別の命 これの二柱の上立
たせたまイて言別けたまわく これの大分の
国内ハ大分の国人勤なせ また直入の国内ハ
直入の国人勤なせ と告り言ちたまイき
故 直らゐて勤労く
-------------
39,19
-------------
 ここに御輿屋眞先に立ちて御供ふる現人あ
り そハ御齢負エる翁の逸り男を背負ゐて
御先辺に進み山坂を越すに平道を走す如なす
 故 日高狭野の命 そを見そなわしたまイ
て 憩わせの時に召さして言問わしたまわく
 汝ハ何処の現人 と言 御答エ申しけらく
 奴ハ直入の北の国に経る現し人 と申す
汝の御齢ハ幾つぞ と問わしたまエハ 奴が
御齢ハ百二十四 と申しき また汝が背負ぶ
男を前なせ 故 男参イ到る 汝が御齢ハ幾
つにかある 御答エまをしけらく 奴ハ御齢
ハ二十二 と申す こに日高狭野の命告りた
まわく 背負イたる翁ハ汝が為にハ何そもヤ
 と言 奴が為にハ曾祖父 と言 命 面火
照らして告りたまわく 汝が御祖を負イてこ
そ往ね そに代ゑて 逸りにある男 栄男に
背負われつるこそ転てなれ 汝ハ悪き長なり
 と告りたまイき ここにそれの邑の受家男
参イ出て申す こハ奴が罪ならじ 栄男が罪
なり そハ これの曾孫ハ これの栄男 孫
 曾孫多なす中に これの逸り男のみいとも
愛で慈しみなす 故 その逸り男も これの
曾祖父を朝夕べに 常となに斎きて足しぬ
故 物ぶるにも曾祖父の心当ての隨になす
こによりて然こそなしつらめ と言 故 日
高狭野の命 また栄男を召さしたまイ告りた
まわく 汝翁よ 汝ハ何以て多の子 孫子孫
 曾孫に教うウるぞ と問わせたまエば 栄
男御答エけらく 奴 神の御心受けたり そ
を以て教うる と申しき ここに日高狭野の
命 御心に甚愛じく思ほしたまイて告りたま
わく 汝 斯く教うるからに家内穏び栄エて
富めり 故 今ゆ後ハ 吾が師となりて 天
の下の事ともを尽々に訓り伝てなしてよ と
告りたまイて すなはちこれの栄男に 天下
支宇の命と云御名を下したまゐき また こ
れの事を顕わせし受家男に くきうぬの長と
云御名を賜イき また これの栄男の子 孫
 孫子 曾孫に 皆に愛 賞めたまイき

-------------
39,20
-------------
 ここに天津御子の命の御輿屋に直入の宮を
御越し出ましき 故 国の現人家にハ 各も
各もに清御門代を立て並めて 餅搗き 赤飯
を蒸して 宮し還りの祝ぎを 家毎になして
祝ゐまつりき また 高千穂の二上りの大宮
にハ 門代を朱らかし 清御門代を立て 前
に榊 於賀玉 桂を植ゑて 小枝 木末に楮
布の垂でを着け また 豊幡を幾らに立て並
め 伊吹き幡 中ら幡 穂竿 流し幡 八雲
幡を立て連ね 四柱の高物見を山の頂に立て
て 所々に鼓以て御越しの車を知らさしめき
 また 殿所の眞前にハ 二つ 四つ 六つ
 八つの飾り弓矢を立て また 一つ 三つ
 五つ 七つ 九つの飾り太刀を立て また
 楮布に裂れる大和幣 小和幣を幾らなし
また 一つ 三つ 五つ 七つ 九つの飾り
鏡を立て また 二つ 四つ 六つ 八つの
飾り白鳶を立て また 二つ 四つ 六つ
八つの飾り火屋を竿立て 神招ぎをなし ま
た 宮御子たち 臣の上たち 御妃の命 向
妻の命 御姫の命たち 共に 御宅に目迎ゐ
まつらに と 各も各もに装イたまゐ 男の
頭毛ハ 油垂らし掛けし髻に結ゐ垂らして
冠を召さし 御手にハ貴玉を持たし 太刀を
佩かし 御衣ハ袂と袖とを太垂れ 上掛けに
 皆 薄火丹衽を着さしの上に黒襲を取り掛
けり また少女の頭毛ハ 油掛け統べし髻に
結ゐ垂らし 髪挿しを高なし 御手にハ檜の
扇を持たし 御衣ハ巻麻十二枚の着飾り 火
丹色の御袴を長垂らし 袂袖を引かし 薄蚕
布の白衽 打ち掛け 紫色の襲を巻かしたま
イき 故 然装イて 道饗エの物種々なして
 高千穂の極みなる三宅の山野に出立ちたま
イき 斯くて天津御子の命 宮御子たち 臣
の上たち 共に清々しく勇み進びたまイて
上伴の長を率かして 高千穂の二上りの宮に
御越し入りまつり 宮御子の命たちも宮還り
 臣の上たち 御己らの家に還り入らせたま
イき
 上津文 三十九の綴り 完エ

-------------
40,1
-------------
 上津文 四十綴り
 ここに天津日嗣 日高日子波限建鵜葺草葺
不合 七十二代彦の命 産御名ハ海津日子五
瀬の命 隠りながらに天の下を知ろしめさし
たまイき これの日嗣の御子代の天津日嗣後
持の上 七十代の天津御子の命の三男の宮御
子 高見香具山の命 またの御名ハ高倉下の
命 任き知りたまイて 迅くに五年になりた
まイき ここに高倉下の命 先つ天津御子七
十一代の命に告り挙げ称エ言申したまイき
吾ハこれ七十二代の天津御子の命の御子代の
天津後持の上となりて 頓に五年経にき こ
ハ天の下の現しき青人草の為に禮無し 故
迅く迅くに天津日嗣の御子に 天の下知ろし
めさしたまゑ と申す 故 天津御子の命告
りたまイつらく 吾も然に思イつれど 其が
齢未し と告りたまイき 高倉下の命 また
申しけらく 日嗣の御子ハおてつくに五十間
近きなり と云 吾が日嗣知らすに 五十後
なさで国知りたまエるみこしあらず そハ去
にし世の理ならず 故 良わず と云 後持
ちの上 重ね称エ言申しけらく そハ天津神
言の隨に 日嗣御子の大功しを御齢以て賞め
たまイて 代々足したまゑ と申す
-------------
40,2
-------------
 ここに先津七十一代の天津御子の命 日高
狭野の命を賞めたまイ 御齢 三つを賜ゐき
 日経に厳しの足らし日に 七十一代の天津
御子の命 後持ちの上 高倉下の命を率て
天津高御座に天津日嗣の御印の 三つの御宝
を捧げまつりて 日高日子波限建鵜葺草葺不
合 七十三代彦の命 産御名ハ日高狭野の命
に 天の下を知ろしめさしたまイき 故 日
嗣の禮事 去にし世の如然々に 臣たち 国
内の現人 皆 祝きまつる 然々 今年 天
津御子の命 賞め齢を三つ重ねたまウからに
 大御齢五十一 去にし世の天津神訓りの隨
に 天の下の君に立たせたまイて 三年経た
まイき
-------------
40,3
-------------
 ここに天津御子の命 国廻まさむ と 臣
の上たちに言伝てて 御装ゐたまイき 然れ
ど今年のけさりに 春雨の頻き並み 降り続
き来て 川々の水嵩高に御越し出も然得ずで
あり 故 ここに中臣春武の命 中臣道之臣
人の命 斎部差別の命 太玉大富の命 科津
靱之男の命 弥都波若菱守の命 手力佐韋花
の命 これの七柱の命たちハ 天の太占に仕
ゑまつりて 臣の上たちに賀楽をなさしめて
 天津祝詞の太宣り言に仕エまつらしめたま
イき 故 ここに七十代の天津御子の命の御
妾 玉敷姫の命に神懸りまします 故 天津
御子の命 高津上たち 共に御驚かしたまイ
て 迅くに玉敷姫の命を高床の上に招きまつ
り坐せまつりて 神の大御言を祷き祝さきた
まウ こハ天の避立ち国の避立ち 汝 天の
下を知らば 国の眞方なる秋津避 日下避に
宮造り居れ と 告りたまイて 神上がりま
したまイき これの天の避立ち 国の避立ち
と申すハ 鹿具島の文に言らく 天の常立の
命 国の常立の命 これの大御神の御名なる
べら と 皆人も言とあり ここに天津御子
の命 先の天津御子の命に玉敷姫の命に神懸
りまして 然々を申したまイき 故 先の天
津御子の命告りたまわく こハ天津大神の御
賜物にこそあれ 故 暫しも弛るみ怠るべウ
ならじ 明日ゆ そに立たせよ と 告り
たまイき ここに天津御子の命 高津神たち
 迅く迅くに 大土斎差男の命 都夫多都幸
咲の命 底度久白藤の命 三柱の上たちを召
さしたまイて 然々を告らしたまエば 三柱
の上御答エ申しけらく 美し宮処を替ゑたま
ゑる 故 その所の吉所に奴々迎つきまつら
に とまをす
-------------
40,4
-------------
 ここに五日の国の青人草 然々に 宮処替
ゑますと聞こエて 老翁も童も皆人泣きつつ
参イ来て 御袂に縋りて惜みなす 故 天津
御子の命告りたまイつらく これの宮処替ゑ
ハ吾が御心ならず こハ天津大神の御賜物に
しあれば黙も有らず 故 吾が御身代と云て
 神八井耳の命をこれの宮に残し居さす 故
 吾を斎くが如く斎きてよ と 告りたまイ
き ここに速吸の丹生の水門に 大船小船幾
らかに 楫取りの長人 椎根津彦の命 御子
 赤棹彦 白棹彦 黒棹彦 手之棹彦 差棹
彦 これの楫取りの長たちハ 御船を立て並
め装イき
-------------
40,5
-------------
 ここに先の天津御子の命 天津御子の命
御妃 向妻 また姫御子たち 宮御子の上た
ち 姫たち 高津上の上たち 姫たち 八百
萬の臣の上たち 八百萬の姫たち皆御船に召
さしたまイて船出まさにとする時に 五日の
浦辺々々ゆ 大船小船尽々に幡立て 鼓を鳴
らし 歌を歌イ 高音を上け 夜火屋を差し
 またハ火焚きて 千々萬の船 都替ゑの祝
きに御送りまつらに と云て 参イ来て 各
も船ゆ御綱投げ懸けて其に繋く打たし 船多
々に速吸の灘船原となりぬ そこを愛媛の国
々島々聞きて 浦辺々々ゆ千萬の大船小船
また北の国々島々ゆ然々に 皆大宮船の曳く
手として漕ぎ勤なすに 速吸門ゆ はやれの
月立の二か日の朝開きに漕ぎ出まして 五か
日の黄昏に浪速の門に泊たしたまイき

-------------
40,6
-------------
 故 座摩の宮に宿らせたまイ そゆ日下根
の現人参イ来て 御輿を舁き 歌イ歓き 大
音銅鑼小音銅鑼を打ち 高音なして 勇まし
くそ生駒山の上に舁き上げまつりて 孔々舎
衛の坂本に憩わせたまイ そこゆ葛野の宮に
在座ましたまゐて 吉野山に大宮柱太敷き立
て 高天之原に氷木高知らして 先の天津御
子の命の宮隠りの大宮と定めたまイ また
日下根の竈山に宮柱太敷き立てて 七十二代
の天津御子の命の神の隠りの宮と斎き立てた
まイき
-------------
40,7
-------------
 また畝傍山の東南の隅なる橿原のところに
 田萱以て葺ける片削ぎの土立て屋を作りて
 御親からに在座たまゐて 大久米の命ハ畝
傍川の西辺に作らせ 高倉下の命の宮ハ 日
下根の竈山の南辺に作らせ 高津上たちハ葛
野に作らせ また臣の上たちハこれの畔の所
々に御殿を作らせたまイき ここに饒速日の
命の御裔 宇麻志眞手の命を秋津根の建とな
し 高倉下の命を日下根の建となし 珍彦の
命を大和の国主となし 弟猾男 弟磯城黒速
 これの二人を猛田刀自 磯城刀自となした
まイき ここに天津御子の命の御名ハ 日高
日子波限建鵜葺草葺不合 七十三代彦の命
産御名ハ日高狭野の命 天の下知ろしめさし
たまゐて これの所に宮所遷したまイて 更
に天津神 国津神 日嗣の御祖の大神たちを
斎ゐまつらに と云て これの榛原の小野に
大宮柱太敷き立てて 斎ゐ祀りて 直ちに日
子八井耳の命を斎きの宮主と定めたまイき
故 天津御子の命 天津大神の御諭しの隨に
 大御名を改めさせて 天邇芸志国邇芸志天
津日高日子波限建神大和磐余彦火火出見の命
 と 申す
-------------
40,8
-------------
 ここに狭依科の建の使主人 荒城の三郎
これの狭依科の阿曇の現人釜石八郎を 蔓縄
以て括して参イ来て これの奴 夜に人の家
に忍びて その宝物を奪ゐて その人を殺し
てことぶる 故 括し参イ来て申す と云
故 臣の上たち それの朋輩有りヤ と云
友垣一人も無し と云 ここに天津御子の命
 甚く嘆かしたまイて 奴を殺すに忍びず
と云て その 左右の眼を抜かしめて 宮内
に育みて賎しき醜女を婚わせて 子取り男と
なせ と 告りたまイき

-------------
40,9
-------------
 ここに天津御子の命 国の青人草齡を長き
に益さに また国足し益さに とウて更に高
津上たちを集ゑたまイき 故 中臣春武の命
 中臣道之臣人の命 斎部差別の命 太玉大
富の命 表春楮緒玉の命 思金村立の命 側
禰座掛の命 息長搗隅の命 弥都波菱形の命
 埴安種活の命 燿火町部の命 天懸戸切の
命 国懸魂迎の命 金山瀬之隈の命 これの
上たちに告りたまわく 吾ハ国の国々 島の
島々の現しき青人草の幸わゐを足しなさに
と思ゐたりき 故 高津上たちハ如何状ヤ
と 問わしたまイき 故 高津上たち御答エ
まをしけらく 宜べ 去にし世の訓り伝てハ
何どなる と 申しき 天津御子の命 去に
し世の訓り以てこそ穏びけれ 故 幾千 幾
萬々の現しき男の子の家業勤労きつるもの
それのさが心 さがず心も 皆押し並めて
己が厳祝ぎを思わなきばあらじ 故 一人毎
に其を助けて 現世に全ふる人 尽々に其の
厳祝ぎなさしめて 安国の穏び国の楽し世と
栄わゐなさに と 告りたまゐき ここに高
津臣の上たち八平手に畏こみ拝みまつる

-------------
40,10
-------------
 故 天津御子の命 訓り伝て告りたまイつ
らく 五臣の上たちの御座置きの厳祝きに
厳上 並上の其の家の長ハ 御齢五十ゆ 其
に仕ゑて 六十ゆ清津上となれ 七十ゆ明津
上となれ 八十ゆ高津上となれ 五十までに
家業 物之部術を訓らし 勤労ぎて事為せ
と 告りたまイき また清津上のその家の主
ハ 五十ゆそに仕ゑよ 六十ゆ明津上となれ
 七十ゆ高津上となれ 五十までに然々なせ
 また明津上の其の家の長ハ 四十ゆ清津上
となれ 五十ゆ其に仕ゑよ 六十ゆ高津上と
なれ 五十までに然々なせ また高津上の其
の家の長ハ 四十ゆ明津上となれ 五十ゆ其
に仕ゑよ 七十ゆ天津日嗣の後持ちの上とな
れ 五十までに然々なせ また吾が日嗣の御
子ハ四十ゆ高津上となれ 五十ゆ天津日嗣を
知ろしめして 大御田族緒の幸わゐを守りて
 みみの心の隨になせ 其 皆 去にし世の
大御祖の訓り伝でに 必ず 勿 違イそ 五
十までに然々事に為せ 吾が宮御子たち 四
十ゆ清津上となれ 五十ゆ明津上となれ 六
十ゆ高津上となれ 五十までに然々事になせ
 また現しき青人草の御座置きの厳祝ぎに
五十ゆ村主となせ 六十ゆ刀自となせ 七十
ゆ郷主となせ 八十ゆ国主となせ 九十ゆ厳
上 並上となせ 五十までに家業事なせて
物之部術を勤労ぎて 外津世人参イ来て悪じ
なさば 皆走し出て殺せ と 告りたまイき
 ここにまた天津御子の命 大御田族ハいと
も畏く 去にし世の訓り伝てを勤しみ それ
の季節の暑さ寒さを凌きて 勤労きて 十よ
の種津物を作り出て 現しき青人草の喰イて
生くべき物成すからに 現し人の上の長にな
もあり
-------------
40,11
-------------
 故 これの大御田族 助け道を理りなさに
 と云て 更に業道を分かちたまイき 工人
の堅磐に習ウ者ハ工人となして 現人の家建
てて勤労け 全べ木以て作れるを知れ 鍛冶
人ハ大御田族の用てつく道 剣 太刀 鉾
鉈 鍬 鋤 斧 鎌 掘串 垂穂 全べ金物
以て作れるを知れ また商人ハ 大御田族の
作れる物多なるを 少となるに窮く物ハ 有
る所ゆ取り来て用ちなす 故 百が一持て食
エ また布人ハ蚕飼ゐ 麻作り 狭綿作り
糸紡き多々なせ また【海漁人ハ全べ 海原
に勤労ぐを言】 また味塩取り 船乗り人
網引く人 釣り人 皆 勤労げ また山狩り
人ハ木倒し 板取り 金取り 薬掘り 毛物
禍殺し 勤労げ これの現人 皆に皆に 業
外に物之部術を神訓りなせよ また童ゆ力招
きハ 勿 忘れそ また物人ハ物之部の術を
尽くして 牛と馬との牧山に勤労ぎて気壯な
せ また外津世の奸る禍物参イ来ば 眞先に
走して殺せ 食ハ秀倉幸以て食ゑ これの道
を定めたまイて また生れ乍らに盲イの男女
ハ 近方ハ宮内に育みて 業ハ辺りに勤労が
して 子取り男 子取り女となさせ 其の子
 御齢十五にならハ 己 好める家業に師を
取らして そこに 十年学ばせて 二十五と
ならば家作りて そに住ましめて家業なさせ
て 父母未た現し在らば そを養ませよ ま
た父母疾く罷りてあらば それの十五ゆ後な
らば 家入りの師を取りて 二十五ゆ 其の
家に還して業なさせ 十五ゆ前ならば 宮内
に育め 故 遠方ハ国々の建の攘ら屋に斯く
なせ と 告りたまイき
-------------
40,12
-------------
 全べ現人 御齢十つゆ家業に就かせ 十五
ゆ家入りの師を取り 二十五ゆ還りて家業な
せ 三十ゆ其の家を守れ また男ハ二十五に
女子迎かなし 女ハ二十つに男子迎かなせ
家入りの師の許に御族屯りて勤労ぎ道を学び
なすから 隠り心奸りハ師窘め そを仇ふら
ばいらゑ 故 師イらゑば父母の家に勿入れ
そ 外津世に逐イて 国内に在らハ 其所の
建捕らゑて 足断ちなして 手なりをさくじ
りて子取り男となせ 女も然々に斯く為せ
現人尽々に及きなりて憩エ 必すしもに業術
有らぬ現人ハ任に択らエず また男無き女の
五十後ハ それの邑の女道の師となる 男無
き女の五十前津辺の若女ハ 子取り女となせ
て 其れ邑に養め また男女共に御齢若くで
病體なすハ 宮内に育みて薬人の飼ゑる猿飼
ゐとなして 薬自人の道を学びなさせて 五
十歳越ゑば薬自の首人となせ また盲 唖ハ
薬自首の家子となして 人の御躰を撫で熟づ
て 病イ晴らし また天津大神の御教エの如
に 御躰の病イのもよらしに 黄金の秀串差
し道を学びなさせて 三十ゆ体撫で 四十ゆ
串刺しをなせ 眞隠らの汚病イハ皆尽々に宮
内に養みて 薬自首 そを懇ろに癒して猿飼
イ人となせ (省略)
-------------
40,13
-------------
 故 手置秋虫の命を丹波の建となし 天熊
押別の命を吉備津根の建となし 村雲長小田
の命を出雲の建となし 楫立橋男の命を穴門
の建となし 日鷲斬木彦の命を日下根の建と
なし 御鉾座玉の命を白日の建となし 木之
俣冴長の命を豊日の建となし 甕土玉猛の命
を速日の建となし 大雷棚河の命を奇日の建
となし 高淤迦美姫合の命を建日の建となし
 経津鉢滝の命を愛媛の建となし 岩柝天之
栄屋の命を飯依の建となし 武市棚別の命を
建依の建となし 八衢熊川の命を大宜都の建
となし 天之羽槌船屋の命を淡海の建となし
 事勝国毘の命を伊勢津の建となし 飽咋眞
幸の命を狭依科の建となし 白羽鳥羽の命を
遠津海の建となし 御鉾海辺の命を无邪津海
の建となし 長道八百道の命を野陸の建とな
し 沫那芸朝立の命を常陸の建となし 明玉
弓弦の命を陸奥の建となし 枳値可佐美の命
を越根の建となし 萱野夜鳴彦の命を双子の
建となし 屋船若鷹の命を狭手依の建となし
 清之御科の命を蝦夷建となし 天之狭霧鳥
飼の命を忍許呂建となし 香具山狭鳥の命を
一津柱の建となし これの翁主の臣の上たち
を国々の建となして 現人の翁主の任を事依
ざしまつりき
-------------
40,14
-------------
 故 国々に天津大神 国津大神 家の御祖
の神 年の毎の春秋の二季に祭らしめて 年
乞イ新嘗を斎イまつらして 現人並べて賀楽
に仕ゑて 清らけく潔く 昼ハ幡立て夜火焚
き 馬駆け 舞イ猿 種々の勤し事を称ゑま
つれ と 告りたまイき また国の国々 島
の島々の 家毎々に月の毎以て然祭りませ
そハ去にし世の訓り伝ての如に斎き祝ゐなせ
 これの祭りハ長生なす呪訓りになもありき
 故 むつび月ハ 昼の長さ八時 夜の長さ
十時 むつび月の初めの日に 家毎家毎に清
御門代を立て 白飯の餅を搗き 太鏡玉を幾
の重に斎イ飾り 鰭の大海魚 鰭の小海魚
沖津藻菜 辺津藻菜 清菜 根太清白 根太
芹菜 沢孫根 父小菜長き根 母小菜長き根
 伯父小菜栄葉 伯母小菜栄葉を 家内を大
床辺に飾りて 家の場の垣外に 尻組め縄を
渡して 新年の祝き事を招きまつるに 眞夜
後に起き立ちて 御禊湯を立てて 御身を濯
ぎて 垢無し衣を着て 潮以ち家内祓イて
去にし世の神訓りの隨に 禮事に仕エまつり
て 吾が遠津御祖の神 天照大御神 夜見照
大御神 国照大御神 東の十八の御殿の 其
内の六の御殿に御立たしたまウを招き祭りて
 清らけく 潔らけく 国津 魂津君饗ゑに
仕エまつれ 故 朝開きの斎ゐの御膳に供を
る物ハ 飯秀瓦に未醤のふくさ料に飯餅を煮
込み 藻菜 海魚も一並めに煮作しまつる
次に御酒と肴とを奉る 次に木立て湯を奉る
 次に松木置きをまつる こに供ウる物ハ椎
の実 干梅実 藻菜穂俵 若藻 小椎実 栢
実 柿実 次に八百稲置きをまつる こに供
ウる物ハ餅栗 菜餅 たち豆実 玉粟置きに
黄な餅盛りまつり 豆穂置きに白餅以て奉る
 次に淤賀玉置きに鰭の広干海魚 榊置きに
鰭の中干海魚 桂置きに鰭の狭き干海魚 梅
の花置きに盛れる物ハ 火丹色 黄色 白色
の和妙 また 始め草花置きに盛れる物ハ
空色 黒色 青色 赤色 青磁色の綿布荒妙
 また 水撒き草花置きに盛れる物ハ 紐帯
 いし帯 平帯 丸帯 垂帯 八島置きに盛
れる物ハ 絹掛けの戦衣 弓袋弓 飾り弓袋
弓 靱袋靱 飾り靱袋 太刀袋太刀 飾り太
刀袋 かぢたれ袋 かぢたれかぢたれ置き
次に新飯の御饗エに供ふる物ハ 眞中辺の御
膳に供ふる物ハ 左の前津に飯秀瓦 右の前
津に蒸入秀瓦 左の先津に羮秀瓦 右の先津
に生酢平瓮 右の脇津膳に左前に料秀瓦 右
前に垂秀瓦 左と右との先津に立平瓮 並瓮
 並秀瓦 左の脇津膳に右と左との前津辺に
料秀瓦 右と左との先津物に秀瓦二つ 平瓮
二つ 皆 去にし世の禮事の隨に 次もまた
然 木立湯 果物 餡 飴 甘料凝り 濁
酒 清酒 神酒 肴弥座置きに かち藻 大
藻 かち魚 太魚 明津日 始めの日 然々
に 天津神を斎き祭るの日並め 厳し日 昨
日の如 然々 国津神を祭る 四か日 皇ら
御睦の神を祭る 然々 五か日 臣の御睦の
神を祭る 然々 六か日 覇精高の神を祭る
 七か日 賀楽の季道饗 八か日 馬駆けの
季道饗 九か日【宮内の追儺逐エ これの夜
さりに 大豆以 四方逐イなす 故 年の鬼
入らじ】と云 十か日に 其の家の遠津御祖
の神を祭り 十一か日に中津御祖の神を祭り
 十二か日に近津御祖の神を祭れ 十五か日
 その家床を祭り 十六か日に国の建を祭り
 建ハ国の現人を祭れ 二十か日にハ 吾が
大御庭に立ちて 現しき青人草の活道眞栄の
産子多なす 楽し御代の祝さきを祭る 故
国建 国勤なせ 月の毎の季合ゑハ けさり
月ハ 昼の長さ九時 夜の長さ九時 二か日
に天津神 国津神 家の祖神を祭れ 故 家
軒に桂木 桃花を込み差して 清まり門なし
て 御饗膳然々に 蓬餅を奉りて斎きまつ
りて 床並の上に禮事以て祝ゐまつれ いや
よ月ハ 昼の長さ十時 夜の長さ八時 故
三か日に然祭り御饗然々 母子搗ち餅 桜柳
の木差し然々 うたゑ月ハ昼の長さ十一時
夜の長さ七時 五か日に然祭り 御饗然々
桜葉餅 瑞葉 卯の花の木差し然々 さなゑ
月ハ 昼の長さ十二時 夜の長さ六時 五か
日に然祭り 御饗然々 奴利弖 菖蒲花の木
差し 茅草餅以て 然々 みなつ月ハ 昼の
長さ十一時 夜の長さ七時 六か日に然祭り
 御饗然々 平葉餅 柊葉 かに花の木差し
然々 ふくみ月ハ昼ハ長さ八時 夜の長さ十
時 故 七か日を中に置きて 六か日と八か
日とこれの三日以て 家毎の女の祭りの節合
となせ 故 八百稲置き か麦置き 玉粟置
き これの三つの置き物に供ウる物ハ 牛蒡
葉 たちわ葉 花豆枝 玉菜根 もろて花
八豆花 太海魚 小海魚 藻菜 老藻 次に
榊置き 淤賀玉置き 桂置き 松木置き 檜
の木置き これの五置きに供ウる物ハ 蚕布
の和栲ハ八百摺り 紫色 火丹色 白色 黒
色 花色 空色なり綿布の粗和し栲ハ 縦条
 横条 条霞 山織り くま織り 種々色
麻布の荒栲 和し栲 濃色 白晒し 栲布の
荒栲 楮布の和栲 繭蚕の綿こ 麻扱ぎ布
草綿ふきこ 栲の裂き布 繭蚕の糸校 麻の
緒校 綿の紡枷 栲の緒枷 蚕布の糸巻き
八枠 麻布の糸巻き八枠 綿布の糸巻き 八
枠 栲布の糸巻き 八枠 黄金の縫ゐ針 千
本 白銀の縫ゐ針 千本 眞金の滕り針 千
本 白銀の指しはかり 百本 黄金の型押し
 百本 提げ紐 千垂れ 海魚切る小鉈 幾
つ 野菜切る小鉈 幾つ 布截つ小鉈 幾つ
 これの物を作り供エて 六か日ゆ七か日ハ
祭り 故 知佐 柿 楓 黐差し 桑餅と棊
子麺とを饗ゑまつり 六か日の夜ハ 老女
若女も皆 統べし元取りて 百か日花を插頭
となして 歌イて 三弦の高琴を膝伏し奏で
て 神楽をなして斎きまつり 故 七か日ハ
當日にしあれば 禮事に仕エまつれ 八か日
も然々に はやれ月ハ 昼の長さ九時 夜の
長さ九時あり 八か日に然祭り御饗然々 稲
葉餅 鼠梓木 萩の花門の柱 添ゑ立ちて斎
きまつれ なよな月の昼の長さ八時 夜の長
さ十時 九か日に然祭り御饗然々 かき餅
蔓木 莎草津花 然々 かなめ月の昼の長さ
七時 夜の長さ十一時 十か日に然祭り 御
饗然々 新たに成れる豊種津物以て 飯炊き
 餅搗き 酒醸みまつれ 堅磐木を柱立て然
々 しふる月の昼の長さ六時 夜の長さ十二
時 十二か日に然祭り 御饗然々 新たに成
れる玉粟餅 柏木 山椿然々 しはつ月の昼
の長さ七時 夜の長さ十一時 十二か日に然
祭り御饗然々 赤稲餅 風見木 さば花 然
々 故 男女共に皆 禮衣を着て 禮を尽く
して 親族 家族の家の祭りに 禮以でて饗
なせ 禮足し修せ と 告りたまイき

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40,15
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 ここに天津御子の命 御思イ悩みたまイて
 高津上たちを召さしたまイて告りたまイつ
らく 吾が天の下を知らすに 一つの悩まし
く思イて 成し完エ難き節あり 如何に助け
まほし と 告りたまイき 故 中臣道之臣
人の命 斎部指別の命 思金村立の命 如何
なる心遣りに候ウヤ と 申す 吾が思イ病
みハ 天の下の現しき青人草の為に病イ悩み
 或ハ女家なし 或ハ童家なし 或ハ老家な
し 或ハ不具家なす 故 これの者ハいと業
難にある 鋤鍬不用して 其の種津甚痩地と
なりて 豊年なれど熟実登らで いと苦し世
なさに 故 こを助けて安世なす術無み弁別
めず と 嘆きたまイき ここに三柱の高津
上御答ゑ申しけらく こハ眞に忠誠だちにこ
そあれ それの便めハ物人の村主を其の首と
なして 物人を伴ねて邑毎の月の毎に遣りて
 季遅れなすを耕さし種蒔かし また草刈ら
し土返し また肥撒かしなさせ在さば 季離
しなす者あらで 皆一並めに八束穂まさにと
申す
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40,16
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 ここに天津御子の命 嘆き告りたまイつら
く 今 吾 国の国々 島の島々の穂倉を見
 聞くに いと増えて 国人の荷前いと増え
て 穂倉足らでぬばエぬ 故 良わず 国人
の荷前斯く増えてハ 青人草皆貧しくなりて
 憂さ世とならに 吾も臣たちも 皆 大進
田 小進田を作れば事足りき 斯く在るに
現しき大御田族 忠誠だちて 吾を斎くこそ
美役なれ 然あれど其を受けば 吾が天津罪
 国津罪 御祖神たちの罪なり そを受けず
てハ大御田族のたしなすを悖るの吾が罪にぞ
ある 故 此を以 国々の建に言問イて そ
れの規を定めにと 高津上たちを召さしたま
イて告りたまわく 現しき青人草の幣の規ハ
 先ず老イも童も 少男も少女も込めて 一
人一人に諸種津実一升となし 月の毎に家内
十人なさば十人の計り以て 此を以て一年を
推して計りて 一年の食物何程と貯ゑ また
其の数程を取りて 此ハ一年の異しき種々の
物料と貯ゑ またその数程を取りて 此ハ明
年のもしもに稔らぬ備エとなすべし これの
御調を備エ置きて 其の余りあらば 其の三
つの一つを荷前なさせ 御調に並める物ハ必
ずしも 勿荷前なさせそ また御調に足り
せぬ者ハ 国の穂倉ゆ足らせよ と 告りた
まイき 故 国の国々 島の島々 いとも幸
き栄ゑて 去にし世の如に安らけく 清らけ
く 歌イ舞ゐ 楽し世なす
 上津文 四十綴り 完エ

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41,1
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 上津文 四十一の綴り
 ここに天津御子の命 鳥見山の 上津榛原
の小野に大宮柱太敷き立て 高御屋根を檜皮
幾重に厚らかし 千木 氷木 堅魚木を重み
せて 皇らが大御祖神 天邇芸志国邇芸志天
津日高日子火之邇々芸の命 天邇芸志国邇芸
志天津日高日子火々出見の命 天邇芸志国邇
芸志天津日高日子波限建の命 斎き祝ゐまつ
りて また下津榛原の小野に 日高日子波限
建二代の命ゆ七十二代の皇ら命までを 合わ
せ斎きまつりたまイき
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41,2
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 ここに天津御子の命 神の御進田を作りた
まわにとて 其の井を掘らしたまイし所をみ
づでと言 御親らに側禰の上と共に 田植ゑ
なしたまウ時 告りたまわく これの稲田を
植ゑに時に 静かに植ゑなばその実静かに貯
らず また散げ植ゑば その実散げて貯り多
なす 故 側禰の上たち 吾が歌イにつけて
 面秀美しに歌イて 植ゑにと云て歌イたま
わく
 八束穂に 撓び垂れてよ
 八百稲千稲 八束穂に
 穂に穂々に 八束穂に
 撓び垂れ【とウとウたらり
 たらり とウトウ】
 秋の垂り穂撓び 八束穂に生イて 豊御年
を祝ゐき
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41,3
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 ここに国の国々 島の島々ゆ起こりて 幾
千萬づの青人草騒エなして 四方に参イ来て
屯ろなす 故 東の屯れに 中臣春武の命
息長於賀玉の命 御年栄男の命 参イ向き立
たしたまゐき また北の屯れに 中臣道之臣
人の命 天懸豊人の命 明玉神座の命 参イ
向き立たしたまイき また南の屯れに 斎部
差別の命 金山背之隈の命 御鉾蘇我の命
参イ向き立たしたまイき また西の屯れに
太玉大富の命 弥都波若糸の命 厳矢眞添の
命 参イ向き立たしたまイき また此方の屯
れ毎に 表春楮緒玉の命 速玉山田の命 大
屋岩室の命 沖疎瀬上の命 塩土房の命 秋
津峡山の命 佐須良蜂窪の命 底土照玉の命
 手置棚雲の命 生玉埴香の命 積羽檜葉男
の命 波限斎井の命 香具山高主の命 山咋
細道の命 水分角別の命 久比奢若草の命
弥玉山之緒の命 山津見露島の命 目一箇堅
魚の命 須勢理御砂の命 大土山彦の命 香
立楯彦の命 少名厳苗の命 生玉貝寄の命
三降天狭の命 事勝江曵の命 足羽鎌輪の命
 笹津九十九の命 これの上たちハ思イ思イ
に 此方の屯れ屯れに参イ向き立たしたまイ
て 言問イたまイき ここに五月蠅なす現人
 皆申す 奴々ハ皆 国々の工人 山狩人な
り 今 ここに五月蠅なすハ申し触れならで
 奴が心以て得物を持て参イ来て 祷ぎまつ
ることの由ハ 天津御子の命 並めに臣の上
たちの其の家を見侍ぶるに 柱ハ掘立てにな
し 藁縄以て結ゐ縛り 板ハ薄く 屋根の藁
草を負イ葺きとなし その建て状低く狭く
故 現しき青人草の家より 遙けく劣りて眞
見憂しくいと穢し 故 奴々 工人に業すな
がらも 懸けまくも天津日嗣知ろしめす大君
の御坐しを営まず また臣の上たちの御殿も
営まで 大御代を過ぐしてハ天津罪 国津罪
の多からに と云 故 此を以て皆の現人
屯れ屯れの現人の申し言 皆一並めなす 故
 天津御子の命にこれの言の由を詳らに告り
上げたまイき
-------------
41,4
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 ここに天津御子の命告りたまイつらく 工
人山狩の忠誠だち涙先立ちぬ 然れども今吾
が宮造りなさば これの国内の災人 長脛彦
が奸るからに甚貧し 故 その上に然せば
天津神に罪なすなり 故 良わず 此に因り
て詳らに告りて 千萬の工人を賞めて 国還
りなさしめよ と云 ここに臣の上たち 千
萬の工人に然々に言依せたまエども 聞かで
屯ろなす ここに天津御子の命 御妃の命と
共に 御親らに炊きたまイて 千萬の工山狩
りに告たまイて 宥め撫でたまエども聞かで
 御許し有らなくば 千萬の工人山かり人相
共に ここに飢ゑなにせな と云て 泣き悲
しみて悶ウ
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41,5
-------------
 故 ここに天津御子の命 臣の上たち共に
告りたまく 山狩人工人の真心の忠誠だち灼
然なり そを虚しくなさば国津神に罪なす
故 措くべきならじ と云て 皆の工人に言
祝ぎ御許したまイき 故 千萬の現人 山狩
人 工人甚く喜びて 直ちに山狩人に言依せ
て 伊勢津の木曽山の大木を取り 川狭海狭
て取り伐り 日下根の太山の木を伐らしめて
 人背の一車に負ウせて 取り寄し伐りて
山狩人ハ凝り石固めて 数日ならで 天津御
子の命 大宮ハ弥棟の千木尽々に 高天之原
に満ち足らし 柱太く高く 御屋根 桧の皮
以て幾葺き重ねて二尺なす 屋の外の端板の
外辺に 足摺り枠を立て並めて 地床広く長
に築地を打ちて 秀門屋は高吹かしに立て下
し 外面辺にハ 三違ゐ木ハ朱の漆の三丈の
円か柱に 上抜きを長知らし 下抜きを中削
し 上抜き笠ハ黒漆に覆ゐて立てる門代とな
し 八つ八つの脚枠を切り填めき 故 臣の
上たち 殿所の造り八百共に 数日あらで一
並めに城造り固めて 清まりて掃きめ 然に
立ち渡しに仕ゑまつりき 故 渡坐しの柱
斎ゐまさにと 沖疎瀬々之上の命 御齢百七
十四 塩土八雲根の命 御齢二百三 玉粟の
飯粥を柱毎に盛りて 祝ぎ手を拍ち 柝鈴を
打ちて 先づ声高に歌イけらく
 築き立てる巌柱 千萬柱 巌柱
 清き柱 燿柱 孔かも柱 滑車柱
 斎足ら柱 美作り斎照る
 ここに天津御子の命 並べに御妃の命 そ
れの宮見そなわしたまイ 告りたまわく 弛
まして広らにあるかも と 告りたまイき
故 わたましと云
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41,6
-------------
 これの活日の足り日にと云て臣の上たち皆
輪成し髻を前押して 御冠に衽を着て 玉着
けの太袖に 御手に貴玉を 持たし 禮扇を
腰にし 御太刀を佩かし 衽を着長擦らし
また夫人たちハ統べし髻を斎イ垂らし 黄金
 白銀の花形輪成す插頭しを被むりて 臣の
上たち 御夫人の上たちも 新宮祝ぎに珍舞
イて 祝ぎまつりて 皆共に賀楽に仕エまつ
り 歌イ舞ゐ 男ハ笛鼓に仕ゑまつり 女ハ
琴 竹琴に仕ゑまつりて いと清く 潔く調
子並べて 宮内朗らに響み 山に舞ウ田鶴
水に踊る亀も御庭に参イ来てきとく舞イ歓き
き ここに棚機網引の命 妹網引姫の命 紡
岐真田の命 妹 真田姫の命 苫彦安輪の命
 妹 安輪姫の命 活津高根の命 妹 高根
姫の命 これの上たち議りたまイて 八咫烏
の天昇す象を楮布以て作り漆に固めて冠とな
し また麻布以て袖太の胸合ゐ衣を作る 故
 袖も袂も太さ二尺 中ら身長さ二尺 襲の
如に打ち掛けとなして 眞襟ハ折りて帯にこ
し 同じ袴に裾垂らしとなして着る 故 こ
れの物を作り揃エて 天津御子の命に奉る
そをみそなわしたまイて 美くも適しにあり
 と 賞めたまイき 故 此の物ハ大伴の長
 並べに吾が日之本の現しき青人草の禮衣と
なせ また現人の常衣ハ袖成しにし 袂ハ太
く二尺になし 身ハ其が丈なせ 頭ハ輪成し
垂らせ と 告りたまイき
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41,7
-------------
 天津御子の命 赤土桜の命 波限由比の命
 水分琴彦の命たちに仰せたまイて 国の国
々 島の島々の大河曲 その合わし小川曲
その合わしの底並の船を作らしめて 商の便
め良さなせ と 告りたまイき
-------------
41,8
-------------
 ここに天津御子の命 天の益人の神訓りの
国津訓りに仕エまつらに と云て 更に子取
り女を定めて 若くて妻離り夫離りハ 女ハ
招ぎ夫なさせて 子有れば 其の攘ら屋に養
め これの養み女ハ 夫離りの月経無き女を
攘ら屋に集めて 此に任なせ 故 それの子
泣き出てあれば 胞衣紐を切り 生れ子を温
湯に清らけく洗ゐ また胞衣も紐も清く洗ゐ
て 茅草に包みて 地深めに清土以て為せ
然せざれば命短し また生れ子八か日に耐ゑ
ば 頭の産毛を刷き 三十六か日を耐ゑハ禿
置ぎなし 三年の神嘗に頭中に毛招き 五年
に人立ちし 七年に心入れし 九年にとにれ
なし そゆ力招きなして 十一年なれば人の
隨になせ また二十五年とならば女子迎なせ
 また三十ゆ家業知れ 男ならば五十ゆ任な
せ 年負イて罷らば 去にし訓り伝てに仕エ
て葬れ そハ国の国々 島の島々の現しき青
人草の葬り業ハ 皆弥々に仕ゑまつる御業に
こそあれと告りたまイき

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41,9
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 また童三年ゆ十一つとならば 先づ禮事を
学び習わし そハ 人に会ゐてハ 先づ手を
拍ちて蹲みて物申せ 日に異の三種食しの毎
々に 手を拍ち拝みて食せ 老に敬成し 祖
に敬なす如なせ 天津御神 国津御神に禮成
し拝み 若きに禮なし 己が生業に仕ゑまつ
り 萬の尽々の禮成しを学び修せ と 告り
たまイき
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41,10
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 ここに これの夏暑く 常越して 現人糞
放り病イに憑かれて 多に人草亡る 故 訓
り伝て告りたまイつらく これの暑きを凌ぐ
ハ 先づ大銅鑼を轟こして 佐世の木の葉を
頭に翳し 老も若きも 男も女も 皆に皆に
手を拍ちて 歌の調子に和らし踊れ と 告
りたまイき 現し人斯く為しつれば 病イ失
せて常並め世なすと告りたまイき こハ去に
し世の訓りなり
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41,11
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 ここに天津御子の命 四年の春 けさり月
の月円日に 榛原の大宮の大神の御祭りまし
たまわに と云て 御祭りの首を知らせたま
イき 中臣春武の命 中臣道之臣人の命 表
春楮緒玉の命 これの三柱の上を天津祝詞言
を称ゑまつるの長人となして これに添エる
の御言奉る上 八十臣 皆左手に五人 左手
に和幣を持たし 中津の二人ハ柝く鈴を打た
せ 中津の二人ハ斎鈴を鳴らし 中津の二人
ハ貴玉を合わし 中津々々二人ハ笛を吹かし
 中津二人ハ鼓を打たせ 中津二人ハ槽を叩
きて 大神招きに仕ゑまつりなせて 悪じ祓
イなせ また斎部差別の命 太玉大富の命
斎部種越の命 これの三柱の上たちを太御幣
の緒と称ゑまつるの首となして これに供エ
るの御幣 奉るの上 八十臣 皆種々の御幣
に仕ゑ 中津二人 ひおウる物仕エの緒とな
し 中津二人 ひ食物に仕エまつる緒となし
 中津二人ハ衣物に仕エまつる緒となし 中
津二人ハ萬道具エを奉る緒となして また
思金村立の命 息長木莵住の命 弥都波菱形
の命 埴安種活の命 燿火麻知部の命 天懸
利切の命 国懸魂迎の命 金山瀬之隈の命
これの八柱の上たちを罪科を贖ゐ人の緒とな
して その人 百八十人 皆 笛吹き鼓打ち
銅鑼打ち斎鈴を振り柝く鈴を打たし槽叩きて
 面頬を被りつつ醜めく悪じ業を身に持たる
を真似びなすを 上たちの逐わエまつるの状
をなして 贖津物代に仕ゑまつるの神楽なし
て 豊道之原の美し秋の瑞穂の国の 国の国
々 島の島々の国人の過ち犯しけむ種々の罪
科を これの神たちの身に受け持ちて その
罪科を神直毘の命 大直毘の命と見直し聞き
直しまして こゆ先に禍神の為さむ禍事有ら
せず 幸わゑを祈り祝ぎなせ また神の御楽
したまエる 清き 潔き神楽ハ 八つの音色
 調子良さに華やきて 神憑りに歌イ舞ゐ歓
ぎなせ これの八色の音ハ 竪笛 横笛 締
め鼓 張り銅鑼 黄金柝く鈴 十二の緒琴
三の緒竹琴 空ぬ槽 舞イ女ハ皆少女なせ
故 その少女ハ頭毛に油注き 艶出し 火丹
色花を脇出し 黄金白銀の輪成し插頭を着せ
 面頬ハ眉毛を刷かして墨描きなし 全面頸
背に白草実に散らして 頬にハ火丹花の濃き
実を摺り 左右の手にも白草実を散らして
足にハ蚕布の白布以て作れるの指俣の足袋を
履かして 足板ハ眞藺の白藺に編める 四つ
重ねの指緒ハ 朱の緒に断てるを履かし 御
袴ハ火丹色の蚕布の後高の深襞を込ましめ
各もの御手にハ 楮布に作れる御幣を持ち
右りの御手にハ斎鈴を持たせ 神懸り 潔く
歓かせよ ここに大宮を煌びに飾り立て 帷
幕を引き上げ 御簾垂れを巻きて 外の方に
ハ大幡 八幡 伊吹き 中吹き 垂れ幡 幾
らも立て並べて 御祭りの式なす 故 彼方
此方の現人 老若の斥イ無く 幾千 幾萬か
弁別めずで 参イ来て拝みまつる これの現
人 野山に海如す 故 大上たち いと御喜
びましたまイけに 御妃 五十鈴姫の命ハ
御祭りの斎き女に立たしたまイて 大床に在
しますに 神懸りまして 嘘吹かしたまイき
 ここに天津御子の命ハ いと御驚かしたま
イて 窺べわせたまウ時に告りたまわく 野
山出に遊ばに と 告りたまイき こハ如何
なる神の御言ぞある と 申す 汝が招ぎま
つる皇祖神なり と言 直ちに白桧木に作れ
る御輿屋三つを取り出て これに召されてむ
ヤ と申す 御答エ無く寝如在す 故 また
漆の黄金飾りの御輿屋を取り出て参イらする
に 宜べ と告りたまイて神上がりましぬ
故 ここに天津御子の命 これの黄金結イの
漆足らしの御輿屋 大宮の大床の隠り殿に舁
き入れて神招ぎましたまエば 御輿屋揺り合
エり ここに高津上たち 明津上たち これ
の御輿屋を舁き出りたまエば 拝みに参イ越
し現人 手に手に立ち塞きて 御輿屋を眼差
し差し上げて走すに 東西の区別も無くて
御輿屋走りたまエば 後ゆ現人皆 幡 伊吹
き 鉾 楯 其所に並めし飾れる物を抜き持
ちて 御輿屋の後ゆ追イ走す 故 国内響ま
して いと清げに 潔し 故 三か日の夕な
に 吉野の先の天津御子 七十一代の命の宮
隠りの大宮内に 三つの御輿屋共に入らせた
まイて 一夜さ憩わせたまイて 明日の東雲
に御輿屋進ませたまウからに 舁き出まつら
に と云に 三つの御輿屋巌如して得 動き
ず これの時 隠り立たす先の天津御子の命
 御夢に御身も御輿屋に召さして 三つの御
輿屋の御供辺に立たしたまウと見て夢寤めた
りき これの時に三つの御輿屋巌成すと聞こ
し召さして 御親らに御輿屋に召さして 三
つの御輿屋を迎斎きまつるに 三つの御輿屋
揺ぎ立たしたまイき 故 また召さしなす
御輿屋進みて走りて 山野里も斥ゐたまわで
走したまウに 隠り宮の御輿も共に走すに
これの御輿屋舁ける現人 食物さエに食さず
あれど 少とも疲れたる状さエ見エで 益々
に勢イ益さりて 大坂も平地如なし清らげき
 故 また三か日ありて 榛原の大宮に御輿
入りたまエば 先の天津御子の命 天津御子
の命 妃の命 高津上たち 並べに 夫人の
命たち 臣の上たち 並べに夫人の姫たち皆
共に これの大宮に集イたまイ 八か日八か
夜歌詠み 歌イ舞ゐ 琴 竹琴を奏でて 遊
び戯れたまイき

-------------
41,12
-------------
 ここに天津御子の命 或る日に 御子の上
たち 手研耳の命 日子八井耳の命 神八井
耳の命 三柱の宮御子の上たち集エて 告り
たまイつらく 汝上たちハ家業何以て為すや
 と 問わしたまエば 手研耳の命御答エま
をしけらく 吾ハ薬人となりて東の国の現し
き青人草に病イあらせず また病める現人ハ
尽々に助け得さしてにと思イ侍ふる と申す
 故 天津御子の命 宜べ と告りたまイて
 すなはち陸奥の国の菊多山に大宮を建てて
 覇精高の上となれ と 言依さしたまイき
 また日子八井耳の命御答エまをしけらく
吾ハ榛原の大宮の斎き上とならに と 申す
 故 天津御子の命 宜べ と 告りたまイ
て すなはち鳥見の山辺に大宮を太敷き建て
て 斎きの上と言依さしたまイき また神八
井耳の命 御答エまをしけらく 吾も薬人と
なりて 西の国の現しき青人草に病イあらせ
ず また病める者を助けて 現人を恵みなさ
に と申す 故 天津御子の命 宜べ と告
りたまイて すなはち高千穂の阿蘇山に大宮
を太敷き建てて 覇精高の上と言依さしたま
イき
-------------
41,13
-------------
 ここに天津御子の命 中臣道之臣人の命
斎部足柄の命 思金蘇我之男の命 須勢理田
戸立の命 別雷守山の命 岩柝百手弓の命
また五臣の上たち共に召さして告りたまイつ
らく 吾が思イ去にし訓りに 神訓りの如に
天の祭り国の祭りに仕ゑに状ハ 天の功 国
の功 家の功 故 こを以て並上たちハ御齢
五十にならば任なせ 六十ハ厳上となれ 七
十ハ清津上となれ 八十ハ明津上となれ 九
十ハ明津上となれ 斯くの如に現人皆に御座
居りを定め 現人愛じねと告りたまイき こ
こに大高津上たち告り挙げけらく こハ真に
然り と申す ここに天津御子の命 高津上
たち 明津上たち 清津上たち 並上たち
厳上たち 共に論らゐまして 神訓り心伝て
を定めて 君忠誠に祖足しに 老敬にめハみ
しえにとまに真心に親族家族に常世に と
告り訓り下したまウ と言 故 これの天津
功 国津功に 家津功ハ皆人の訓りなり 故
 ここに七道を分けたまイて告りたまわく
大御田族ハ現しき青人の喰イて生くべき 種
津物を作り出る国の功長なり 故 天津神国
津神の大宮を造り 御栄の神祭りに斎きまつ
らせ また各もの家毎にも 日に異に祭らせ
 また 家の遠津御祖を祭らせて 隠り場の
神学びなさせよ と 告りたまイき また工
人ハ天津神の木工業に仕ゑまつりて 大御田
族の便め良さなせて 日に異に勤しみて そ
の種津に依さに商なせ また鍛冶人も然々に
 また商人ハそれの熟々に それの村毎に往
きて 荷なゐて 足らぬを足らし 余れるを
外に足らぬを填めなせ また海漁人 海幸な
して然々 また山狩人ハ山幸なして然々 ま
た物人ハ大宮内ゆ鞍わせて 牧山の牛と馬ど
を撫て養しににて 六の現人に仕わしめてよ
 と 告りたまイき これの其の七つの現人
 去にし世の神の訓り伝でを 勿 忘れそ
また御座居りを皆人の思イなす 故 こにゆ
神訓りを定めたまイき

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41,14
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 故 現人毎にこれの七道渡す訓りハ 御齢
七つゆ力招き 十五ゆ業道学ひ 二十に独り
なせ 二十五に女子迎なし 三十ゆ家持ち
四十ゆ師となれ 五十ゆ村主となれ 六十ゆ
戸主となれ 七十ゆ郷主となれ 八十ゆ国主
となれ 九十ゆ臣の上となれ と 言依さし
たまイき 賞めるハ御齢を重ねて在せ 逐ウ
者ハ五つ有り 謀りて奸る事為す者ハ首を斬
れ そにかして天の功国の功ハ賞めよ 人の
物取るハ左右の眼を全抜きて子取り男となせ
 ひのめをなばるハ鼻を抜きて子取り男とな
せ あちこち 悪事漏すハ 耳を抜きて子取
り男となせ 故 こを以て修せ と 告りた
まイき 故 こを以て 国々に撒き散らして
よ と 告りたまイき
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41,15
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 省略
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41,16
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 ここに 天火之明玉饒速日の命 天眞幸守
宇賀之御魂の命 天之御衣守棚機の命 天之
御食守御根稲依の命 天之積羽足坐八重事代
の命 天之宮知坐萬手置日の命 天之鍛冶種
々坐金山の命 天之狩男守八津之山津見の命
 天之海御底坐彦海津見の命 天之剣術訓武
功の命 これの十柱の上たちハ 各も各も天
の御足り載らす磐船に乗らして 秋津根の山
に天降りましし所を いまこす磐船山と云

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 故 ここに天津御子の命 神酒畏みて 天
津の大御言を畏み 祷ぎ祈みたまウに 天津
神たち告りたまイつらく 天の祭り国の祭り
 いと好くあり 故 百手船を造りて 遠津
海中を走らかして 現人の商の便め良さなせ
 そハ 大船をつくり 其の船の眞中に孔貫
き そに八重輪車を掛け 舳嵩高に そに六
寸口の水招ぎを突き立て それの口ゆ樋を渡
し 水招き人を四人据えて その八重輪車ゆ
車に移して三つ手なして 船の面舵 取舵に
御櫂を突き立て 片帆に百五十人なして 櫂
の手輪にこれの車を仕掛けて 御櫂一息に撥
ね捲くらハ 船路ハ一日に百里を往かに そ
ハ雨降り風吹くとな問ウことあらで往かに
と 告りたまイき
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 また言挙げたまわく 水津田の備エとなむ
 大山小山水招ぎせでば叶わず 故 その山
野に水足らしなさむにハ それの天津水分り
の神の秘め言告りて 山野を駆り それの水
口の吉所に楮布に作れる招き手を差し立て
明日朝に其の色を見て 火気あらば水無し
水気あらば水有り 故 こを以て修せ また
水無き所に水招ぎせむにハ 大峡小峡に深穴
を掘り通し その上に薪を横ろに積みて火を
燧りて 水分りの神の秘め言を告りて挙げる
毎に 一枝の薪を投げ入れよ 三か日に天の
真水を乞イて それの掘り井に満ち足らして
 また 水招ぎの秘め言に仕エて 薪を投げ
入れて 十三か日 十二か夜に水湧き出に
故 水津田の備エなせ と 告りたまイき

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 ここに穴門の国穏びずてあり 故 これの
国主 玉浦の四郎 齢三十一つ 穴門建 名
ハ香立橋男の命ハ天津御子の命の上訓りに服
ろわて 若年の者を任となしき こハ国主
玉浦の四郎が悪じ心以て誘ウからに 奸る業
様々に起りき 故 国内穏びず 遂に国の現
人騒エなして 攘ら屋のその外面を囲みて
束ねて挑み争ウ これの禍事と宮内に聞こエ
てけり 故 天津御子の命 御心を甚に悩ま
したまイて 直に経津屋篠の命に告り訓りた
まイき ここに経津屋篠の命ハ大伴の上たち
十余り人率てて 穴門の大島に泊たしたまイ
て その峰の攘ら屋に馳せて片堀ゆ睨りたま
ウに 眞人言し如に 攘ら屋を眞中巻きに巻
き 攘ら屋内に入る方も得ずで 持たる扇の
日の御像を以 打ち払イなす 皆騒エなす現
人伏してみあかりなしき 故 経津屋篠の命
 攘ら屋内に入らせて 現人の騒エなす状を
聞かすに然々 攘ら屋内を聞かすに然々 故
 任人を皆に皆に二眼抜き 一眼抜き 鼻切
り 耳切りて 子取り男となして 香立橋男
の命ハ車内に入れ曳きて去にき ここに陸奥
の国の陸建 明玉湯津の命 参越したまゐで
まをうなみぢ 黄金の玉幾らとなく凝々し出
り□□□うまべならく□□□□
 上津文 四十一の綴り 完エ